f a l l

 

木の枝から赤く色づいた紅葉がはらりと落ちた。秋雨に濡れてしっとりと柔らかい葉は音もなく地面に落ちる。
沖田は縁側に横になってそれを見ていた。湿気を帯びた木は奇妙に匂う。隊服も湿ってどことなく重い。
ぎぃ、きしみが振動を伴って沖田まで伝わってきた。足音も湿気に吸い取られている。

「山崎ィ」
「…大丈夫ですか?」
「山崎に心配されるほど変な顔してるかィ」
「そうじゃないですけど、なんか疲れてるみたいだから」
「疲れてはねぇ」
「そうですか?…あの、呼ばれたと思ったんですけど」
「…」

真っ直ぐ山崎を見上げる。人の良さそうな顔を困らせて沖田を見下ろしていた。
ちょいちょい、沖田が指で犬か猫のように呼ぶと山崎は傍に膝をつく。何か、と口を開く前にまたちょいちょいとやれば、沖田の意図が読めたのか、少し辺りの様子を見回して顔を寄せた。
音もなく降り続ける雨は外界を遮断して、静寂の中、音を立てるのを怖がるように触れた唇はすぐに離れる。

「…すけべ」
「ッおっ、沖田隊長がっ」
「茶」
「…はいよ」
「やる気ねぇな」

ぶすっと顔をしかめて山崎は沖田の部屋に置かれた湯呑みを手にそこを離れる。きしみが遠くなるのを聞きながら沖田は静かに目を閉じた。
秋はいけねぇ。郷愁を感じるわけではないけれど。

 

ひたひたと雨が耳を塞ぐ。まとわりつく空気がうっとおしい。

「沖田隊長」
「…」

はっとして目を開ける。
薄く霞みがかったような視界が眩しくて一度目を閉じた。

「…起こしました?」
「…寝るつもりなかったからいい」

───寝ていた。
ほんの一瞬だったのだろうが何となく落ち着かなくなってくる。

「お茶入りましたよ」
「…湯呑みが増えてるぜィ、出産でもしたのかい」
「ご一緒していいですか?」
「好きしろよ、あんたの方が年上だろィ」
「ここじゃ年齢より地位ですよ」

傍に湯呑みが置かれたので寝返りをうってうつ伏せる。
手を湯呑みに伸ばせば指先がほんのり温まり、冷えていたことに初めて気付いた。

「綺麗ですねぇ」

正座で傍に控えた山崎は庭を見て息を吐いた。
真っ赤に染まった紅葉は庭の中で存在感を主張した。濡れた葉は艶やかに、つるりと光って己を飾る。

「俺秋って好きだなぁ」
「…秋はいけねぇ」
「隊長は嫌いですか」
「弱くなる」
「え?」
「───心が鈍る」
「…」

男所帯に華を差すそれは見事な紅葉の木で、去年など塀から外へはみ出した枝を誰ぞが夜中のうちに切っていったことがあった。
隊の誰かが怒ったりはしなかった。あれは十分魅力があると納得した。
沖田の部屋の正面にたまたまそれは生えていて、真選組がここへ移ってきた頃は夏であったから門の脇のひょろっとした向日葵にしか誰も気付かなかったのだ。木の名前に詳しいような、学のある男は誰もいなかった頃。

「大丈夫です」
「…」
「隊長は俺が逆立ちしたって勝てません」
「逆立ちなんかしたら負けるに決まってらァ」
「そういう言い回しがあるんですよ」
「ふうん、奇妙だなァ」
「そういやそうですね、俺気付かずに使ってたなぁ」
「…あれ、切ったら怒るかな」
「…紅葉ですか?別に枝ぐらい」
「切り倒して根を掘り起こすんでさァ」
「…怒る、でしょうねみなさん。紅葉が嫌いですか?」
「あんなに赤いもんはあれ以外見たことねぇ。みっともねぇ」
「…そうかなぁ」
「───山崎ィ」
「はい、」
「布団」
「…寝るんですか?それぐらい自分でやって下さいよ…」

