欲 し い も の だ っ た
真選組屯所前で銀時は腰に手を当て構えた。
大きく深呼吸をし、「おーおぐっしくーんあっそびっま」
ショッ!
飛んできた何かが額にクリーンヒットを決め、銀時は慌てて踏みとどまった。カランと側に凶器が落ちる。「朝っぱらからやかましいんだよクソが!」
「まぁっクソだなんて失礼な!ってかラケット投げんなよっ当たりどころ悪かったら死にそうじゃんコレ!」
「いっぺん死んでご先祖様に謝ってこい!」門から出てきた土方はまだ何本かラケットを抱えている。
「今度は何の用だ!」
「神楽を迎えにきたんだけど」
「は?あいつ帰ったぞ」
「え?」
「朝起きたらもういなかった。朝食作った奴らががっかりしてたぞ」
「迎えにくるって言ったのになー。…ところでうちの神楽さんどこで寝た?」
「…総悟の部屋」
「勿論布団は別だろうなァ」
「知らねぇな。総悟に任せた」
「過ちがあったらどうすんだオイ!」
「じゃあ預けてんじゃねーよ!」
「…お」銀時の視線が土方の後ろに移り、土方は振り返った。当の沖田がこっちを見ている。
「…ちょいとこっちいらっしゃいな」
「俺今から飯なんでさァ」
「すぐ終わるから」
「あと旦那に近付けない退っ引きならない事情が」
「なおさらいらっしゃい」沖田が渋々銀時に近付いてきた。少し距離をおいて足を止める。
「なんでィ」
「神楽になんかした?」
「されたのは俺の方でさァ。寝てる間に内蔵破裂す」銀時の視線に沖田は口を閉じる。
内蔵破裂って何されたんたよ。土方は気になりつつも聞ける雰囲気ではない。「…お前神楽と寝たな」
「…好きにしていいって言ったのは旦那ですぜィ」
「…」「何?三角関係?」
「隊長頑張れー」
「おい誰か賭帳!」出歯亀の存在は部屋に鉛玉が飛び込んでくるまでだった。
*
「神楽ァァァ!」
万屋に飛び込んで銀時は叫んでみたが返事はない。代わりに定春が背後から飛びかかってきて、勢いよく床に沈む。
「…いや鍵開いてるってこたァ帰ってんだ。おい定春!神楽…ぶわーッ俺を食うな!」
「何騒いでるアル」
「あっ神楽!ちょっと定春どけてからそこに座りなさい!」
「何ヨ」銀時から定春を引き剥がし、持ってきた餌をおいて神楽は大人しくソファーに座る。
「神楽!」
「あのね銀ちゃん」
「…何」
「ややが出来たかもしれない」
「…」
「どうしよう銀ちゃん」
「か…」
「私ややなんて見たことないヨ。それでもちゃんと育てられる?」
「…なんで、産む気 なわけ、」
「だって殺せないアル」
「…」
*
「どうしよう俺!?とりあえず沖田殴ってくるべき!?」
「…父親気分かい。いい加減にしないとほんとに糖尿病になるよ」お登勢は呆れて煙草をふかす。銀時が幾つ目かのケーキにフォークを入れるのを見て顔をしかめた。
「大体それは確かなのかい。子どもが出来たかどうかなんてすぐには分からないだろ」
「…さぁ」
「じゃあ心配はそれからだ」
「…ババァ聞いてこい」
「家賃払え」がらりと店の戸が開き、ふたりは反射的にそっちを見る。
戸の向こうにいるのは沖田で、銀時の姿を見て無言で戸を閉めた。すぐに銀時は飛び出していって沖田を捕まえる。「どうしたの折角来たんだからゆっくりしていって」
「仕事があるんでまた今度にしまさァ」
「ざけんな」
「…あんたは」
「何」
「あんたはあの子の何ですか」
「…雇い主?つか保護者か?」
「…これ返しといて下せェ、忘れ物でさァ」
「おい」沖田は銀時の手を払ってそれに傘を押しつける。神楽の赤い傘。
