a l l

 

「んっ…ちょ、隊長ッ」
「なんでィ」
「洗濯物汚れ、んぐ」

洗濯物の山に埋もれて、抵抗を見せる山崎を押さえつけて沖田は唇を合わせた。隙をついて舌が唇を割り、ぬるりと口腔を滑る。
何かもごもごしている山崎を無視して、洗濯物の中から手探りで見つけたシーツを引っ張り上げて頭まで被った。

「ちょっと、何してんですか」
「気にするな」
「わ、ダメですってッ」

このクソガキめ、押し返そうとするのを洗濯物に邪魔されて、もたもたしている間に服に手をかけられる。制止の声も聞かない。
山崎、名前を呼ばれて見返せば、真剣な表情ならまだしもにやりと笑って山崎を見ている。

「観念しろィ」
「ば、バカ言ってんじゃないですよッこんな昼間っから!しかも誰か通ったらどうするんですかッ」
「…斬る?」
「ダメですっ」
「なんでィ、なんでもかんでもダメだって」
「えーっと、あー…そう!栗!」
「…栗?」
「ええ、昨日散歩してたらお爺さんが栗拾いをしてたんで、隊長好きだったなと思って手伝ってもらってきたんです。───そんなに量はないですけど、2、3人分ぐらいなら栗ご飯作れるかなーって…」
「…」
「…あれ、嫌いでしたっけ」
「…いや
」「そ、それで 皮剥きしようと…」
「…」

のそりと沖田は起きあがった。効果ありだったのにほっと安心し、山崎も体を起こす。
まだシーツを被ったままの沖田の前髪を直した。布の中で暴れて汗ばんだ山崎に対して涼しい表情だ。

「…じゃあ山崎は夜だな
」「…とにかく明るい内は禁止」
「じゃあキスは」
「…だ…誰もいなかったらいい、かな」
「スケベ」
「…しなくてもいいですよ」
「したい」
「…」

面食らった山崎の口を塞いだ。離れようとするのを引き寄せて、深く口付ける。
自分の何がお気に召したのかは知らないが、今こうして触れ合えているということに山崎は時々不思議に思えてくる。よりにもよってこんな取り柄もない下っ端に、真選組隊長がこんなことでいいのかと考えることもしばしばだ。

「…だからダメですって」
「…」

服に手をかけたのを解いて山崎は溜息を吐いた。沖田は顔をしかめて山崎を見る。

「いっつもそうだ」
「はい?」
「俺は山崎の言うことは何でも聞くけど、山崎は俺の言うこと聞かねぇだろ」
「…そ、そうですか?」
「…」

そんなこと沖田が聞きたい。
山崎は自分の言うことを聞きすぎるぐらいだった。

 

*

 

何かざわめいた声で沖田は目を覚ました。アイマスクを下げて辺りを見る。一瞬どこだか分からない。
側にあるのはきちんと畳まれた洗濯物で、足元に積まれた山を崩してしまっていた。ふて寝に入った沖田に困りながら山崎が畳んだのだと思うと心苦しい気もするが、悪かったとは思わない。
夕方の涼しい空気が沖田の頭をクリアにしていく。

…また適当に根拠のないことを言って困らせた。
後悔するわけではない。が、一度ぐらい怒ってもいいんじゃないだろうかと思う。
いつだったか、死ねと言えば死ぬのかと聞いたとき、喜んでと彼は言った。そのとき初めてこれは喧嘩よりも厄介だと思った。

騒ぎの方が気になって考えるのを止め、沖田は部屋を出て声を辿る。
どうも近藤の部屋に人が集まっているようだ。それはいつものことだったが、今日は何やらいい匂いが漂ってくる。男ばかりの屋敷に女の香、と言うのではなく、これはかつても嗅いだことのある───
近藤の部屋に足を進める。部屋ではなく庭の方で、近藤と土方を中心に隊士が集まっていた。

「げっ、ほら見ろまた増えたじゃねーか!」
「おぅ総悟か」
「…どうしたんです松茸なんて、泥棒は犯罪ですぜ土方さん」
「してねーよ。しかも俺に限定してんじゃねぇよ」

近藤の前にある七輪に載っているのは、切ってあるので形からは分からないが、この匂いは松茸だろう。食べたことはないが、昔貧乏道場だった時代に近所で焼いていた。

「これはなぁ、天人が違法に作ってたやつだ。普段なら隠ぺいしちまうんだろうが一般の人に見られちまってどうしようもなくてしょっぴかれてよ、処分するやつこっそり取ってきたんだ」
「ふーん…」
「総悟もこいよ」
「はいよ…あ」

