●スカート丈


「今日の議題はスカート丈について!」

黒板にスカート丈と書き殴り、そこをバシンと叩いて銀八は振り返った。並ならぬ気合いに新八が溜息を吐く。

「先生趣味を授業に持ち込まないで下さい」
「えーと先生が思うに、うちのクラスはスカートの平均丈が長いと思います!特に辰巳が下げている!」
「うっせーセクハラ教師!」
「え〜いいじゃないですか〜、辰巳さんのスカート」
「…山崎くん君はマゾかね。あのスケバンスカートが現代社会で許されると思ってるのか!」
「テメーの存在が現代社会で許されねぇよこの変態!解けオラ!」
「山崎くん君のペットがうるさいよ」
「こんなペット怖すぎて飼えません」

教卓の目の前、特等席。椅子に縛り付けられガタガタと暴れているのは問題児の高杉だ。
銀八曰く授業日数の足りない高杉への強制参加をさせるためらしいが、激しく動いても抜けられない辺り趣味ではなかろうかと思われてくる。

「崎!解けコレ!」
「…俺は部の存続の方が大切」
「はーい山崎くん賢いね〜」
「くぉろすッ!!…土方!」
「…俺に振るな」
「土方」
「…」

高杉は振り返ってにやりと笑う。
目が合ってしまい、土方が顔をしかめるのを高杉は顎でしゃくって促した。

「…何?土方くん弱味でも握られてんの?何何?」
「教えたら今後使えねぇだろうがよ。土方!」
「…」

イヤイヤ高杉を縛り付けるロープを解き、土方は仏頂面を高杉へ向ける。嫌味な表情を向けられて舌打ちをした。

「…土方さん、適当にあしらっちゃえばいいですよ、」
「…」

山崎の助言にも土方は安易に返事は出来ない。じっと睨まれて山崎が怯む。

「先生スカート丈は膝丈を推進します」
「なんだよ沖田くんは真面目がいいってのかィ。先生は断然ミニ推薦だなぁ」
「じゃあ私明日からミニにしてきます!」
「ガキには興味ないです!」

神楽の挙手も一言で片付ける銀八の気迫は異常だ。何が彼にそこまでさせるのか。

「え〜ミニなんてダメですよ!女性がそんなに足を出してるなんてよくないです!」
「山崎くんは分かってない!女の足は太股で決まるんだ」
「え〜」
「山崎くんはどこがいいってんだよ」
「………あ…足首」
「恥じらう意味がわかんねぇ」
「いっ、いーじゃないですか別に!じゃあ沖田さんはどーなんですかッ」
「膝」
「お前らみんなマニアックな…」
「クソやかましーおっさんだな、スカートなんざどうせ脱がしちまうんだからなんだっていいだろうがよ」
「…た…高杉!」
「…なんだよ」
「おまっ、なんつー…そんな女紹介しろ!」
「誰が!」
「…」

新八の軽蔑の視線にだって彼は負けない。ロマンがどうだとか騒いでいるが、銀八に耳を貸さないのは今に始まったことではなかった。
妙は熱視線を送ってくる近藤を蹴りながら卵料理の本を読んでいるし、彼女持ちの桂は授業が始まった頃名前を呼びながら出ていった。それほどにいい女なのだろうか。

「土方は?」
「はっ!?」

部外者面をしてテトリスをしていた土方は、高杉が急に振り返ったのに驚いてブロックを変に積んでしまう。
急いで一時停止状態にして顔を上げると、高杉だけではなく山崎や沖田まで返事を待っている。

「土方はどこがいい?」
「…な…何が、」
「足」
「…腿」
「むっつりじゃん土方くん!」

何故か大喜びの銀八に土方はこれ以上ないほど顔をしかめる。

「え〜、こいつの太股なんか肉付き悪ッ」

ちらっと山崎を見ながらの高杉の口を慌てて塞ぐ。
なおもにやりと笑うだけの高杉に沸々と怒りが沸いてくるが、しかし現段階で不利なのは自分だ。

「何の話?」
「少なくともテメェにゃ関係ねぇよッッ!」
「やだなぁ土方くん、悩みがあるなら先生に相談してご覧」
「ぜってーヤ!!」

絡んでくる銀八にうんざりする。
高杉が土方を離れて立ち上がった。

「コラ高杉くん何処行くの」
「あ?サボるんだよ、こんなつまんねー授業出てられっか」
「あのね〜、」
「…先生がはいたときはスカート丈どうだったんだよ」
「!?た、高杉くん何言ってんの!?」
「さぁ?崎、行くぞ」
「え、はいよっ」

