○・。. 委員長は職員室へ


「えーと、うちのクラス、委員長って誰だっけ?」
「「「…」」」

担任の一言にクラス一同、珍しく団結力を見せて黙りこんだ。
何?銀八が何気なく土方を見て、その他クラスメイトのための生け贄が即座に決定する。

「土方くんでさァ、先生忘れないで下せェ」
「ちょっと待てェェ!うちのクラスに委員長なんかいたことねぇだろうが!」
「往生際が悪いですぜィ土方くん、あんたは雑用がか…委員長って匂いがするんでィおとなしく受け止めなせェ」
「誰が雑用係だあぁっ!?」
「まー誰でもいいわ、放課後に、あ、大串くん部活終わってからでいいから職員室寄ってね」
「俺決定じゃねーか!」
「だから初めっからあんただって言ってるだろィ」
「テメェは黙ってろ!!」

*

はぁ、土方は大きく溜息を吐いて職員室のドアに手をかけた。
明日っからなら委員長やっていいぞと言う近藤の言葉を助けだと思おう。例え彼が明日には忘れてようとも。

「しつれーしまーッす」

軽いドアは勢いがつきすぎてやや乱暴な開け方になってしまったが、もう部活も終わって真っ暗な外では残っている教師もそんなにいない。担任は探すまでもなくすぐ見つかる、あの天パの頭。

「先生」
「お、いらっしゃーい」
「…何スか」

特徴的な抑揚のセリフに脱力する土方を知ってか知らずか、まぁどうぞどうぞと隣の椅子を進める。素直にそれに腰を下ろし、ちょっと待ってねと言われ手持ち無沙汰に机を見る。
何かの食玩が並べられて…いるとは言いがたい、寄せ集められていて、一ヶ月ほど前の予定を書いた紙が素知らぬ顔で机に貼ってある。しかし中央におかれていたのは銀八が今まで見ていたらしいもので、それは先日書かされた進路希望調査だ。

(…真面目に仕事してんじゃねぇか)
「いや悪いねわざわざ。ほんとは陸奥に頼もうと思ってたんだけどさァ」
「…帰ります」
「駄目」
「…」

よりにもよってそんな引き留め方しなくても。
土方はしかめっつらで踏まれた足を引き寄せた。
…陸奥に、と言えば用件はあれしかない。彼女こそが委員長をやればいいのだ。今はふらふらしている坂本とオーストラリアだかに飛んでいる。

「高杉なんだけどー」
「…」

ほらやっぱり。この件については陸奥、それか坂本か桂ぐらいしか手が出せないに違いないのに。桂は最近エリザベスと言う彼女(外人?)が出来たとかで、放課になるやいなや教室を飛び出していく。
…高杉とはいわゆる不登校の生徒、だが、「行きたいけど、でも」ではなく「ハッ、学校なんか行ってられっかよ」的な方だ。

「流石にね、そろそろ出席日数やばいんだわあいつ」
「…先生が行けよ」
「無理無理、あいつんちの住所見たらさ〜、西郷ってオカマさんちの近くなんだよ。俺あの人にはもう二度と出会いたくないわけです。つーことで明日高杉連れてきて」
「無理です」
「やってないうちから無理なんて言うもんじゃねぇぞ」
「無理なもんは無理です。先生が甘味絶つぐらい無理です」
「そんなことないって。頼んだよ委員長」
「…」

じとりと睨んでやるが反応はない、相変わらずの眠そうな表情。

「…山崎に頼めばいいだろ、仲いいみたいだし」
「あー…あいつらは、同類ってだけだ」
「?」
「あいつの眼帯を山崎くんも持ってんだよ、もっと見えないところに」
「…」

高杉と言う生徒はまず目立つ。
立ち振る舞いが誰とも違い、派手な髪でも服装でもなくとも、その片目の眼帯だけで存在感を示す。その下はとか理由はとか種々の噂ばかりは多い。

「…なんでそんなこと、あんたが知ってんだよ」
「ま、担任ですから?…焼き餅?」
「なッ!」
「ま、いいわ。山崎は盲点だったな、あいつに頼もう かなぁ。あ、もう帰っていいよ」
「…」