一歩外に踏み出し、沖田は足を止めた。

「いや、やっぱいいや」
「どうした?」
「栗ご飯が待ってんでさァ」

ひょいと足を戻して沖田は台所へと向かう。
七輪を囲む面々は呆気に取られてそれを見送った。

「…栗…」
「…隊長も案外子どもっスねぇ」

そう言えば山崎が台所で何かしていたなと思い当たり土方は納得がいく。

「…ガキっちゃガキか」

軽くバカにされているとは知らず、沖田は台所へと到着する。
山崎がふんふんと何か鼻歌を歌っているが、いかんせん音痴なので曲は知れない。
流しに立つ後ろ姿にそっと近付き、きゅっと腰に腕を回す。何ですか、と別に驚いた様子のない声がつまらないので耳に息を吹きかけた。

「ふゎあッ」
「ご飯出来たかィ」
「…炊けてると思いますよ、今秋刀魚焼き始めて」
「大根は?」
「おろして下さいよ」

これ、大根と道具を山崎が指差すが、沖田は首に顔を埋めて丈夫な隊服越しに口付ける。もぞもぞと隊服の裾から侵入してくる手をたたき落とした。耳を噛みつかれて山崎が震える。

「沖田隊長」
「キッチンプレイ…」
「誰から教わってくんですかそういうこと!ちょっとコラ!」
「エプロンしねぇのかィ」
「…そこにあるから沖田隊長がしたらどうですか。あっ、俺醤油買いに行かないと。大根宜しくお願いします」
「…」

沖田の腕から抜け出して、山崎は洗い物を途中にその場を離れる。不満顔の沖田は仕方なく大根を見て、上着を脱いで手に取った。
一方山崎の方はと言えば、廊下の途中でへなへなと耳を押さえへたりこんでいる。

「あンのエロガキ…」

悔しいやら何やらで情けなかったがどうにか立ち上がり、秋刀魚が焦げる前に帰ろうと廊下を急ぐ。
何かいい匂いと騒がしい声がして、廊下を折れたところで理由が分かる。

「松茸!」
「また増えた!」
「わーいいなぁ」
「山崎もいるかー?」
「…あっ!だ、ダメです秋刀魚焼いてるんです今!」
「…秋刀魚か」
「醤油切れてるんで買いに…あっ、じゃあ失礼しますっ」

バタバタと山崎は廊下を駆けていく。若い なぁと隊士達が笑った。

「…でも俺今年秋刀魚食ってねぇなぁ」
「…栗ご飯なんていつから食ってねぇんだろ」
「…」
「…トシ、松茸ってどこで売ったらいいもんかなぁ」
「あー…ダフ屋のじーさんならツテありそうだなぁ…」
「…」

 

*

 

「ただいまッ、あーっちょっと嫌な感じの匂いッ」

帰ってくるなり山崎はコンロに駆け寄った。秋刀魚の表面は真っ黒だが、つついてみると食べれないわけではなさそうでほっとする。

「…俺より秋刀魚の方が大事かィ」
「あぁっ沖田隊長ただいま帰りました!あ、大根有難う御座います」
「完璧だぜィ、あとは秋刀魚!」
「はいはい…危ないと思ったら火消して下さいよ」

