f e e l

 

「俺ァもうだめだ」
「沖田隊長…」

鈴虫がいい声で鳴いている。
布団に臥せた沖田の傍で、山崎は水差しを手に眉を寄せた。握る手が微かに震える。

「…俺も先が長くねぇ…もうほっといてくれ」
「…隊長……風邪ごときで死んだら地獄まで追って連れ戻しますからね」

沖田は一瞬黙り込んで悔しそうな顔をした。山崎が溜息を吐く。

「何でィ、俺ァ極楽へ行くんでさァ、地獄になんて落ちるはずがねェ」
「それだけ喋る元気があれば大丈夫です」
「つれねぇな」
「あなたは床で生涯を終えるような人じゃないでしょう?俺たちは武士ですよ」

食べ終えたお粥の器を盆に載せ、山崎は薬を手に取った。
はい、と渡されてしまって沖田は顔をしかめる。飲んで下さいね、と念を押され、飲むまで山崎は動こうとしないので沖田は諦めて錠剤を口にした。

「何か欲しいものあります?」
「酒」
「確か梨があったので切ってきますね」
「聞きやしねぇ」

山崎が部屋を後にし、つまらなさそうに沖田は溜息を吐く。
風邪なんてひいたのは久しぶりだった。寝たきりなんてどうも落ち着かない。体がだるいのでいつもの調子ともいかなかった。熱い体を持て余す。
最強を謡われながら、風邪ごときで使い 物にならない自分が情けない。

「…」

目を閉じると聞こえるのは虫の声。
口の中の薬をなめる。飲み込めばよかったのだろうが何となくタイミングを失い、口の中に残ったままだ。
山崎の足音が帰ってくる。戸が開いて両手の塞がった山崎が入ってきた。足で戸を閉めたので開けたときもそうだったのだろう。
山崎の手にした盆には梨と果物ナイフが載っている。

「早いな」
「よく考えたら沖田隊長がちゃんと薬飲んでくれるわけないと思って」「…失礼なやつだなお前は。ちゃんと飲んだぜィ」
「…ほんとですか?」
「ほんとほんと」

山崎が傍に盆を置いた。沖田はひらひらと手を振ってみせる。
まだ疑いの目で沖田を見る山崎に手を延ばした。ぐいと山崎の髪を引いて、痛いとか言ったのを無視して口付ける。何か唸るような声が山崎から漏れたが気にしない。
唇を割って浸入すれば山崎は姿勢を直し、頭に手を添えて色素の薄い髪を梳く。
ふと舌に触れたものに気付き、山崎は深く舌を差し込んだ。制した沖田の手も捕まえる。微かに沖田の喉が嚥下したのを感じてからようやく沖田から離れた。

「…飲んじまった」
「初めから素直に飲んで下さいよ」

力なく沖田は布団の中で息を吐く。山崎は呆れながら梨を剥こうと手に取った。

「山崎は風邪引いたって薬飲まねぇだろィ」
「俺は薬効かないんですよ。文句言うから錠剤にしたのに」
「粉末でもいいぜィ」
「吹き飛ばすからイヤです」

くるくると器用に皮を剥いていくのを横目に沖田はわざとらしく溜息を吐く。
こうしている間に事件でも起きたらどうするんだろうか。
土方にはテメェが悪いとさんざん扱き下ろされたが納得はがいかない。風邪だろうが盲腸だろうがかかるときはかかるのだ。

「山崎ィ」
「はい?」
「熱い。暇。死ぬ」
「熱いのはいいんですよ、汗かくぐらいがいいんですから。暇なら脳味噌溶け出すほど寝て下さい」
「山崎も」「…病人とどうしろってんですか」
「さっき本気だっただろィ?」
「…と、とにかく、俺はいつ仕事入るかわかんないんですから」
「じゃあテレビ」
「…無茶言わないで下さいよ、あなた連れて行って他の人が風邪ひいたらどうするんです」
「じゃあもう山崎にもうつったな」
「残念でした俺は鍛えてるので平気です」
「わかんないぜィ」
「じゃあ楽しみに発症待ってて下さいね」
「そしたら今度は俺が看病してやらァ」
「…怖いなぁ。意地でも熱なんて出しませんよ」

