1:いいから早く帰って来い!


「やっまざっきくんっ♪」
「……」

悪魔の呼ぶ声に山崎は足を止めた。あぁ、馬鹿。気付かずに過ぎてしまったふりをすればよかったのに。両手に二人分の昼食を抱えたまま、山崎はゆっくり振り返る。教室前の廊下の壁にもたれかかって、腕を組んでポーズをとっているクラスメイトは、普段より少しばかり鋭い視線で山崎を見た。最悪の友人に捕まった。

「暇?」
「…や、忙しいよ?」
「暇?」
「いや、俺には昼食を運ぶと言う任務がね」
「ちょっと走ってパン買ってきてくんねぇ?」

にやり、と。対女子有効の笑顔を向けられ、全身に鳥肌が走る。

「む…無理!」
「セーラーモノ因みにショートカワイイ系Aカップちょっと沖田似」
「レンタルで!」
「昼飯と引き換えだ」
「……いっぺん死ねッ」
「二人分な〜」
「鬼!」

でもビデオは見たい。山崎は再び売店と言う名の戦場へ駆け戻る。


*


「はいご苦労〜」
「570円!代金はキッチリ頂きますえ!」
「そりゃな」

鬼だが金に関しては真面目な男なので、ぴったり金を払って貰う。自分の手元にある、彼に渡した以外の昼食がずっと気になっていた。こちらも二人分、自分と沖田の。

「あと報酬〜」
「! ま、待った、パッケージある!?」
「おう」
「前はめられたもんな…」

渡されたビデオは本屋の袋に入っていた。中を出してみて確認する。勿論教室であるから大っぴらには出来ず、袋の中を覗いて。
クラスメイトの隣にいた後輩が顔をしかめた。先輩達サイテー。

「…うぉっ、肉親っ!?」
「だろ?似てるだろ?」
「おぉ〜」
「…あいつそんなにカタいの?エロそうな感じするけど」
「あの人エロいけど痛いの嫌いなんだもん」
「お前下手くそなんじゃねぇの?」
「…ムカつく…」

それでもいそいそとビデオをしまい込みに山崎は自分の席へ戻る。鞄を開けると鮮やかな光、携帯が着信を告げていた。そう言えば忘れてた、普段使わないからな。自分で思って少し悲しくなりながら開いてみると、さっきの着信は沖田らしい。どころか、何度となく沖田からの着信は入っている。時間を見ればこの昼休み間であることは一目瞭然で。

(やっべ…)

かけ直すより戻った方が早いか。山崎が走りかけたとき、携帯が振動を始める。相手は勿論沖田だ。

「………はい」
『5秒でこい』
「うえぇっ!?無理ですッ俺今教室にッ……切りやがった!」

思わず叫びながら山崎が教室を飛び出した。

「……そう言うことしてっから、ダメなんじゃねーの?」

諸悪の根源である男が冷静に呟いた。


2:心は黒いんですよ?


「…山崎…」
「ダメです。今日と言う今日は逃がしません」
「……」

入ってきたあんたが悪い。押し倒した沖田の首筋に歯を立てる。体を強ばらせた沖田の顔を見れば、不安げな目を向けられた。滅多に見ることの出来ないそんな表情に、一層嗜虐心を煽られる。

