l o o k

 

見事な眺めだった。

秋の桜は一面に散り、揃って風に身を任せている。
山崎はコスモス畑の前で足を止め、しばし景色に目を奪われていた。色鮮やかに咲き誇る花はどの色も負けてはいない。
…今日は折角の非番なのだから、少しぐらい羽目を外しても構わないだろうか。
少し辺りを見回して、山崎は花をかき分けて踏み込んだ。

 

*

 

「…」

その塊は山崎、と認識してもいいのだろうか。駄菓子の入った袋を手に、沖田は地面を見下ろした。
コスモス畑の真ん中の丁度開けた場所で、大の字になって眠っている男。沖田は山崎の他にこのような私服を着こなした男は他に知らないので、十分これが山崎だと言う証拠になるだろう。
少しそれを見下ろして、間抜けな寝顔に呆れながら側にしゃがみこむ。

───この男はそれなりに優秀な男だが、普段は土方に怒鳴られたりミントンだったり土方に殴られたり沖田に夕食のおかずを奪われたり土方にパシられたりとなんとも情けない男だ。
…その男によって強烈な記憶を植え付けられたのは今年の春だったが、沖田は気付かなかったふりをしているので山崎も気付かれていないと思っているらしい。
風に揺れるコスモスの背は高く、しゃがんでしまえばもう姿は隠れてしまう。
山崎に起きる様子はない。そっと起こさないように側に手をつき、ゆっくり顔を寄せてみる。
いつか見たドラマでこんなシーンがあったようななかったような。
使えるテレビは一台しかない状態なのでドラマはみんなで見ることになるが、ラブシーンへの突入は家族団らんより気まずさは上だ。

そんなことを考えながら乾いた唇に触れた瞬間、山崎の手が沖田の後頭部に回って身動きがとれなくなる。
一瞬の呼吸を許したあとまた唇が触れた。愛しいもののように沖田の髪を掴んだ山崎の手が気持ちよかったが、唇に触れた柔らかさにゾクリとして反射的につき離す。
山崎は目を開けてじっと沖田を見た。

「…すいません」
「…」
「ごめんなさい間違えました。…しまってもらえませんか」
「…」

山崎の様子を伺いながら、沖田はゆっくりと山崎の腹部に当てた刀を引いた。反射よりも早く反応した剣は何も斬っていない。

「…誰と間違えたってんだィ」
「…俺にも、女ぐらいいるんですよ」
「そうかィ」
「すいません変なことして」
「…」

沖田が離れて山崎も体を起こす。軽く頭を振って、コスモスを見て目を細めて笑った。

「…気持ち悪い」
「…俺がですか?」

心地よい風が乾いた草の匂いを運んできた。
ピンクの花が沖田の頭を撫でる。

「舌が」

向こうにオレンジ色の花が見える。コスモスは色が決まってないのが不思議だった。
深い紫の花びらを目で追いながら沖田は思う。風に乗って、ひらりと山崎の着物の膝へ。

「案外子どもなんですね」

パリッとトンボの羽音。追われてきたのだろうか、遠くで幼子の声がする。
コスモスは秋の桜と書くと教えてくれたのは誰だっただろう。こんなにも花は咲いているのに、沖田の周りには桜を思い出す薄桃の花しかない。

「気持ち悪いもんじゃないんですよ」

山崎が若干近付いてきて、もう沖田も意識を花へは移せなかった。草の上に手をついて沖田に近寄り、ずっと近いところで沖田を見てくる。
何故か風もやんだ。子どもの声はなくなっている。もう夕方なのだろう。

「…山崎」
「さっき俺にキスした」
「…」
「どうしてですか」
「…花見のときのお返し」
「やっぱり起きてたんですね」
「寝込み襲ってたのは山崎が先だぜィ」
「おそ…」
「理由もあんたから言うのが道理だ」
「したかったから」

夕闇が近付いていた。夕方が一番似合うのは秋だと思う。
オレンジジュースに浸したように、空はじわりと朱がさし始めていた。

「したかったんです」
「山崎」
「ほんとはさっきのも。女性と出会う時間なんてないですから」
「…」
「隊長は?」

そう呼ばれて自分は上司なのだと思い出す。
沖田は困って山崎を見た。顔には出ないので伝わりはしないだろうが。

「…したかったわけじゃない」

理由になっていないが山崎は何も言わなかった。ついさっきの自分のことが分からない。思わず黙りこんでしまった。
さわりと葉が鳴る。
山崎が少しずつ詰めてきて、そのまま唇が触れた。
いち、 に

「…沖田隊長」
「…」
「もっと触ったら斬りますか」
「…かもしれないぜィ」
「聞いてみただけですけど」

そして押し付けられる湿った唇はぴたりと沖田の口を塞ぎ、舌が口腔を探る。
逃げようと思えば逃げられた。沖田が逃げないのを知った山崎の手が髪を梳いて、地肌に感じた熱に沖田は目を閉じる。