皿を出して秋刀魚をのせて沖田の前に並べた。醤油を醤油差しに移し変える。

「おーい山崎、ちょっといいか」
「はい?」

箸、と一言亭主関白な沖田をよそに、台所を覗いた近藤に寄る。

「どうしました?」
「あ〜…その、なんだ。栗ご飯まだあるか?」
「あ、えーとあんまり量は」
「ないですぜィ」
「隊長、そんな」
「食っちまった」

米粒が幾粒かしか残っていない炊飯器の釜を見せ、カン、と沖田がしゃもじで叩く。
硬直したのは山崎で、じゃあしょうがねぇなぁと近藤は諦めて行ってしまう。

「…ちょっ…俺食べてないのに!」
「そいつァ悪かった。この通り」

トンと沖田が机の上にご飯を盛った茶碗を置く。
箸!と山崎を急かすと反射的に取ってきた。

「なんでィ、いらねぇなら俺がもらうぜィ」
「いっ要りますッ! …」
「ほれ座れ、行儀が悪い」
「あ、ハイすいません」
「いただきます」
「い、いただきます」

パン、と沖田は手を合わせる。
まだ栗ご飯に何が起きたのかよく掴めない山崎は混乱したまま箸を持った。

「帰り遅いからお前も松茸に行ったのかと思ったぜ」
「…やだなぁ、隊長いるのにそんなことしませんよ」
「そうかィ」

あぁそう言えば味噌汁もあるんですよと山崎が立ち上がる。
先に秋刀魚を解体しながら沖田は山崎をじっと見た。

「…何ですか?」
「何でも」

訝しがる山崎に渡された味噌汁を口にしながらも尚見つめ続けるので、山崎は箸が進まない。

「…何ですか?」

味噌汁に沖田の面倒臭がる魚のあらを入れたせいで何か怒ってるんだろうか。確かに食べにくいかもしれないが安くて美味しいので山崎は好きなのだが。

「俺はあんたが好きだ」
「ッぶっ、あ、有難う御座います?」
「だからあんたが何しても嫌いにはならねぇと思う」
「…」
「山崎は何で俺を怒らねぇんだ」
「…えーとですね…俺も沖田隊長のこと好きですよ」
「知ってる」
「…だから、なんか怒る気にならないんです」
「何で」
「…隊長ならやるって分かってるからかな?」
「…」
「…そりゃね、本気で悪いと思えば怒るかもしれませんけど、沖田隊長はあなたが自分で思ってるほど悪いことはしてませんよ。…あー…副長に対しては別な気もしますけど」
「…読まれてるみてぇで気にくわねぇな」
「まさか、隊長が一番読めません。あぁ大根ちょっと辛いですね」
「…山崎ィ」
「はい」
「俺のどこがいいんでィ」

ずず、と味噌汁をすすりながらも沖田は視線を山崎に向けて聞く。
そうですねぇ、栗ご飯は塩が足りないと呟いて、山崎は沖田を見る。

「あえて言うなら、ちゃんと人の目を見て話すから」
「…」
「俺がここに拾われる前はそりゃあ酷いもんで、目が合って相手が下だと判断したら子どもだろうが老人だろうがとにかく襲って身ぐるみ剥がせと言う感じでした。
 だから、隊長の目を見て初めて、人の目ってのはなんて綺麗なもんだと感動しましたよ」
「…そうかィ」
「ええ」
「俺は山崎が思ってたほど綺麗じゃないだろィ」
「そんなことないです」
「…」
「俺にとってはあなたが全てです」
「…ま、汚したのは山崎だけどな」
「…いやその…すいません」
「どんだけ好き?」
「…酔ったふりして寝込み襲う程度には」
「…お前そんなことしたのか」
「ッ!?」

第三者の声にビクッと山崎が振り返る。
呆れた表情の土方が山崎を見ていて、いやこれはそのとどうにか言い訳を試みるがいい言葉は出てこない。

「大根もらってくぞ。下ろし金は?」
「あ、そこに」
「…あぁ、あった。───お前らここでなんかするんじゃねーぞ」
「な、何かって何ですか何もしませんよっ!」
「…ちっ」
「…」

呆れはしたがとがめもせず、大根を手に土方は台所をあとにする。大根に失礼な程似合わない。

「…山崎山崎」
「…はい?」
「キスだけ」
「…」

机越しに伸び上がって、一瞬だけ触れる。

「…ところで栗ご飯の残りは?」
「食った」
「…全部?」
「うん」
「…また作りますね」
「うん」

 

*

 

「・・・汚れてるのは、俺なんですけどね」

眠る沖田の髪を梳いて、山崎は大きく溜息を吐いた。布団を蹴り上げたのを直してやる。
普段の動作はひとつひとつが綺麗な癖に、寝相はまるで幼い子どものようだ。山崎も何度蹴られたか分からない。

「聞き返してみればよかったなぁ」

俺のどこがいいのか。
考えてもしょうがないか、微かな足音に山崎は立ち上がる。

「山崎」
「はいよっ」

 

 

 


汚職事件の巻。横領とでも言うのか。松茸なんて食ったことない。
秋刀魚も栗ご飯も大好きです。ちょっと違う秋を。食欲の秋だし。
ところでこう・・・何?甘々に分類されるものを初めて書いたような気がします。

040911