それでも山崎は立ち上がって沖田の部屋に入った。ぼんやり紅葉を見つめたまま沖田は湯呑みに口をつける。

「あ、お茶、沖田隊長にはまだ熱いかも」
「…」

ばさりと布団が敷かれ、沖田は音を立てないよう山崎の背中に近付いた。ピシッと布を張るのに何故かこだわる山崎の腰を後ろから抱いてやるとびくりと跳ね上がる。

「た、隊長」
「遅い」
「?あッ、」

耳を甘噛みされ慌てて離れようとするが、沖田の手は山崎の隊服を脱がしにかかる。

「お、沖田」
「山崎は紅葉好きなのかィ」
「え?…好きですけど」
「…そんじゃ残してやる」
「…告白っスか」
「そんなもんでさァ。よし一枚」
「あっもう!ジャケット皺になるからダメですって!」
「大丈夫」
「根拠のないことばっかり!アイロン面倒なんですよ!」
「俺がやったらァ」
「ダメですッあんたには任せられません!お茶も入れられないのに!」

片腕で山崎を捕まえたまま自分の上着も脱ぎ捨てて、ぎゅっと山崎に身を寄せた。こらこらと山崎に手を叩かれるが離さない。
シャツ越しに伝わる体温、こんな時ばかり子どもみたいだと山崎は思う。

「…たいちょぉ」
「言うのが遅い、お前の茶で火傷した」
「大袈裟な、猫舌なんだから気を付けて下さいよ」
「山崎は平気」
「はい?」
「あんたは熱くても」
「…な、なんか恥ずかしいこと聞こえた」
「言った」
「うわわダメですって!あんた脱がす途中でめんどくさがって釦飛ばすから!」
「俺の意識が飛びそうなんでせめて戸は閉めてやってくれ」
「「…」」

縁側に通りかかったのは土方、うんざりした表情を向けられ、山崎は赤くなるやら青くなるやら忙しい。

「…見たいんだったら入りなせぇ」
「見たくねぇよ!緊急出動だ」
「…」

沖田が露骨に顔をしかめたので土方は腰のものに手をかける。慌てた山崎が沖田から離れた。

「おいさっさと立て、敵は待っちゃくれねぇぞ」
「…きっと俺がいないと勝つ自信ないんだぜィ」
「聞こえてんぞコラァ!」
「はは…お気を付けて」
「…」

渋々立ち上がった沖田は山崎の胸元を掴んで引き寄せた。
がちんと歯がぶつかるほどの、広く見て情熱的なキスの後、刀を腰に差して上着を拾い上げる。

「…行くぞヘタクソ」
「言われなくても行きまさァ童貞」
「ちょっと待てコラァ今度こそ聞き捨てならねぇ!」
「さ…さっさと行って下さいよあんたたち!」

土方がはっとして縁側を走り出す。沖田は振り返り、

「山崎!」
「はいっ」
「すぐ帰る!」
「…怪我しないで下さいよ!」

当然、と頷いて返し、沖田は土方のあとを追った。統制の声が聞こえる。
ちらりと目の端に映った紅葉。
秋雨の中、相変わらずの媚態のような魅力を存分に発揮し生き生きとしている。あれはもっと趣深い木だったと思うのだが。

「…ところで土方さん、あんた今度こそ命日ですぜ」
「言ってろ」
「春のために桜の下に葬りまさァ」
「じゃあテメェは紅葉の下に埋めてやる」
「…秋はいけねぇ、向日葵の肥料にして下せぇ」
「は?」
「いや────」

秋でもいいか、あなたが好きだというなら。

 

*

 

「…すぐ帰る、だって」

あの自信家。
上着を着直しながら山崎は苦笑する。

(可愛く笑うんだもんなー)

年は山崎がひとつ上だが、沖田の方がずっと子どもっぽいと思う。
ピシッと布団を敷き直して山崎は湯呑みを回収した。まだ少し沖田の体温の残る縁側に触れた。
まだ雨は降り続き、もう隊は出たのだろう、静けさばかりが誇張されている。
きっと彼はこの静けさを嫌うのだろうなと思いながら、からかいがてら今日は子守歌でも歌ってやろうと昔の記憶を辿り、鼻歌混じりに山崎はその場をあとにした。

歩みに合わせて茶器が鳴る。
あの人の世界はまだ狭く、とてもつたないものだから。
いつかあなたが私を足手まといと感じるまでは、お側で助力したしましょう。
色香る秋はあなたに似合う。きっと味方になりましょう。

 

 

 


沖山書かないんですかと言われて書いてみたら案外に楽しかったですと言う話。
あんまり秋の話って書いたことがない気がしたので敢えて。でもものすごい紅葉なんて見たこたァねぇですけどね。
使いたい写真あったけどイメージ合わなかった・・・

040904