「泊まれる?」
「……」

小さくぷるぷると首を振られた。毎回この反応で無理強いしたくなるが、あまり調子に乗ると形成が逆転してしまうのでやめておく。

「あ…」

服を脱がし始めた山崎の手が冷たかったようで、沖田は体を震わせた。不意をついて漏れた声に頬を染め、歯を食いしばる。

「…声聞かせてよ」
「…んん」
「意地っ張り…」


*


「なんか今日、」
「ん?」

コンドームの空箱を弄ぶ沖田を見ると一瞬目が合い、すぐに逸らされた。可愛いなぁ。口にすると怒るので言わないが、傍へ行って顔を覗き込む。

「何?」
「……意地悪」
「そりゃ沖田さんがいつも意地悪過ぎるんじゃない?」
「…ムカつく」
「いい?」
「……」

ゆっくり沖田の足をかつぎ上げ、さっき少し慣らしたそこへ指を這わせた。唇を噛んで耐える様子にくらくらする。

「────入れるよ?」
「ッ…あ!」

熱い熱量が押し当てられ、沖田は大きくのけぞった。かと思えば動きが止まり、まさか気絶しちゃいないだろうかと焦る。

「…山崎ィ」
「はい?」

沖田は枕元で見つけたものを掴み、山崎の頭めがけて振り下ろす。
ガシャン!

「イタッ!何………」
「『三谷まりv放課後の蜜会』」
「あ……」
「しかも途中かよッ!」

ビデオのケースを開けてみて、沖田は再度山崎を殴る。しまった、沖田がくるつもりはなかったから片付けるのを忘れていた。

「ふざけんなコラ、あ?俺がいるのにこんなもんアテにするたァ納得行かねえな」
「なっ…そんなこと言ったって、あんたヤらせてくんねーじゃん!」
「だからってよりにもよってこんなの選びやがって!」
「かっ、借り物です!」
「いいから退け」
「……あの、先っちょまで入ったんスけど」
「抜け」
「……」
「文句は?」
「……」

いつか絶対酷いことしてやる。泣き叫んだって絶対止めねぇ。動かない山崎の頭がまた叩かれた。かろうじてこらえていたのに、理性が飛ぶ。

「さっさと…ぅあっ!」
「アッすんません間違えました」
「〜〜〜!」

抜くどころか更にねじ込めば、真っ直ぐ敵意の視線で睨まれる。どうせあとで自分が酷い目に遭うのはわかってるのだ。
沖田の手からビデオを奪い、熱い体を突き上げた。


4:逆襲


遂に昼休みがやってきた。山崎はまだ痛む頬に触れ、沖田が歩いてくる足音をじっと聞いた。

「山崎ィ、昼飯〜」
「きっ…今日は、沖田さん!」

思いがけず逆らった山崎に、沖田は不意を食らって目を丸くした。昼食を一緒に食べるようになってから山崎が買いに行くのが暗黙の了解になっていたのだから当然だろう。反応のない沖田に段々動機が激しくなってくる。ちらりと山崎の頬を見て、沖田は笑う。

「しゃーねぇな、今日は特別に俺が行ってやらァ。やりすぎたしな」
「あ…」

沖田が優しく頬を撫でる。冷たい手だが気持ちいい。

「屋上で待ってな」
「はっ…はい!」

沖田が教室を出て行ってから、山崎ははっと夢心地から覚めた。覚めはしたが、余韻は深い。

「……山崎、キモい」
「だってだってあれっ…!沖田さんが優しい!」
「あれも気持ち悪いじゃねぇか」
「うわ〜どうしよう!俺愛されてる!?」
「……」

クラスメイトは諦めて放っておくことにした。山崎の沖田への盲目ぶりは今更だ。あんな鬼嫁のどこがいいのだろうか。

「…その頬、沖田だろ?」
「あ、うん。こないだ借りたビデオばれて」
「ドメスティックバイオレンス…」
「腹も見る?」
「…お前なんでそこまでして沖田なわけ?マゾ?」
「いや、痛いのはやだよ」
「……」
「じゃっ、俺は屋上へ!」
「はいはい行ってこい」

いくら沖田と言えど、突き落とすことはないだろう。自分の可愛い後輩が来たのを見つけ、次の瞬間には山崎のことなど忘れてしまった。
その後輩が買ってきた昼食を食べていると、誰かが傍に椅子を持ってくる。見上げると、沖田。

「混〜ぜ〜て〜」
「……山崎は?」
「誰?」
「……」

沖田の最上級の笑顔。クラスメイトは黙って顔を反らした。
山崎、お前に下克上は一生無理だ。山崎の心配よりも、沖田に憧れの目を向ける後輩に、自分の身の危険を感じた。