●消しゴム忘れた


話は少し前に遡る。

「あーあ、坂本の乗った飛行機とかが学校に墜落してこないかなー」
「…何さらっと不穏なこと言ってるんですか…」

出し遅れていたプリントを銀八の前で書いていた山崎は手を止めて顔を上げる。頬杖をついた担任はだって、と 面倒臭そうに溜息を吐いた。

「もうすぐ文化祭だよ?やだなー、また沖田とかが大騒ぎするからなー」
「あぁ…去年はっちゃけてましたもんねー」
「アレはっちゃけるのレベルでいいの?俺思い出しても今首が繋がってるのが不思議でならないんだけど」
「まぁ俺もあんまり思い出したくありません」
「だよね」
「………」

そしてふたりで

「「はぁ……」」

「…あ、ほらほら、さっさと書いちゃって早く帰れ」
「あ、はい」

はっと我に返って山崎はシャーペンを走らせた。銀八はそれを覗き込みながら、うんと頷く。

「…キミはどーゆー子って思われたい?」
「え?」
「可哀想ね、って言ったら怒るかな」
「…"親に捨てられて可哀想ね"?」
「そうかも?」
「……」

山崎は返事に困って、プリントへの記入を続けた。そこ漢字違うよ、と銀八につっこまれるまで困っていた。

「俺はやっぱり可哀想な子なんですかね?」
「今が楽しーならいいんでない?」
「…そーっスね」

へらっと山崎が笑うのに、銀八はガクリと自分の手から顎を落とした。危うく机に強かぶつかりそうになる。

「だ、大丈夫ですか?」
「……山崎が可哀想な子かどうかわかんねーけど、」
「はい」
「可愛い子ではあるよな」
「……あ、俺消しゴム忘れたので教室に取りに行ってきます」
「あ、消しゴムならこの部屋に10個ぐらいあるから貸したげる、なんならセーラー服も」
「結構です」
「いやいや遠慮なさらず」

確かこの辺に。
ごそごそと何やら探り始めた担任から、山崎はプリントもそのままに真っ直ぐ部屋を飛び出した。

「あッ、あったよ山崎クーン」
「ぎゃッ!センセーなんでそんなに足速いのッ!?」
「それはねぇ いつか来る今日のような日のためさ!」
「ギャァァァ!!」


●文化祭はコスプレ義務です


「と言うわけで逃げ回ってました…」
「…変態だけは治らんのー」
「てか銀八なんでセーラー服なんか持ってんだよ…」
「ちょっと、陸奥はともかく多串君にそんな目で見られたくない」
「どーゆう意味だァァ!」

山崎を後ろに隠し、陸奥は腰に手を当てて溜息を吐く。
銀八は土方に任せて山崎を振り返った。無益な言い争いにも土方にも興味はない。

「今度何処か行くときは連れて行った方が安全じゃの」
「いや卒業出来なくなっちゃうから」
「変わりはないか?」
「…ないよ、相変わらず」
「…そうか」
「陸奥も物好きだな、あんなもじゃもじゃとふたりで旅行とか」
「…貴様も相変わらずじゃな高杉。いや、学校に来てるだけ違うか」
「ザキが泣いて頼むから仕方なくな」
「イヤ泣いてないし頼んでない」

高杉に睨まれても山崎は痛くもかゆくもない。陸奥を盾に後ろに隠れたら怖いものなしだ。

「ねッ山崎君!」
「えっ何がッ!?」
「山崎君文化祭でこれ着るんだよねって」
「…えっ!?何それ!?」
「こないだ決めたんだろ?俺ほっといたから知らないけど」
「知らない!!」
「けど志村姉が言ってたぞ、文化祭はコスプレで喫茶店って。衣装も決めたらしいよ?」
「「聞いてねェッ!」」

土方と山崎のユニゾンに銀八が拍手を送る。

「高杉はチャイナだとゆー噂だ」
「ざけんなッ!」
「待って待って、起こるなら志村に」
「職権乱用でもなんでも許す、やめさせろ」
「なんで俺が多串君に命令されなきゃなんないの」
「殴りたくなるから心底嫌そうな顔をするのをやめろ」
「そう言えばもうすぐ文化祭の時期かの」
「あ、今年のテーマはコスプレだからどっちにしろ喫茶店か勝ち抜き腕相撲大会だから、コスプレで」
「…」
「やだなー山崎君、俺は意見してないよ」
「…」
「あ、男子発見。神楽ちゃん確保よ!」
「アイアイサー!」
「あっ悪魔がきた!」

