心  の  ゆ  く  え

 

刹那のことだった。
その動作は流れるように、酷く軽く舞うようで。
いつだか新八が教えてくれた、神楽というのはこういうものなのだろうと何故か納得した。

最後のひとりが倒れる。刀の血を払って、彼はゆっくり振り返った。
色素の薄い髪に血もついていない、なんて奴だ。神楽は思う。しかし何が「なんて」なのか自分でも分かりかねた。

「───…」
「!」

神楽と目が合って沖田は目に見えて狼狽えた。
戸惑いの表情を隠せないまま、神楽のもとへ走ってくるなりその体を抱きしめる。後ろへ倒れそうになるのにどうにか耐えた。

「何だ、どうしたヨ」
「…何かされたんですかィ?」
「脱がされただけアル」

沖田の抱くその体は素肌なのに冷たかった。
あとから駆けつけた近藤がふたりを見てぎょっとする。慌てて近藤が貸そうとする上着を受け取らず、神楽は部屋の奥を指した。

「あっちにこいつの上着があるから取ってくるヨロシ。お前のなんて借りたらゴリラがうつるヨ」
「え、チャイナは?」

抵抗したら残骸アルヨ〜、飄々と言ってのける神楽に沖田の抱く力が強くなる。痛いと文句を言っても無駄だった。

「…ソーゴ?」
「…こんなときぐらい、大人しく出来ないんですかい」
「何が?」
「…」
「…もう慣れたヨ」
「…」

ざわ、と沖田に沸き上がる感情に神楽が先に気付いた。ぐっと、彼の服の胸を掴んで目を覗き込む。

「殺さないで」
「…?」
「誰も殺しちゃだめアルヨ」
「な…何言ってんだあんたは、俺は…」

あんたのためなら全員だってころすのに。
神楽はふるふると首を振って。

「もう私のせいで誰かが死ぬのは嫌アル」
「…」
「悪いのは夜兎の血」

近藤から受け取った上着を着込み、神楽は沖田を捕まえる。

「…嬢ちゃん」
「殺さないよう私が捕まえててやるヨ」
「…生意気言ってんじゃねぇ、立てないくせによ」
「…ふん、そのうち治るヨ」

怖い、と。思いそうだった。
沖田は怖くなることを恐れる。

「さっ、早いとこ帰るアルヨ!」
「…荷物の癖に生意気でさァ」
「おんぶするアル!今日だけは触り放題アルヨ」
「ありがたみのねぇ」

ほれ、沖田は神楽に背を向ける。
調子を取り戻したらしい沖田に安心したようで、近藤は一息吐いて沖田を見た。

「総悟、その子を万屋まで連れていって状況説明をちゃんとしてこい。チャイナさんまた今度詳しく話聞きに行くから」
「おぉ、事情聴取ってやつアルな!カツ丼!」
「いやカツ丼はちょっと違うな」
「近藤さん俺」
「まぁまぁ、お姫様のご指名だ。こんなちょっとした事件お前の手までいらねぇよ」
「…そうかぃ、行くぜ嬢ちゃん」
「はいどぅッ、シルバー!」
「振り落とされたいんですかィ」

 

*

 

「…いつもああなのか?」
「はい?」
「戦いの時」
「…」

神楽の問いに少し考え、沖田は迷って黙りこむ。
背中に感じる少女の重みは軽いもので、こんな小さな体の何処に自分と対等に戦える力があるのかと不思議に思う。

「そうさなァ、今日は、いつもより気合い入ってたぜィ」
「なんでヨ」
「あんたが捕まったりするから」
「…」
「…焦ったじゃねぇか」
「そうかヨ」
「…」

なんともそっけない返事だ。愛の告白に酷似したセリフであったのに。

「あんなやつら、私ひとりで十分だったアル」
「裸にされといてよく言うぜ」
「実は服はセイギョ装置アルネ、私の力をセーブしてるアル。私脱ぐと凄いアルヨ」
「へいへい凄かったですぜィ、あそこまで貧相だとは思わなかった…あいた締まってる締まってる」

首に回された神楽の手がきゅっと力を込めた。焦った沖田がおぶった神楽の足を叩く。

「…ほんとに、怖くなんかなかったアル」
「…素直じゃねぇや」

ほんとアルヨ!
神楽の反応に沖田は適当に返す。また、ふつりと体の奥から沸く怒り。

「あんたが殺さないなら俺が何人だって殺してやるぜ」
「…余計なお世話アル」
「罪人はどうせ打ち首だぜィ」
「…」
「それともあれで助けた気になっていい人ぶろうってのかィ」
「違う!」
「あぶねっ、大人しくしてなせぇ」
「違う…」
「…」
「…殺せたけど、もう殺さないって決めたアル」
「…」

勿体ないと、思う。
持って生まれた能力なのに。俺は欲しくて手に入れた力なのに。

「…そうやってずっと、いい子ぶってりゃいい」
「…」
「あんたは死ぬまで夜兎なんだせィ」
「…そうネ」
「あんたがもし人を殺す気になったらまず俺と勝負して下せェよ」
「お断りアル」
「どうして」
「お前は殺せないヨ、いい奴だから」
「…バカ言え、」

あぁ、調子が狂う。
この感情が恋だと言うなら、恋なんて下らないものだ。
些細な言動に一喜一憂だなんて情けない。滑稽だ。

「…嬢ちゃん」
「…何ヨ」
「俺が人を殺すのはどう思うんでィ」
「…知らない」
「…」
「仕事で誰かを殺したことはないから分からないアル」
「…」

どうも気の合う友人にはなれなさそうだ。

「これは恋人になるしかなさそうですぜ」
「? 何?」
「何でも」

怪訝そうな神楽を無視して沖田は歩き続ける。

(そういえば名前を呼ばれた)

ちらりと視線を落とす。白い足が体の側で揺れていた。

(あんな場所で呼ぶのは卑怯だ)

初めて名前を呼ばれた。
沖田が呟くと神楽が聞き返してくる。何?と、沖田を叩いて。

「…嬢ちゃん!」
「うわっ」
「俺はあんたが好きだ!」
「…な…ッ」
「だからあんたのためなら何人だって殺せるけど、あんたが殺すなと言うなら殺さねぇ」
「…そうかヨ!」
「好きだぜィ」
「…お喋りな男は嫌いアル」
「俺今喋るの止めたらその辺にあんた押し倒しますぜィ」
「…死ぬまで喋り続けろ」
「だから二度とあんな奴らに捕まらねぇで下せェよ、心臓止まるかと思ったぜ」
「…バカじゃねーの」
「何とでも」
「…や、やっぱり自分で歩くアル!下ろせ!」
「嫌でさァ」
「変態!」
「だから、何とでも言えって」
「〜〜〜!嫌い!」
「そいつァ傷つくぜ」
「知るか!」
「今日は邪魔が入ったから、今度また弁当持って出かけやしょうぜ」
「…あれは新八が作ったアル」
「じゃあ今度は山崎にでも作らせまさァ」
「…」
「あいつはあれでなかなか料理が上手いんでさァ」
「…弁当食うだけなら付き合ってやるヨ」
「約束だぜィ」
「…あ、私の傘は?」
「あぁ、屯所だ…あんたを万事屋に送ってからまた届けに来まさァ」
「…ウン」

大人しくなった神楽を笑い、沖田は足取りを軽くして万事屋へ向かった。

 

 

 


最後セリフだけになっちゃった…ガクリ。

041018