「からかうつもりならもうあいつに構うなよ」
「俺は生まれてこの方土方さんでしか遊んだことないんですぜ」
「何、お前ガキの時鬼ごっこもしたことないわけ」
「命が けでならやりやした」
「…」
「…謝っといて、下せェよ」
「え?」
「だけど悪かったとは思ってねェ」
「…」
「隙を見せるのが悪いんでさァ」「…おい!」
引き止める声に沖田は振り返る。
見たことのない表情。そんなにあの子が大事なんだろうか。「神楽に何したんだ?」
「…キスしただけでさァ」
*
「…」
チン、受話器を置いた神楽を銀時は緊張して見つめた。
振り返った神楽はいつもと変わらぬ表情で、「違ったアル」
「…ハァ…そりゃよかった…」脱力して銀時はカウンターに崩れた。何か甘いもんよこせとお登勢にたかるが手を叩かれただけだ。
「そもそもお前はなんでキスぐらいで子どもが出来るって思いこんでたんだよ」
「だってドラマでは出来たアルヨ」
「…あ〜あれは…省略をだな…」
「じゃあ子どもってどうやって出来るアルか?」
「…え〜…それ俺に聞くの?親にきいとけよ」
「彼氏に聞けって言われたアル」
「あんたんとこの親って何…」
「ねぇどうやったら出来るアルか」
「…人生の先輩に…あれっお登勢さ〜ん?置いてくなよー!」
「ねぇ銀ちゃんー」
「おっとこれから糖分愛好家集会があるんだった」椅子から銀時が立ち上がり、その拍子に立てかけてあった傘が倒れる。神楽が気付いて傘を拾った。
「これどうして?私忘れてきたヨ」
「…届けもん。謝っといてくれって言われた」
「…」
「だけど悪いと思っ てないってよ」
「…ふーん」神楽は傘を開いてくるりと回し、また閉じた。
「散歩に行ってくるヨ」
*
「あ、沖田隊長お帰りなさい。局長待ってますよ」
山崎に声をかけられ、沖田はじっと彼を見返した。
何事かと緊張する山崎をよそに沖田は近付いていき、ぐっと胸元を掴む。俺なんかしたかなと山崎が考えてる隙に唇に何か触れた。「…隊長ッ!?」
「お前ら何ッ…」がしっとふたりの頭が掴まれる。状況が理解できないままのふたりに更に力が加わった。
「してんだあぁッ!?」
「「!!」」ガッツンと思い切り頭を打ち付け、山崎は揺れる脳味噌にふらふらと壁によりかかる。流石の沖田もよろけて後ろに踏みとどまった。
「っつ〜…ふ、副長無実です…」
「油断してるテメェも悪い!」
「うひ〜…」
「どういうつもりだ総悟、あぁ?」
「…練習」
「逆さにつるすぞコラ」
「やれるもんならやってみなせェ。山崎、近藤さんは?」
「あ、局長室に居なければ庭だと」
「逃げてんじゃねーぞお前」
「仕事して下せェよ。なぁ山崎、こんな無能より俺が副長になった方が世のためだぜ」
「言ってろ!」飄々と沖田は廊下を行く。抜刀しそうな土方を山崎が慌てて止めた。
「クッソ、何考えてんだあいつ」
「神楽ちゃんと何かあったんですかね」
「…昨日一緒に寝たらしいんだけどよ」
「あ、俺夜は見てました。一応よそのお嬢さん預かってるのになんかあったらまずいかと思って…でも途中で寝ちゃったんですけどね」
「…情けねぇ監察だな」
「えへへすいませ」ん、言葉の最後は飲み込まれた。
一瞬だけ触れた唇。「…なんて顔してんだ」
「エート…」
「…副長なら譲ってやらねぇこともねぇがお前はやれねぇよ」
「…えっ、嘘、どうしよう副長何か変なもの食べたんですかッ!?」
「…」
土山のまま続く。次は沖妙(え)
040830