●アイスの当たりくじ


「あ、杉くんはっけ〜ん」
「…お前は…ほんっと何処にいても見つけてくるな」
「他ならぬ杉くんのことだから?」

山崎は笑って隣に腰掛けた。視聴覚室の机の上で寝ていた高杉は弾みをつけて立ち上がる。

「はい、センセーがアイスおごってくれた。沖田さんがねだったら全員分」
「どうせ沖田のことだからさぞ丁寧な『おねだり』だったんだろうよ」

袋を引いてアイスをくわえる。銀八にしては大奮発だ。練乳の甘さが唇を濡らす。

「お前今日はセーラーじゃねぇの?」
「…もう当日まで着ない」
「はっ、当日着るんだ」
「…だって志村さん怖いもん…杉くんにも何か着せるって言ってるよ」
「げぇッ、誰がンなくだらねぇのに付き合うかっての」
「神楽ちゃんはナース服着るんだって」
「あいつが着たって色気ねぇだろうがよ」
「あと近藤さんがチャイナドレス!」
「ぶっ!?」
「楽しみだなー」
「…ある意味な」
「あと杉くんは和服って言ってたかな」
「どうせ着ねえよ。────それより、ザキ」
「…うん、聞いたよ。まだ会ってはないけど」
「むかつく」
「…」

ざくざくとアイスを食べてしまって、高杉は残った棒を投げ捨てた。
あーあ、山崎が溜息を吐く側で高杉は再び寝転がる。それを拾いに行った山崎が、あ、と間の抜けた声を出した。

「杉くん」
「あ?」
「当たりだ」

嬉しそうに山崎が棒を見せにきた。木に焼き付いた、当たりの文字。

「────当たりねぇ」

山崎から受け取ったそれをかざしてみる。

「…こんなもん、」

何も事態が変わるわけじゃない。高杉が望むのは現状の打破だ。

「…これ替えてこいよ」
「あ、でも先生が当たりは先生のものだって」
「知るかよ、言わなきゃわかんねぇだろ」
「…うん…」
「…言わなきゃいいんだよ」


●お弁当のおかずは


「トシロー!弁当寄越すアル!」
「…神楽…お前さっき一段持って行っただろーが!」
「あれっぽっちじゃ足りないアルヨ」
「これは俺の昼飯!テメェの分まで知るかッ!」
「ふん、ケツの穴のちっさい男ネ。どーせイチモツもちっちぇえんダロ」
「ンだとコラァァァ!」
「…今日もやってるな〜。土方さーん、昼買ってきましたけど〜」
「よしっ、行くぞ!」
「お昼食べるだけで大袈裟だなぁ…」

土方が弁当を抱えて教室を飛び出したのを、笑いながら後を追う。いつも昼食を取っているのは屋上、神楽が直射日光を嫌うからだ。
先に行けばいいのに土方が山崎を待っているのは、そこでは高杉がひとりいるからだろう。

「杉くん、ただいま」
「遅ぇ」
「ごめん、アイスまで行ったら時間かかった。はいこれ」
「つかテメー昼飯ぐらい自分で買いに行きやがれ」
「バカか、あの戦場からひとりでも人間減らした方がいいだろうが」
「じゃあテメーが行け!」
「誰が行くかよ」
「土方さん俺はいーっスから。食べましょう!」

土方が渋々弁当を広げる。弁当と言うよりそれは重箱だ。山崎はパンを、高杉は先にアイスを口にする。

「…土方さんのお弁当はいつも誰が作ってるんですか?」
「お袋。ありゃ生き甲斐だな。親父なんか荷物よりでかいぞ」
「へ〜、いいなぁ。美味しそうですもんね」
「それにマヨネーズかけて台無しにしてる奴いるけどな」
「黙ってろ!…食うか?」
「えっ、いいですよ!」
「どうせこんだけあんだ」
「え、えーと、じゃあ、卵焼き貰っていーですか」
「おう」
「いただきます!」