一口大に切った梨を沖田の口に押し込んだ。とりあえずは静かになる。
よく冷えた梨を噛み砕く。じわりと甘いのは何かに似ていると思った。

「大丈夫ですよ、病気にかかると誰だって気弱になるもんですから」
「…誰がいつそんなこと言った」
「ひとりごとです」

また沖田の口を梨で塞いだ。
山崎ィ!
副長殿の怒鳴り声に山崎はびくりと肩を震わせ、切りかけの梨をがちゃんと皿に落とすように入れて立ち上がる。

「隊長安静にしてて下さいよ!」
「…へぇへぇ」

ばたばたと戸も閉めるのを忘れて山崎が部屋を飛び出し、沖田はのそのそと布団から這いだした。重い体に舌打ちをしてどうにか畳を這う。
戸を閉めようと手をかけると、刹那の間に鈴虫が入り込んでいた。どうしようか迷って、しかしそのまま戸を滑らせる。
動いてみると自分がここまで重傷だとは思わなかった。また布団へ戻るのが億劫でその場に座り込む。
鈴虫をつついてみると枕元へ飛んでいった。寝てるうちに潰したりしないだろうかと懸念したが、あの反射神経なら大丈夫だろう。

夕刻が近付くに連れて外では虫の声が大きくなっていた。
───慌ただしい様子がないということは山崎単体で仕事なのか。
土方も分かってない、そんなの他の奴に行かせればいいのに。沖田の世話を山崎に押し付けたのは自分の癖して。

「…耄碌してんじゃねぇか、やっぱ副長は任せらんねぇな」

大きく息を吐く。自分でもその熱っぽさが分かってただ顔をしかめた。
虫の声が大きく聞こえるようになった。中へ入れた鈴虫のせいだろうか。外は虫の声で溢れかえり、やかましいほどで、そして静かだ。
ちりちりと鈴虫の触角が上下する。
あんなもの、視線で殺せればいいのに。自分の考えに一笑してゆっくり布団まで這う。布団に潜り込んでようやく落ち着いた。
額に浮いた汗を拭って梨に手を伸ばす。梨特有の食感。噛む音が頭の中に響く。
さっきは確かに甘いと感じた気がしたが、なんの味もしなかった。

───寝ろと、言われたんだった。ふと思い出し、頭まで布団を被る。
虫の声が部屋いっぱいに響いて頭痛がした。

 

*

 

「!」

何かを叫んだ気がして沖田は跳ね起きた。
ドッと汗が吹き出していて、空気に触れた肌が冷たくなる。

「び…びっくりした…起こしちゃいましたか?」
「…山崎」
「えへへ、ソッコー終わらせて来ましたよ」
「…」

荒い呼吸を隠そうとしてるのが分かって沖田は少し戸惑った。
具合はどうですか、山崎が沖田の額の汗を拭いてまた寝かせる。人より自分の汗を拭いてほしい。
頬や首筋に触れながらちらと見せた真剣な表情に、これは仕事なのかとらしくないことを考えて嫌気が差した。

「夢でも見ましたか?」
「…忘れた」
「俺熱あるとき悪夢見るんですよね…また熱ぶり返したみたいだなぁ、いっぺん下がってたのに」
「…山崎」
「はい、」
「何の用だった?」
「…迷子」
「は?」
「迷子の天人、大使館まで送れって」
「…」
「ほら、副長とかあんなじゃないですか、顔が怖いと嫌だと言われて俺が呼ばれたみたいです。…不名誉だなぁ…」
「…うちは便利屋じゃねーぞ…」

空気すら重そうに浅く呼吸を繰り返す沖田を心配そうに、山崎は何も出来ずに座っていた。

「…もう一発で熱下げちゃいます?」
「…?」

するりと山崎は布団を引いた。

 

*

 

「あっ…」
「…大丈夫、ですか?」
「ん…」

沖田の部屋の前で土方は立ち止まった。…沖田の世話をしていたのは山崎だから、漏れた声も山崎のだろう。
何の世話をしてるんだ。少し考えて、土方は声をかけずに戸を開けた。
びくんと振り返ったのは山崎。沖田は乱れた浴衣を直しながらゆっくりと土方を見た。

「…病人に何してんだテメェは」
「ごっ、ごご誤解ですッ」
「しらばっくれるか!」
「違いますって!お、沖田隊長に聞いてみて下さいよ!」
「…どうなんだ総悟」
「…土方さんのせいで萎えちまった」
「よし山崎歯ァ食いしばれ」
「嘘ォッぎゃっ!」

*

「座薬だァ?」
「うー…イテテ、そうですよ…副長も風邪ひいたときやったじゃないですか」
「やってねぇよッ」
「あれ、誰だっけ」
「あんたら揉めるなら外でやって下せェ…」
「あ、悪ィ」

布団で呻く沖田の額に山崎が手を置く。
辛そうに息を吐くので、流石の土方も心配そうに沖田を見た。

「やっぱり薬飲むの嫌がる人には効きませんね」
「は?」
「あんなの薬じゃないですよ、俺が適当に作ったもんです」
「なっ…近藤さん全快したぞ」
「自己暗示は強いですよ。うちにあるのは熱冷ましの座薬のみです」
「…」
「文句は勘定方へどうぞ」