廊下の向こうに現れたクラスの女子に、山崎達は急いで逃げ出した。


●おそろいの


「よう、やっと捕まったのかィ」
「…あれ、女子増えてる」

山崎が目をこする。

「美人だろィ」
「先生俺眼科行ってきます」
「志村監督に聞いて」

逃げ腰の土方を妙がしっかり捕まえた。

「うちの自慢の子よ、総子ちゃん挨拶して」
「どーもー3ZのNo.1総子ですご指名アリガトv」
「棒読み怖ェよ!指名してねぇし!」
「しかもNo.1ですか」

近寄られた土方は思わず山崎の後ろに隠れた。盾にされた山崎は感心して沖田を見る。
────彼が着ているのはセーラー服。スカート丈は彼ご推薦の膝丈で、自前のカーディガンにはご丁寧に銀色の王冠のブローチなどつけてもらっている。

「感心するのはいいけど山崎も着るんだぜィ」
「えっ!」
「俺とおそろい」
「…」
「はいじゃあ土方君も採寸するわね」
「げっ!」
「あぁ大丈夫、土方君には女装しろなんて言わないわ」
「やっときたのかお前ら!」
「…ヅラァ、それなんのコスプレ?キ○ガイ?」
「キャプテンだ」
「お前ひとり凝りすぎだろ」

銀八が呆れて桂を観察する。昨日今日で作れるものじゃない。

「お妙さんお妙さん、セーラー服ならここに」
「あら先生の変態もたまには役に立つわね」
「ほれ山崎、これを着るヨロシ」
「えぇ〜…」

セーラー服を押し付けられ、教室の隅に開いた段ボールを立てて簡易に設置された更衣場所に押し込められる。
高杉が面白がって中を覗いているのを、採寸のためバンザイをさせられている土方は気にして少し振り返った。沖田もそこに入っていく。

「あれ?どこここ」
「スカートのファスナーは脇だろ。脱がしたことぐらいあるだろうが」
「ないよッ」
「山崎はスカート丈短くしなせぇよ」
「俺だけっ!?しかも短くするってどうやって!」
「巻くんだって、腰こっち寄越せ」
「高杉やらしい」
「ガキかテメーらは」

高杉の手つきを覗き込む沖田はふいに顔を上げ、山崎が格闘しているスカーフを見た。黙ってそれを引っ張って、客観的に凄い光景になる。

「こんなもんか」
「短い!寒いよこれ!」
「お前ら哀れになるほど足とか毛薄いな」
「杉くんだって」
「あ、山崎セーターとかは?」
「着てないよ」

沖田が段ボールの影から出る。
土方がズボンを脱がそうとする女子に必死で抵抗していた。採寸のためよと女子は迫るが、彼の衣装は着流しだと沖田は知っている。それでも助け船も出さず、沖田は黙って土方のベストを奪ってきた。

「ほれ」
「誰の?」
「土方。いいから着とけィ」
「え、これ断ってある?わっ」

強引にかぶせられて山崎は仕方なく腕を通した。

「…土方さん胴長ェんじゃねぇの?」
「ちょい流石にこれまずいだろ、スカートもうちょっと下ろすか」
「言っとくけどここ3人身長変わらないからね!」
「こんなもんか」
「いやもうちょっと…ベストからスカートちょっと出るぐらい…」
「おっさんだなァ沖田…」
「げぇっ」
「志村志村、こんな感じ」
「あら」

段ボールの影から沖田が山崎を押し出した。沖田が隣に立ってみる。

「面白いほど似合うわね」
「俺は面白くない…」

顔を上げた山崎が土方と目が合って、土方ははっとして反らしてから自分のベストに気付く。
気付いたが言い出しも出来ず、更に女子にいじられているのを見ていた。


●制服デート


「山崎君買い出し頼める?」
「…え?俺この格好…」
「いいじゃない似合ってるから」
「…」

はい、と有無を言わさず妙はリストを押しつけた。山崎は反射的に受け取ってしまい、更に茶封筒に入れられた資金も持たされる。

「…えぇ〜?」
「女の方が得するわ、値切れるだけ値切ってきなさい」
「え〜…」

押し出されて仕方なく山崎は教室を出た。その瞬間にドアが閉められる。
嫌な予感がしてリストを見ると重いものばかりだ。どう考えても、一人では無理。

「ちょっとッ…」

ドアを叩くも、向こうから反応はない。やられた。だから妙が自分で行かないのだろう。

「嘘だぁ…」
「山崎?」
「あ、土方さん」
「…それ」
「え?あッ、ベストッ!返します!」
「いや、後でいい。それどうした?」
「あ…今、志村さんに押しつけられて…」

