名 の な い あ な た

 

「とっとと帰れ」
「そう言うなって副長さんよ、頼むぜ」
「うちは託児所じゃねーんだ。帰れ帰れ」
「何してんですかィ」
「おう総悟丁度いい、こいつら追い払え」

屯所の門前にいつだかの銀髪の男がいる。その傍にいるのは、今日はあの傘をさした少女だけだ。

「あっ多串君がダメならあんたでいーよ、明日まで神楽預かってくんねーかな、礼は出来ねえけど代わりにこいつ好きにしていいからさ!この通りチャイナドレスで脚も出させた!敢えてミニスカじゃなくチャイナで!」
「ガキの脚見たって面白くねーよ」
「多串君の変態」
「…もー斬ろうかなこいつら…」
「なんで明日まで?」
「いや〜これから仕事でちいと遠出すんだけどよ、こいつ連れてけないのに新八はチケット取りで徹夜で並ぶとか言ってるし下のスナックはあれで結構お偉いさん来たりするから粗相があっちゃたまんねーし」
「留守番ぐらいひとりでさせろっつってんだよ、そこまでガキじゃねーだろ」
「ガキじゃねーから俺が隠した糖分を片っ端から食ってくんだよ」
「…」
「頼むよ旦那〜!」
「うぜェ!」
「大人しいなあんた。連れてけって言わないんですかィ」

沖田が顔を向けると神楽は顔をしかめて俯いた。

「しょうがないアル、私悪いことした」
「客の頭に傘引っかけてヅラとっちゃったんだよ!お陰で危うく仕事逃すとこだったっての!」
「ふ〜ん…預かるぐらいは構いやせんぜ」
「あ、まじ?なんなら一生預かってくれ」
「オイ総悟!」
「あれいたんですか多串君」
「つまんねーネタ引きずるな!」

 

*

 

「…で、結局預かっちゃったんですか」
「ったくよ〜…ガキだっつっても外部の人間をそうほいほいと中にいれるもんじゃねーぞ」

庭で神楽とかくれんぼに興じる沖田に土方は溜息を吐いた。
麦茶を入れてきた山崎が縁側にふたり分のグラスを置いて、鬼の沖田を視線で追う。幾ら何でも池の中にはいないだろう。

「…まさかとは思いますけど一応見ておきますか?」
「…どう思う」
「攘夷なんて、言葉も知らないと思いますけど」
「…ま、幾ら何でも総悟だって気ィつけるだろ」
「そうですね」
「ハァ…つーか、明日まで屯所保つのか?」
「…沖田さんがふたりいるみたいなもんですからね…」

縁側に開いた穴に視線を落とし、山崎は何となく盆でそれを隠してみる。先程沖田が神楽の傘で開けたものだ。暴発だと言い張っていたが嘘だろう。
すぐ傍に立っていた土方が没収しようとしたが、日に弱いので駄目だと言われては無理矢理取り上げることも出来ない。

「…あの子夜兎族なんですよね」
「らしいな」
「沖田さんと似てるのかもしれませんね」
「…」

風が強くなってきた。舞い上がった葉や土が部屋に入ってきて、土方は山崎に戸を閉めさせる。
それをめざとく見つけた沖田は庭木をかき分ける手を止めた。

「…嬢ちゃん、ちょっと面白いことが起こるかもしれやせんぜ」

かくれんぼを中断してそろりと縁側に乗りあがる。そっと神楽も近付いて隣に座り込んだ。
ちょっと指先をなめて障子に穴を開けるのを見て、神楽は目を輝かせて真似をする。
中の二人はそんなことには気付かない。初めは何か仕事をしていたようだが、そのうち何となく妙な雰囲気になってきたらしい。そろそろとどちらからともなく近付いていき、顔を寄せる。

「あっ」

声をあげた神楽に沖田は素早く口を塞ぐ。それでも土方ははっとして顔を上げ、そのとばっちりに山崎が頭突きを食らい畳に沈んだ。
立ち上がった土方がスパンと戸を開けると、沖田は暴れる神楽を押さえ込んでいる。

「…総悟…かくれんぼはどうした」
「今度はプロレスでさァ」
「じゃあ障子の穴はなんだってんだ!」
「あれ、いつの間に」
「…」

沖田の拘束を逃れ神楽はふうと一息つき、振り返って土方を見た。
真っ向に目が合って土方は少し戸惑う。

「そんなことしたら子どもが出来るアルヨ!」
「「……」」
「や…夜兎ってそうなのか?」
「何が?」
「…総悟ォ…お前死んでも手ェ出すなよ…」
「それはこっちのセリフでさァ」
「ロリコンじゃねーっての!」
「あ、あいたた〜…土方さんいきなり頭突きはないですよ…あっ!障子!」

穴の開いた障子を見て山崎が目を輝かせた。がっしと土方の服を捕まえる。

「副長ッ!」
「げ…」
「障子破れましたよッ張り替えましょうッ紅葉柄のあれに!」
「だからッンな女の部屋みたいなことするかッ」
「え〜いいじゃないですか〜」
「あんな穴ぐらい塞げるだろ!」