殆ど反射的に返事をし、山崎は高杉と一緒に教室を出ていく。残された呆然とする銀八に妙が近寄った。

「先生何の話?」
「…高杉くんの勘違いじゃない?」


●あかずの体育倉庫


「ンでよォ、その開かないはずの体育倉庫から女の泣き声が…」

長谷川の声色に3年Z組一同はごくりと唾を飲んだ。
沖田が視聴覚室から借りてきた(盗ってきたとも言う)暗幕で教室は真っ暗にされ、神楽が担任から取ってきた(盗って以下略)蝋燭の明かりだけの教室。
土方が一人びくびくしているのを、沖田は彼がいつ逃げ出してもいいようにこっそりシャツの裾を掴んでいる。

「もしかしてとは思うけどよ、一応ドア開けようとしたんだ…だけどやっぱり開かなくて」
「「……」」
「あの、」
「!!」

話を中断させた山崎に視線が集まった。幸い土方の涙目は誰にも見られない。

「あの…長谷川さん、その体育倉庫って体育館裏の古い方ですか?」
「…あぁ、あそこで女子生徒が自殺したっていう噂があって、鍵もいつからかなくなって使えなくなったって話だ」
「つーか、それ杉くんが鍵持ってますよ」
「「……」」
「…エ、じゃあ女の泣き声は?」
「そのまんまじゃないですか?ねぇ杉くん」
「あ?」

暗くなって丁度いいとばかりに寝ていた高杉は唐突に起こされ、状況が分からないまま山崎を睨む。

「だから、裏の体育倉庫の鍵持ってるの、杉くんだよね」
「あ?…あぁ、あそこか。金がねーときに女連れてくぐらいにしか使ってねーけどな、建て付け悪いし」
「そんな使い方してたの?」
「崎もたまにつかってんじゃねーか」
「俺はその…月末にさぁ、家に居ると怖いから…」
「「……」」
「うわッお前ら教室真っ暗にして何やってんの!」
「あ、センセー来ちゃったアル」
「百物語やってたんでさァ」
「げッ、やめてよそういうの〜…ってどっからもってきたんだその蝋燭…」
「センセーの机の引き出し」
「いーだろィセンセー、どうせ赤い蝋燭なんか使う相手いねーんだから」
「ば、バカ言うな!そ、それはだなその…」
「うわーセンセーそーゆー趣味?」
「ひ…拾ったの!そう!拾ったんだよ!」
「怪し〜〜」
「あッでもッ、そんなに熱くならない蝋燭ありますよね!」
「…山崎くん、フォロー嬉しいけど君に矛先が行くよ」
「えッ!?」
「おいおい体験談かィ山崎ィ」
「えッ、いやその…」

沖田と銀八が山崎に詰め寄っていく。
ふと高杉と土方の目が合った。にやり、と習慣のように高杉は笑う。嫌な予感がした。

*

そうしてその予感が外れるわけがないのだ。
例の体育倉庫前に呼び出され、山崎共々体育倉庫に閉じ込められた。がっちんとしっかり鍵の閉まる音。

「うへー真っ暗…土方さん怪我ないですかー?」
「…あぁ」

突き飛ばされたため土方を押し倒すような形になってしまった山崎が起き上がった気配。
若干残念な気がしなくもないが体温を見送る。

「ちょっとッ、杉くん!まだそこにいるでしょ!開けろー!!」

重い鉄のドアを山崎が蹴るも、高杉からの反応はない。
古い体育倉庫は埃とカビでいっぱいで、尻餅をつかされたせいで体中が埃まみれだ。
土方はポケットを探る。…さっき、頑張れよと高すぎに押し付けられたコンドーム。
これで一体どうしろと?


●携帯電話の利用法


「…あーもう…土方さんすいません、なんかよく分かんないけど巻き込んで」
「…いや」

多分巻き込んだのはこっちだ。土方がうんざりして溜息を吐いたのを勘違いしたのか、山崎が再び謝ってくる。

「あ、そうだ」

携帯の存在を思い出し、山崎は高杉にかけてみる。
しかし一向に出る気配はなく、それでも諦めずにかけ続けるとそのうち諦めたようにつながった。

「杉くん!どういうつもり!?」
『何、俺はただ土方に協力してやろうと思ってよ』
「は?土方さんに?意味わかんないよ」
『まぁ明日の朝には出してやるよ』
「そんなこと言って学校来ない気じゃ…あッ、もしかしてそのつもり!?」
『あーそりゃいいな、思いつかなかった。そうするわ』
「ダメ〜〜!!」
『クク、出してやるって。オンナきてんだよ、一晩頑張れ。じゃーな』
「ちょ、待……あっ…あの片目〜〜〜!!何がオンナだよッBGMカマっ娘倶楽部だったし!」