戸が開いて、入るぞー、と入ってきた近藤が土方を見て表情を変えた。
居心地が悪そうに土方は顔をしかめる。

「…トシ、見回りに行くって言わなかったか?」
「か、帰ったんだよッ」
「…近藤さんどうしたんですかィ、うつりますぜ」

俺にはそのセリフ言わなかったな。睨むような土方の視線も沖田は気にしない。
俺はもうやったから大丈夫だと笑う近藤に山崎が場所を開けた。

「ほれ、風邪にゃ桃缶だろ!」
「…どうも」
「開けましょうか」

沖田が頷くのを確認して山崎は受け取った缶に缶切りを当てる。

「…缶切りあったか?」
「あ、一通りのものは持ち歩くようにしてるので」
「…頼もしいなぁお前は」

局長!
探す声に近藤は来たばかりなのにと苦笑して立ち上がる。土方も一緒に出るつもりで立った。

「ゆっくり休めよ」
「…はいよ」

ふたりが出ていき、沖田の疲れた様子に山崎が心配そうに顔を覗きこむ。
手、と言われて差し出せば、熱い手が緩くつながった。じわりと感じる熱に可哀想になってくる。

「…次から次へと何でィ」
「…みんな隊長のこと心配してるんですよ。早く直しちゃいましょうね」
「…じゃあ山崎、」
「はい」
「ここにいろ」
「…はい」
「仕事入ってもかィ?」
「副長は怖いですけど分からず屋ではないですから」
「…」
「…あれ、鈴虫入ってきてる」

いい声がすると思った、山崎の目は虫を見つけたのだろうが、それを追う気力はない。

「…蝉とは違った声だけど、どっちも求愛なんだから不思議ですね」
「…」

きっと鈴虫はロマンチスト。それはあんただろう、沖田は呆れたが何も言わない。
決して人の声帯からは出せない声が愛を歌っているなら、人が愛を伝えられない理由になる。
食べます?反射的に頷いて唇に触れたのは桃。つるんと滑って口の中に落ちる。甘すぎる汁で喉が少し痛かった。

「…走りてぇ」
「…寝ましょう」
「…もう脳味噌腐ってんじゃねぇかな」
「まだまだですよ」

ぎゅっと、確かに山崎の手を感じる。

「…虫追い出せ、俺が求愛されても応えらんねぇ」
「そうですね」

山崎は立ち上がり、沖田の向こうに回ってひょいと鈴虫を捕まえる。
それを外に出し、山崎はまた沖田の傍に戻ってくる。また手を繋いで、目を合わせて笑って。

「お休みなさい」
「…」

目を閉じた。
鈴虫は愛を囁く。夜空に負けない静かな音で。

 

*

 

ふっと目覚めた時には虫の声は聞こえなくなっていた。代わりに鳥がさえずっている。朝だ。
体のだるさは全くない。熱があるようにも感じなかった。

(…あんな熱上がりそうなモンで下がったのか…)

ひくん、無意識に動いた指先を視線で追えば、体温。山崎。
朝日が障子を透かして差し込み、眩しくて目を細めた。逆光でよく見えないが確かに山崎だろう。
手を繋いだまま体を起こし、正座したままの山崎に膝を寄せる。目を伏せて、俯 き気味で寝入っているようだ。

(…首痛くねぇのかな)

きゅっと結ばれた唇にかすめるように自分のそれを合わせた。
離れたときには山崎の目は開いている。近すぎて顔がよく見えない。
おはようございます、と山崎は額をぶつけてきた。繋いだ手は離さずに、開いた手が沖田の首に触れる。

「下がりましたね」
「お陰様で」

 

*

 

「…副長」
「あ?」

振り返ったところで山崎の手が額に触れて土方は顔をしかめた。

「何の真似だ」
「熱ありますね」
「…」
「…土方さんそりゃ馬鹿ってやつでさァ」

全快したかと思えばつっかかってくる沖田に土方は剣を手にする。山崎が慌ててそれを引き留めた。

「馬鹿っちゅーのは風邪ひかないんじゃなくて、ひいても気付かないから馬鹿なんですぜィ」
「…」
「いいから安静にして部屋で寝てて下さい、薬持っていきますから」
「…山崎ィ座薬持ってこい」
「山崎ッ俺の財布持って薬買ってこい!」
「えー、大丈夫ですよ座薬ちゃんと効きますから」
「そういう問題じゃねぇッ叩っ斬るぞッ!?」
「土方さん大丈夫ですぜィ、失うモンは貞操のひとつやふたつ」
「今すぐ腹かっ捌け」

 

 

 


山沖意識。えろ突入しようかと思ってたけど土方いじめで終わりでした。
よりにもよって座薬。

040907