綺麗に焼かれた卵を摘んで山崎は口に運ぶ。
何となく見ていると幸せそうに顔を綻ばすので、土方は重箱をそのまま押しつけた。

「えっ、あの」
「食え」
「でも、土方さんの分」
「そっちの貰う」
「あの…」
「…たまにはいいだろ」
「…えへへ、ありがとうございます」
「ッ…」

満面の笑みにこっちが照れた。あぁ、────高杉がいなければどんなにいいか。
今まで興味がなさそうだった高杉がアイスの棒を吹き捨てて山崎の隣に寄る。

「卵」
「誰もお前にやるとは言ってねぇ」
「こいつはもうザキのモンだろーが」
「えと…土方さん…」
「…好きにしろ」

土方がパンに食らいつく側で、山崎が高杉の口に卵焼きを入れる。高杉が素直に旨いと呟いたのを意外に思った。

「…山崎の親は弁当作らねぇのか?」
「あ〜…料理下手なんだよ、ね、杉くん」
「まぁな」

ふたりが視線を交わした一瞬、土方が入り込めないものが見えた。


●鏡


「イテッ…」

風が吹いた拍子に目にゴミが入った。高杉は何度か瞬きをしてみるが変化はない。
────土方と山崎のふたりは教室に戻り、屋上には高杉ひとりになっている。鏡が欲しかったがそんなものは女の持ち物だと思っているので高杉は持っていなかった。
片目は眼帯が覆っており、空いている目は今開くのも痛い。目をこすっていると誰かが屋上に上がってきた。

「高杉」
「…陸奥か?お前鏡持ってねぇ?」
「鏡?教室になら…」
「使えねえブス」
「…見せてみろ」

目を押さえている手を外し、陸奥は前に膝をついた。
ハンカチの端をなめて濡らし、高杉の目に吐いたゴミを取り除く。ついでに目尻に浮かんだ涙も拭ってやった。

「高杉、」
「何の用だ、コスプレならしねぇぞ」
「いや、昼をどうしたかと」
「食った」
「そうか、ならいい」

立ち上がりかけた陸奥を引き留めて、高杉は陸奥の手から包みを奪った。黙ってそれを開くと弁当だ。

「…食ったんじゃろ」
「こんなちっせぇ弁当」

ぱん、と一度手を合わせ、高杉は弁当を食べ始めた。
陸奥はしばらく様子を伺って隣に座る。

「…聞いたぞ」
「テメェもか」
「おんし、どうするんじゃ」
「会わねぇよ」
「…」

陸奥が高杉を見る。彼も手を止め、じっと陸奥を見つめ返した。
瞳に映る自分の像。それが揺らぐ、まるで鏡だ。
…否、自分は揺らいでなどいないと、高杉は再び箸を動かす。陸奥は少し眉を寄せた。

「…しばらくはこっちにおった方がいいかの」
「いろ」

高杉は再度手を止める。
箸を置いて、陸奥の手を掴む。

「ここにいろ」


●先生の秘密


「…し…志村さんそれは…?」
「先生の衣装」

────文化祭当日、妙はにっこりと笑い、手にしたものを少し持ち上げて見せた。それは女物の着物。
銀八はひくりと口を曲げて、いつでも逃げられるようにしようとした。ちらっとドアを振り返った一瞬、派手な着流し姿の高杉が乱暴にドアを閉める。

「あっコラッ!」
「テメェひとり逃げようったってそうはいくか!」
「先生はいいんだよ!白衣に眼鏡でコスプレみたいなもんだから!」
「ガタガタ言わずに着替えやがれ。わざわざザキが現役時代の着物借りてきたんだぜ?────頭クルクルパー子ちゃん」
「パー子のパーは天然パーマのパー!」
「へっ」
「あ…」

