心  の  ゆ  く  え

 

最近ストーカーがいるヨ。神楽が顔をしかめて沖田に言った。
神楽の傘は少し離れた場所で弁当に影を作っている。ふたりは日差しを避けて木の影にいて、神楽は木に登って沖田を見下ろしていた。

「…何でそれを俺に言ってくるんでィ」
「気色悪いネ」
「あんたみたいな色気の欠片もない女ストークするとは相当変人でさァ」
「その女に欲情したのは誰ヨ」
「土方さんですかィ?」
「照れ隠しはいいからどうにかするアル」
「なんで俺が」
「警察だロ」
「俺達は対テロリストで対ストーカーじゃねぇ。あんたのとこの旦那に頼みなせェ」
「銀ちゃん金にならないことはしないアル」
「なるほど正論だ」
「どうにかしろヨ」
「自分でやって下せェ」
「捕まえられないアル」

ふと見るとひとりの男が傘に近付いている。きょろきょろと辺りを見て、そっと傘を手にしてそれを畳んだ。

「「……」」

男は神楽の傘をしっかり胸に抱いて走り出した。木陰にいた神楽と沖田はしばらく呆然とそれを視線で追う。

「…知り合いですかィ」
「あんな親父知らないアル」
「なんで傘持って行かれたんでィ」
「…す…ストーカー!」

神楽は慌てて木から飛び降りて追いかけようとする。
しかしぐいと引き留められ、よろけたところに何かがかぶせられた。

「何すッ」

それを払った時には沖田の背中が男を追っていた。
残った沖田の上着を見て神楽は顔をしかめ、それを被って影から出た。弁当を回収に行く。

「変な男ネ」

隊服を掲げて空を見上げた。
丈夫な布は光を通さない。なんて暑そうな物を涼しげに着ているのだろう。

「…江戸は怖いネ〜」

だけどあなたを信じたくなってしまう。

 

*

 

「止まれ」
「!」

急に突き出された刀に男は慌てて立ち止まった。そのまま走りきっていたら首が消えている。
舌打ちをして沖田は影からでてきた。切っ先は男に向けたままだ。

「真選組…!」
「…そんなもん持っていってどうするつもりでィ」

刀で男を撫でるように誘導して背中を壁へ追い込む。胸に抱かれた赤い傘。

「そいつは俺のモンでさァ、気安く触らないで下せェ」
「…?これは…」
「近いうちにあいつは俺のモンにしまさァ、したらそれだって俺のモンだろィ」
「…無茶苦茶だな」
「少なくともあんたのじゃねぇ」

つ、切っ先が男の手の甲に触れた。静かに血が伝う。

「こんな傘持っていってどうしようってんですかィ?」
「お前あの子が何者か知らないのか?」
「…」
「夜兎の傘だ、ちょっと相手を選んで売れば高値がつく」
「誰かに頼まれたのか?」
「さぁな」
「…まぁいいか…面倒だから」

死んどけ。沖田の刀がきらめく。

「ま…待て!」
「時間の無駄」
「聞けよ、お前あの夜兎と親しいのか」
「…」
「あいつらとはいい加減縁を切りたいんだ、こっちが知ってる情報は全部教える」
「…逃がせってのかィ」
「そこまでは言わねぇ。でも罪軽くなったりすんだろ?」
「…」
「…あの子、今頃さらわれてんぜ」
「…」
「夜兎のよォ、身体能力調べるとか言ってたぜ。傘も目的だけど俺はあいつをひとりにしろって頼まれたんだ」
「…嘘だったら、死ねないからな」

払われた刀に男は一瞬何が起きたか分からなかった。
指が熱い。
視線を落とすと小指を失った新たな指先から血が地面へと落ちている。ヒュッと息を飲んだ。

「そのまま止血せずに真選組の屯所まで行け。沖田の名前出して局長か副長に会って説明しろ。俺はあとで血ィ追って帰る。逃げてたら死んでても殺しに行く。何、小指ぐらいなくたって死にゃしねぇ。傘は持っていけ、あんたの血なんかつけるな」
「…」
「嘘だったら楽になんて死ねやせんぜ」

 

*

 

残された弁当はまだ誰も手を触れないままだった。誰が作ったのか沖田は知らない。
緑に映える彼女の姿はどこにもなく、彼女がそこにいた証拠さえない。

一陣の風が吹いた。恋なんて高尚なものじゃなかった。独占欲と言う名の執着。
剣の柄をを撫でる。

上着をなくした。ポケットに駄菓子が入っていた。
右を見ても左を見ても人の気配はない。

「…」

喪失感。気味が悪い。

「…あぁ、」

身分証明証は上着のポケットだ。あれは返してもらわないと。

 

*

 

「土方さん」
「総悟!なんだあいつは」

帰ってくるなり土方に捕まり沖田は顔をしかめる。

「話聞いてないんですかィ」
「違う、指のことだ」
「あぁ」
「何で斬った」
「敵を信じるなって教えたのはあんたですぜィ」
「…もう向こうには人を送ってる」
「場所は?」
「…お前は行くな」
「身分証明証なくしたんでさァ」
「…」
「あれがないと割引きかないからいけねぇ。バズーカ出しますぜ」
「…あっちは夜兎のような運動能力を人工的に作ろうとしてる。裏に絶対大きいのがいるんだ。しかも攘夷組だ、お前が下手に踏み込んで」
「知らない」
「…」
「あの野暮な男頼みますぜィ」
「…ッ…クソガキが!」

止められるとも思っていなかったが。
土方は苛ついた様子で頭をかいた。

 

 

02.


041018