真っ暗闇で山崎が絶叫する。ふと見れば今の電話のお陰で電池が減ってしまった。

「…ハァ…明日の朝には出してくれると言ってますけど、どうだか」
「…」
「あッ大丈夫です!寒かったら俺の体ででも暖とって下さい!」
「ブッ」
「あいてッ」
「ッおい、大丈夫か?」

何やら派手な音がして、土方の足元にボールらしきものが転がってきた。
こう真っ暗では埒が明かない。土方は携帯を開き、それを明かりに山崎の手を引いて立たせる。

「あてて…すいません」
「怪我ないか」
「ハイ。あーもう…一晩ぐらい俺は平気ですけど、3日ぐらい住み込んだことあるし」
「住…」
「どっかに毛布があったはず〜」

山崎も土方に習い、携帯の明かりで倉庫の中を見回した。
比較的綺麗なマットを見つけ、近寄っていって隅にかためられた布団を引っぱる。

「土方さーん布団発見…あ、やべ、電池切れた…」

明かりが消えて山崎の姿が消える。
土方が足元を照らしながら近付いた。小さな明かりだけでは頼りない。

「あークソ…杉くんも何考えてんだか…」
「…俺のも電池切れるかもしんねぇ」
「あ、じゃあ切れちゃう前に布団」
「…一枚か?」
「まぁ、普段俺しか泊まらないし」
「…」

これは何を狙ったシチュエーションだ?
高杉に死んでも感謝したくないのに、とても恨めそうにない状況。


●好きな人の話


───電池が切れたふりをして、電源を切った。
真っ暗闇に山崎とふたり。隣に並んで布団をかぶり、何とも言いがたい状況だった。さっき見た時間はまだ6時。

「…腹減った」
「…そーですね、今日体育ありましたもんねー…牛乳今日までだったんだけどなー」
「…」

沈黙。
単に寒さの所為なのだろうがブルッときて、昼間の長谷川の話を思い出す。自殺した少女が……

「…あ、土方さん寒いですか?」
「…少し」
「俺でも抱いてます?」
「ブッ!」
「あ、いや変な意味でなくて。そっちの方が布団の使い方も能率よさそうですしね」
「…変な意味になるんだよ俺は…」
「はい?」
「何でもねぇ。…じゃあ来るか」
「それでは失礼して」

微妙に見える山崎がもっと寄ってきて、土方は膝を開いてそこに山崎を引っぱる。
あまり近付くと心音がバレやしないだろうかと冷や冷やするが、山崎の背中が腹に触れ、覚悟を決めて細い体を抱く。山崎が布団を肩まで引っぱった。

「あーなんかこれ女の子だったらときめいちゃうんだろうな〜」
「…笑えねぇな」
「ですね〜。あッ、土方さんは好きな人いないんですか?」
「なッ…何だよ急に!」
「いや、この間杉くんがそんな話してて、彼女居るとか噂もないし」
(…あンの片目…!)
「どーですか?」
「いねぇよッ」
「うわっスイマセン!」
「……」

足の間で山崎が縮こまった。しまったと思うがあとの祭りだ。自分より小さな体は腕に収まってしまう。

「…山崎は」
「ハイ?」
「山崎はいねぇのかよ、誰か」

寒いからと言うふりで腰に腕を回した。
肩に顎を載せて、返事を待つ。山崎はそれを気にしない。

「えー、今は、特に」
「…そうか」
「というか、居ない方がいいかなぁー。俺高校出たらカマっ娘倶楽部だし」
「…は?」
「いや、俺あの人たちに学費出してもらってんスよねー、生活費はバイトって形で貰ってて」
「…お前、オカマなの?」
「違いますよ」
「…」
「…ほんとにいい人たちだから、お礼もしたいし。この通り男らしくないから役に立てるんじゃないかなぁと思いますよ」
「……山崎…俺は」

がちゃん!
金属音に土方の体が跳ねる。ぎしぎしと音を立てながら、重い扉がゆっくり開いていった。

「取り込み中悪ィけどやっぱここ使うからテメーら出てけよ…何だ、何もしてねーじゃん」
「あッ杉くん!今日はほんとに怒るよッ!?」
「ハイハイテメェなんざ怖くねぇよ」