卒業前に絞め殺す。


○・。. 強制参加肝試し


「杉くんち?」
「…銀八が呼んでこいって」
「あぁ、しばらく来てないですもんね」

汗を拭きながら山崎は溜息のように息を吐く。
自分でミントン同好会なんて作った山崎は、所属の剣道部の活動が終わったあとひとりで素振りをしているらしい。

「…むっちゃん帰らないんですか?」
「坂本と連絡取れないらしい。前に聞いてた予定じゃ来週中だ」
「うわぁ…大丈夫なのかなぁ。あ、委員長呼ばれてたの杉くんのことですか」
「委員長やらねーし。…頼まれたらしゃーねぇだろ」
「へぇ。杉くんちかぁ…案内してもいいですけど」
「けど?」
「ちょっと肝試しですよ」
「…」

*

そう言って山崎が向かったのは、賑わう夜の街だった。開店前の店が多いのにも関わらず、喧噪や悲鳴のような声が溢れている。

「…高杉何処に住んでんだよ…」
「…俺んちもこの辺です」
「…山崎?」

土方が何か聞く前に、山崎は一軒の店先で足を止める。

「こんばんは」
「あら崎くんお久し〜」
「お久しぶりですあずみさん」
「…」

素敵な低音だ。土方は帰りたくなってきた。
派手な店先にいる、綺麗に着飾った女性、心は。思わぬファーストコンタクト、肝試しの意味が分かった。

「そっちは?」
「あ 、クラスの人。開店前に悪いんですけど杉くんいます?」
「来てるわよォ」
「…山崎」
「土方さん待ってます?…来た方が安全かとも思うけど」
「…」

かまっ娘倶楽部、
もう電飾の光るその看板の下で、土方は苦渋の決断をした。


○・。. 明日を待つ


もう夜中だと言うのに街は明るい。日中学校へ続く道を逆走すれば、そっちは賑やかで不健全な世界になる。
そのふたつの世界の狭間、目印のような踏切でふたりは立ち止まっていた。方や学校側、方や向こう側。両極端のようで近しい世界だと思う、山崎は。
違うのは殴られたときの衝撃ぐらいだ。戯れの暴力は学校だけのもの。

「…杉くん」
「よォ、帰ってきた?」
「そっちは、」
「まだ。どうせ帰って来る気なんかねぇだろあいつ」
「…」

けたたましく踏切が鳴り始めた。
店先の人達は忙しく声を張り上げていて、気付かないのか無視しているのか慣れているのか。ゆっくり遮断機が降りてきても高杉は動かず、その手を引いてこっち側へ引き寄せた。
彼は制服姿なのに何処へいても異質だ。派手な店にも学校にも、誰かの心にも居場所はない。
腫れた頬を見て、理解もしてないだろうに高杉はにやりと笑う。

「崎ィ」

轟音と大気を左右に割きながら電車が走り込んでくる。風で波打つ高杉の髪が少し怖かった。

「他人の世話は焼くなって母ちゃんに言われなかったか?」
「そんな教訓じみたことは言われたことないよ」
「そうかよ」
「杉くんは何か言われた?」
「あ〜…金は毟れるだけ毟りとれ?」

ククッと喉の奥で高杉は笑う。担任は高杉を猫と言ったが、鳥科の生き物だと山崎は思う。
終電間近の電車は殆ど人を乗せないまま走っていった。ゆっくりと上下に揺れながら遮断機が上がっていく。

「…まだ生きてんのかな、あの女」
「…」

山崎の手を払い、高杉は線路に入って歩き出した。電車だけが通るべき道。山崎も少し離れてついていく。
がしゃがしゃと敷かれた石を蹴りながら、たまに手ごろな石を見つけてはレールに載せる。脱線しない程度の小さなもの。山崎がそれを蹴り飛ばし、高杉は自分を追い越していった石に舌打ちして振り返った。