(…何でこんな慣れてんだ…)

だけどもうどうでもいい。
絡まる舌に頭の芯がぼやけた。ふやけた頭に余裕なんて与えずない、熱い舌に迷わされる。

「…ん」

離れてからまた2、3度触れて、そして山崎は沖田の胸に頭を預けた。
よろけた沖田の脚が跳ね上がり、その拍子に何かを蹴り飛ばす。カランと倒れたのは酒の空き缶。

「…酔ってんのか」
「はいー?」
「…」

これまでそれどころではなかったが、意識すればアルコールの匂い。本気で斬ってやろうかと考える。

「…山崎ィ、どうすんでィ」
「ん…どうしましょうね」
「…」
「あ、気持ち悪かったですか?」
「…」
「別に斬られてもいいんですけど、あ、今担当してる仕事終わってからがいいなぁ」
「…いつ終わるんでィ」
「もっかいしていいですか?」
「…」

酔っぱらい決定な発言に不意を突かれ、返事をしない沖田を無視して軽く唇は触れる。優しく触れた一瞬。
闇がそろそろと近付いていた。夕方を追いつめて沈めていく。
目が合って、山崎は少し口端を上げてまた沖田の胸に額を押しつけた。

「…初めて沖田隊長見たとき驚きました」
「…」
「夕焼けであなたの髪が透けてて、俺あんな綺麗な色初めて見たなぁ。俺お迎えってのが来たのかと思ったぐらいです」
「…そうかィ」
「あなたに拾われなかったら俺は今頃どうなってるか分からない」
「あんたを拾ったのは土方さんですぜィ」
「見つけてくれたのは隊長ですよ」
「そうだったか?」
「…俺には忘れられません」

少し遠い声は静かに、夕方から夜になるように、夏から秋になるように自然と語る。

「もう寒くなった秋でしたから、あのままだと凍死かなぁ」
「…山崎ィ」
「はい」
「好きだとか言うのかィ」
「言ってもいいですか」
「…」
「好きです」
「…発言許可してねぇぜ」
「好きです。…ていうか…」
「山崎?」
「押し倒していいですか」
「そいつぁ流石に叩っ斬る」

沖田が刀に手をかけて、山崎は笑いながら自分の手も重ねた。

「…言うつもりなかったのになぁ…」
「…」

涼しさの漂う中で背中に汗をかいた。
コスモスはまだ眠らず、じっと見られているような錯覚さえ起こす。

「いつかあなたも奥方を迎えて、きっとその頃には真選組ももっと強くなってて」
「…」
「…見たくないなぁ、その頃には俺はいなければいいけど」
「山崎」
「…すいません。わかんないけど好きなんです」
「…」

沖田の手を刀から解き、ぎゅっと握って山崎の自嘲。
───どうしてコスモスはまだ花を閉じないのか。夏の間山崎が世話をしていた朝顔はすぐにしぼんでしまったくせに。

「…山崎ィ、」

どうすればいいってんだ。
ぴたりとくっついたままふたりは無言で夜を待っていた。
夜になれば帰る口実になるのに。夜は怠けているかのようにゆっくりと進む。サボってんじゃねぇよ。
信じられない速度だ。

───信じられない。なんて早さで人の心に忍び込んでくるのか。
微かな息遣いに緊張し、重なった手はじわりと汗が滲んできたけど離すことが出来ない。手の甲から心地よい体温が染み込む。
頭上を飛び交っていたような気のするトンボは姿を消して、少し見上げれば羽虫がうっとおしいほど飛び交っていた。

「…ごめんなさい酔ってません」

ぽつりと山崎の声。びくんと沖田の肩が跳ねる。

「でも最後にもう一回いいですか?」

顔を上げた山崎と真っ直ぐ視線がぶつかった。逃げられない。
そしてまた、沖田の返事を待たず唇は触れて。
───とぷんと暗くなった空の下、夕方と夜の狭間で光る一番星にも気付かずに、ふたりはただ行き場のない思いに身を任せている。誰も何も止めに入ることはない。
この先を考える余裕など互いの熱で溶けてしまった。唾液と一緒にどちらかの喉へ滑り消える。
日は彼らに呆れて沈んでしまうが、残った着物の裾がまだ空を明るくしていた。それに気付くこともなく、呼吸が苦しくなるまで互いの熱を交わす。

───それなのに最後の一言は謝罪の言葉で。
気付けバカ、心の中で毒づいて、酔っぱらいは捨て置いた沖田は早足に屯所へ帰って行った。

 

 

 


・・・3巻読んで密かに山崎って黒いのかなぁと思った。
でも沖田偽物だなぁ・・・。ちょろちょろ書いてたので途中から雰囲気が変わってる・・・よ・・・。
後半書くの面白かったです。半分寝てた割にはまし(オイ)。
秋描写限界来てるの見え見え。

040911