山崎が飛び出していってぶつかるように高杉を捕まえた。
俺は今何を言おうとした?明るさを取り戻すのと同時に土方は意識を取り戻す。
───危なかった。

「オラ土方も出てけ。…あ、使ってねぇならアレも返して?」
「!」

心底ムカつく。ポケットのアレを投げつけて、それを確認しようとする山崎を引っぱってそこを出た。

「何ですか?」
「何でもねぇ!」
「ハァ…杉くんフリョーだからあんまり関わっちゃダメですよ」
「…テメェはどうなんだよ」
「…切手も切れない腐れ縁、かな」
「……」

久しぶりに見たような気がする山崎の顔がふっとかげって、土方はそれ以上聞けなかった。

「アハハ、でもさっき土方さんに抱きしめられたのどきどきしたなー」
「…抱きしめたって言うか、あれ」
「ですよねー」
「…」


●ジンクス:渡り廊下


うちにはアンラッキーなジンクスがある。
新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下でぶつかった二人は絶対に結ばれることがないというものだ。
かく言う沖田と神楽もそうだったとか何とかという信憑性のある噂がまことしやかに流れている。
そしてその廊下で、土方は誰かとぶつかった。

「いってー…廊下走ってんじゃねぇよ!」
「…やかましい男じゃ。女にぶつかっといて気も使えんとはろくな男じゃない」
「ガタガタうるせー…お前、陸奥か」
「…なんじゃ土方か」
「何だよ、いつ帰った?」

土方の差し出した手を無視し、陸奥は立ち上がってスカートを払う。

「銀八は何処じゃ」
「オーイさらりと無視か。職員室じゃなかったら屋上だろ、最近高杉が屋上に居るから」
「…そうか、あいつが来とるんじゃな」
「誰かさんがいねーから山崎が毎日引っぱってきてんだよ」
「そういえば教室で誰かが言っちょったな、無能が委員長になったとか」
「テメ…」

ジンクスもあながちでまかせではないのかもしれない青筋を浮かせる土方にも陸奥は平然としている。

「───あ」
「あぁ?」
「うわッ、ちょ、土方さんなんで立ち止まって…」
「!!」

ドン!!
廊下から走ってきた山崎が土方に思い切りぶつかり、その勢いで土方がまたも陸奥にぶつかった。

「イッテェ〜〜〜…」
「うへぇッ、土方さんすいませんッ!」

あまりにもおざなりに山崎が謝り、すぐさま走り去っていく。土方がゆっくり体を起こせば、下には押しつぶされた陸奥。
今度は更なる毒舌が飛ぶかと思いきや、無言で親の敵のように土方を睨んでいる。そして気付けば、土方の手の下にあるのは陸奥の胸で。

「…小さいから気付かなッッ」

ズゴッ!!
股間への容赦ない攻撃と同時に臀部にも衝撃が走る。瞬間声も出ずに硬直し、土方はスローな動きで振り返った。

「何してんだテメェはッ!」
「…た…高杉テメ…入ったぞ今…」
「うっせーハゲ!ハゲ散らかって死ね!」
「アレアレ何か盛り上がってんじゃーん」
「テメーはムカつくから出てくんな!」

何故か女子の制服を持って現れた銀八も高杉が蹴り飛ばし、土方を突き飛ばして乱暴に陸奥の腕を引っぱって立たせた。

「ボーっとしてんじゃねーぞクソアマ」
「…ちゃんと食っとーか?顔色悪いぞ」
「うるせェよ。あーあッうっせーのが帰ってきやがった」

ハンと花で陸奥をあしらって、高杉はポケットに手を突っ込んで歩いていく。
向こう側の校舎から、山崎が戻ってきて恐る恐る様子を伺いにきた。

「あ、むっちゃんお帰り。機嫌悪いね、どうしたの?」
「この男に胸掴まれた」
「掴むほどなかっただろーがテメェ」
「エッ…土方さん…」
「じッ、事故だ事故!」

山崎の軽蔑の視線に慌てて弁解しながら視界に入った陸奥を見れば、表情は変わらないのにどこか馬鹿にされている気がする。

「よう陸奥か、お帰り〜。もじゃもじゃした奴は?」
「やつは教室じゃ。…銀八、何だそのショッキングなものは」
「あ、セーラー?山崎くん用」
「着ないってば!」
「…ちょっと待て、何やってんだクソ教師ィィ!!」