にやりと高杉が笑い、銀八はおそるおそる振り返る。
…教室中の視線が一身に集中していた。

「さぁ、センセ。なんなら着せてあげましょうか?」

妙の背後に神楽と沖田が現れる。パキパキ…傭兵の構えに、銀八は黙って着物を受け取った。


*


「あははっ、先生可愛い。写真では見たことあったけど、生で見れるとは思わなかった」
「…山崎くん…因みにいつから知ってたの?」
「俺と杉くんは入学した頃。でもまさか担任になると思ってなかった」
「…この年でまた着る羽目になるとは…」
「とか言って、ノリノリじゃねぇか」
「これはねぇ体が覚えちゃってるんだよ沖田くん」

鏡の前で一心不乱に化粧をしている様子の銀八は、あつらえたようにぴったりの着物を着て付け毛までついている。
沖田が隣でじっと見ていても、開き直ったのか気にしない。とは言え、山崎も沖田もセーラー服姿なのだから似たようなものだ。

「先生はオカマだったんですかィ」
「バカ言うな、先生はいとうみさきちゃんが大好きだ。これはなァ、学生時代にバイトでやってたんだよ。あそこヤバいことしてねぇし給料いいし。着物も化粧品も支給だったしな」
「へぇ、俺も行こうかねィ」
「…やめましょうよ沖田さん…絶対向いてません…」
「よぉ、先生ご氏名だぜ…化けたな」
「アラ土方くん、サービスしましょうか?」
「いらねぇ」
「あ、土方さんの衣装ぴったりですね」
「山崎が徹夜したんだろィ、それ」
「…そうなのか?」

形は高杉と近い着流しだが模様はなく黒一色で、縞の帯だけに色がある。
それをしゅっと着こなしているのでちょっとした役者のようだ。但し悪役の。

「えへへ、土方さんのと杉くんの。解けてきたらごめんなさい」
「山崎くん何でも出来るね…よし、君卒業したら先生のとこにお嫁にいらっしゃい」
「えー」
「つかパー子客!」
「あーそうだった。誰?」
「知るか。スーツのおっさん」
「…いや…まさかあいつじゃねぇよな、散々貢がせた…」
「…お前何やってたの…」

沖田だけは尊敬の視線を向けた。


●凶器:最終兵器


「お待たせしました」
「いいえ…男性だと伺っていましたが」
「今日は文化祭ですからね」

浮かれたこの場にそぐわない男は教室をぐるりと見回した。この教室の中においてはスーツ姿も馴染んでしまう。近藤のチャイナドレス姿が強烈すぎるせいか。山崎や沖田が誉めまくったので図に乗っている。
控え所から出てきた山崎が男を見て驚いた顔をした。慌てて教室を出ていくが、銀八は特に気に留めない。

「それで、お話は?」
「本人を探したのですが見つからないので。高杉と言う生徒はこのクラスですね」
「はい、あっ…あいつ何かしましたか」
「いえ、」

視界の端にその高杉が映った。
山崎が慌ててそれを引き留めているが、高杉は教室に入ってしまう。高杉が男を見た。

「────お前ッ!」

高杉の声に男が立ち上がる。強く男を睨みつける高杉を一笑した。

「予想外に低俗だな」
「…何しに来た」
「迎えに来た、と言えば?」
「杉くん」

拳を握る高杉の手を山崎が捕まえた。ここは学校だ。これ以上ないほど視線も集まっている。

「駄目だよ」
「…それはお前の女か?」
「…」

山崎が男を見た。
その表情は何とも言いがたい。絶望に近いような。

「…杉くん」
「…」
「…何だかよくわかんねーけど、揉めるなら外行けよ」
「出てくならこいつだ」

高杉が山崎を振り払って教室を出ていく。学校は彼の庭だから何処へとでも隠れられるだろう。
男はお騒がせしました、とだけ残して行ってしまった。最後に山崎に視線を投げて。それをきっかけに山崎が男を追う。

「お父さん!」
「!?」
「…山崎です、山崎退」
「…山崎?」
「山崎華江は覚えてませんか」
「…!」
「俺は全部知ってる、もうこないで下さい」

最終兵器を握っている山崎は、睨むでもなく男を見た。