更に障子に穴を開けようとした神楽を叩く。
その傍で沖田が腕をつっこんで和紙を破り、土方がその胸元を掴んだ隙に神楽が別の場所に穴を開けた。

「〜〜〜ッ…!!」

剣に手をかけた土方に山崎は慌てて取り押さえた。元より体力差は分かっているが山崎だって必死だ。その間にも神楽は穴を増やしていく。

「おっ、なんだ賑やかだな」
「あっ、き、局長、ッ助けて!」
「近藤さん頼むからこいつら斬らせてくれ!」
「落ち着けトシ、なんで彼女がいるんだ?」
「銀ちゃんに捨てられたからここに住むことにしたアルヨ」
「違ェだろオイッ」
「はは、そうか。それはいいが」
「よくねーよ」
「そんなに脚出してると危ないかもしれんぞー、うち変な奴多いからなぁ」
「…」

諦めた土方は涙を飲んで山崎に慰められながら部屋に閉じこもった。
すっかり風通しのよくなった部屋では意味はあまりないかもしれなかったがしょうがない。

「大丈夫ネ、みんな返り打ちにするアル」
「そりゃいいな。…ところでお、お妙さんはどうしてるか分かるかなぁ」
「…タエ?あぁ…ご飯くれる人」
「お妙さんのご飯!」

沖田は近藤を一瞥したが何だか遠くへ行っている。手持ち無沙汰で神楽の傘を手にして開いてみた。

「お…お妙さんとお風呂とか…」
「入るヨー」
「!!」
「近藤さん露骨に羨ましい顔するもんじゃないですぜィ」
「ど、どうなんだ、そ、そのお妙さんの…」
「エート…」

流石に不味いと思ったのか、聞いていたらしい土方が慌てて出てくるが近藤はしっかり神楽を捕まえていた。

「…しわしわ」
「!?」
「あれ?タエって誰だっけ?」
「眼鏡の奴のお姉さんでさァ」
「違った、しわしわはお登勢ネ」
「もう聞いてやせんぜ」
「あれ?ゴリラー起きてるかー」
「…」

流石に哀れで土方にはどうすることも出来なかった。
沖田は傘を閉じて立ち上がる。

「…嬢ちゃんあっち行きやしょう、」
「今度はどこ行くネ」
「山崎の部屋」
「うわ〜ッ!?ちょっと待って〜!」

 

*

 

「…おい」

傘の先で沖田の頬をつついてみたが彼はぴくともしなかった。
今度は屯所内で暇な隊士を集めてかくれんぼをしていたのだが、気付けば沖田が消えていた。隊士に部屋を教えてもらい来てみれば、変なアイマスクをして畳の上で眠っている。

「…変なオトコ」

神楽は傘を置いて傍に座り込んだ。
遊んでいても笑わない癖に、何をするにも付き合ってくれる。銀時も大概気まぐれだが、この男はほんとに気まぐれだと思う。

「…」

暇だった。
そっとアイマスクに手を伸ばし、そろりとそれを持ち上げる。ある程度まで引き上げて、それを離した。

「ッ!〜〜〜…」

ゆっくりとアイマスクを外して沖田はうつ伏せになって痛みに耐える。
横で神楽が笑いだして、沖田はそれを睨みつけた。

「何するんでィ」
「私をほって寝てるのが悪いアルヨ」
「…なんちゅうセリフを吐く娘だ」

また仰向けに体を戻して神楽を見上げた。無言のまましばしお互い瞳の奥を探り合う。

「…何してもいいって言いやしたな」
「それは銀ちゃんが勝手に言ったアル」
「ただであんたの世話しろってのかィ」
「…私に何するネ」
「…」

綺麗な目だなと思う。息を殺して目を見つめた。神楽は素直だ。自分のように狡くはない。

「…色々してやろうと思ってたけど」
「ん?」
「…面倒だしどうでもいいや」
「変なオトコ」
「あんたも相当変ですぜ」
「失礼アルヨ」
「膝貸して」
「…」
「膝。この間土方さんに斬られたんで枕がないんでさァ」

よっしゃ、と神楽があぐらをかくので出来れば正座が良いと伝えると座り直してくれる。

「ん」
「どうヨ」
「膝狭い。落ちそう」
「じゃあ真っ直ぐになればいいネ」
「…それは何か、嫌だな」
「ふーん?」
「…あんた相手じゃなきゃなぁ」

再びアイマスクを着けて沖田は寝る体勢に入る。神楽が頭を撫でるのがくすぐったくて笑った。

「…お前 今私に殺されても文句言えないヨ」
「出来るものならやってみなせェ」
「…」

変なオトコ。アイマスクに伸ばした手は捕まった。

 

*

 

「沖田さーん」
「どうした」

沖田の部屋の前で山崎が困っていて、土方はそこへ近付いた。
この夕食時に沖田が部屋にいるのは珍しい。

「ご飯なのに降りてこないから呼びにきたんですけど、返事がなくて…」
「開けちまえよ」

土方が戸を開けると、部屋の真ん中で沖田が寝てるのが見えた。
神楽が膝枕をしている様子にふたりは顔を見合わせる。彼女も寝てしまっているようで、がくりと頭を垂れていた。

「…兄妹みたいだなと思ってたけど大人しくしてると案外お似合いなのかなぁ……副長?」
「黙って見てろ」
「…あっよだれ、落ちッ」

…た。
沖田が頬を拭ってアイマスクを下ろす。
少し考えてからその手を神楽の服で拭いた。すかさず神楽の手刀が沖田の腹部に落とされる。

「…お似合いっちゃお似合いだな」
「…」

 

 

02.


続きます。

040824