ガンッ!
背後でドアがビリビリ揺れて、山崎は慌てて頼まれて!と言い直す。

「ベニヤと釘と…お前ひとりで行けんのか?」
「無理っス」
「…俺も行くか」
「あ、まじすか?よかった〜、ひとりじゃ無理だし逆らえないし」
「…なんでうちのクラスは女子強いんだろうな…」
「ハハ…」

ふたりで昇降口に向かい、靴をはいてから土方は改めて山崎を見る。

「……お前それで行くのかよ!」
「だって買ってこないと教室入れないから…」
「…」

仕方なくふたりで学校を出る。歓楽街と逆の方、地元の商店街。
同じく文化祭の買い出しらしい他のクラスの人とすれ違い、山崎はとっさに土方の影に隠れた。勿論動揺するのは土方で、ぎゅっとシャツを掴む手に心臓が跳ねる。

「あれ、土方彼女?」
「ち、ちげぇよ!クラスの女子!」
「そんな子いたっけ?」
「いるんだよ、いいから早く帰れッ」

無理矢理追い払い、すぐに山崎を引き剥がす。すみませんと謝る山崎を見て、何か言ってやろうとしていたのに改めて姿を直視したせいで言葉が消えた。

「女だったら…」
「はい?」
「何でもねぇよッ」
「イタッ!?」


*


「…あれ?俺の制服は?」

髪の飾りを取りながら更衣場所に入った山崎は沖田を振り返る。

「さぁ」
「さぁって…」
「さっき銀八が持って行ったアルヨ」
「嘘ォォ!」
「ブルセラだな」
「古いし!」
「つーか土方さんと山崎、それふたりで出て行ったんですかィ?制服デートじゃねぇか」


●おなかいたい


「あら?沖田君、神楽ちゃん知らない?」
「腹痛いって飛び出していきやしたぜィ、こりゃ当分帰ってこねぇな」
「神楽ちゃんはお腹なんて壊さないわ」
(この女…)
「困ったわね、サイズ合わせようと思ったのに。多分売店にでも行ってるんだわ、見てきてくれない?ありがとう」
「…」


*


「畜生…山崎じゃあるまいし」

それほど短くないとは言え慣れないものは慣れず、スカートで歩くのは違和感があって気持ち悪い。
さっさと見つけて帰ろうと売店へ行ったが姿はなかった。代わりに他のクラスの男子に陸奥に怒られそうなお土産を渡していた坂本とその友人に散々からかわれれ、気分は最高潮に悪い。

「あンの女…」

それは妙であり神楽である。
気分は歩調に現れ、ずんずんと沖田は廊下を行く。どうせ見つけてこないと妙は自分を教室に入れないだろう。屋上かと勘で見当をつけて廊下を行く。

「…ん!」

視線の先に、廊下の端にしゃがんで丸くなった神楽を見つけた。文句を言ってやろうと足を早めて目の前に立つ。
気付けばトイレの前だ。しゃがむのなら場所が違う。

「おいエセチャイナ!」
「…何ヨ、私は今気分が悪いアル」
「拾い食いでもしたのかィ」
「…」
「…どうした?」

いつもと違う様子に、沖田は神楽の前にしゃがみこむ。沖田は膝を閉じたりしないので下着が覗いたが、沖田も神楽も気にしない。

「…お腹痛いヨ」
「便秘か?緩いのかィ?保健室行って薬もらってくりゃいい」
「…保健室には行くアル」
「ほれ」

沖田が神楽に手を差し出した。神楽は少し迷って首を振る。

「姉御呼んできてヨ、」
「は?ンな面倒……あぁ」

察した沖田は手を下ろす。
神楽は照れてうつむいたりしないけれど、沖田に手を貸されるのは絶対に嫌だった。

「あんたも女なんだな」
「姉御呼んでこいヨ」
「命令になりやがった」
「早く」
「あんたも女なんですねィ」
「…」

にやりと笑った沖田の表情が自分を見下したように見えた。
あぁ、なんて疎ましい女の病。神楽は拳を握ったきり何も出来なかった。