「…学校行こう」
「あ?」

追いついて、手を捕まえて少し引いた。
不審そうに眉をひそめ、高杉は嫌そうに山崎を見る。その片目は眼帯で覆われていた。その下は底しれない闇のような気がして目を逸らす。

「家の鍵、学校に忘れてきた」
「…馬鹿か、」
「行こう」

何かぶつぶつ言っているのを無視して引っ張っていく。不安定な足場を早く抜けたい。
踏切まで戻ってもそこは相変わらず、交わらぬ空気が絡んで奇妙な空間のままだった。高杉の手を引いたまま学校の方へ足を向ける。
街頭もぽつりぽつりと立っているだけで何の役に立つのか分からず、真っ暗な校舎は侵入者を拒絶している。こちらの事情など知りやしない。

「…杉くん今ひとりなんだよね」
「あぁ」
「俺 杉くんち行こうかなぁ」
「は?」
「…あの〜…母さんのね、ツケが」
「…それでか、その顔」

少し笑って頬を撫でる。さっきまで火照っていた頬は夜が冷やしていた。

「殴る蹴るぐらいならいいんだけどさ〜、ヤられるとビョーキとか怖いから。ほら保険証も行方不明だし」
「腹下すし?」
「あ、それが切実」
「はっ、冗談。お前に転がり込まれて巻き添えとかゴメンだし」
「あ、そうか…」

家賃も滞納してんだよなぁ、呟く山崎の手を払い、高杉は先に校門を越える。予想外に音が響く。

「…学校に泊まろうかな」
「学校にィ?」
「銀八先生が教室に非常食とか隠してるからいけると思うんだけど」

校門を降りてふたりで真っ暗なグランドを横切る。

「…まぁ、1日ぐらいなら付き合ってやんぜ」
「どうも」

じゃあふたりで明日を待とうか。何か変わるとは思えないけど、わずかな可能性に賭けてみて。

「…へっくしゅ!」


○・。. 重役出勤


あー今日も朝がきてしまった。
朝の何処となく賑やかな廊下を歩きながら、銀八は教師失格ながら溜息を吐く。
着いた自分のクラスは何やらやかましく、また近藤が妙に叶わない勝負でも挑んでいるのかとうんざりしながらドアを開ける。

「おはよー腐ったみかんども」
「腐ってンのはテメェだァァ毎日遅刻しやがって!もうHR終わってンぞ!」
「そうアル!今日は高杉だって来たアルヨ!」
「…よォ、出てきたのかわがままにゃん」
「にゃん言うな!!ハメられたんだよ!」
「退くんグッジョーブ、使えない委員長より役に立つね」
「イエー!」
「イエーじゃねぇッこのクソミントン!」
「みっ、ミントンばかにするな!」
「ほらっ高杉くん動かないで!」
「イッ!」
「…」

久しぶりに登校した高杉は、先日の席替えで教卓の目の前にされていた。
その席に強制的に座らされ、否、正しくは立ち上がったところを妙が髪を引いて無理矢理座らせた。どうも寝癖を直されているらしい。
銀八も一度頭を貸せと言われて貸したところ、すぐさま諦められた記憶がある。あからさまなハラスメントだ。

「じゃあ出席とりまーす、いない人ー」
「土方くんがいませーん」
「いるだろうがッ!」
「聞こえない聞こえない」
「聞こえてんじゃねぇか!」
「ハイそこ朝からうるさい。じゃあ頭痛い人ー、お腹痛い人ー、顔悪い人ー、土方くんね」
「先生文句あるなら直で言って下さい」
「あと存在痛い人ー」
「それは先生アル」
「そうかよ朝っぱらから教室でカップラーメン食ってる神楽さんも痛いと思う…ってアレ?それ俺のじゃない?」
「先生隠すの下手アルヨ」
「嘘ォ俺給料日前なんだけど!」
「ダーッやかましい!お前も触んな!」

妙を振り払って高杉が乱暴に立ち上がった。派手に空の机を蹴り飛ばし、山崎を一声呼んで教室を出ていく。

「…山崎くん、因みに彼をどうやって連れてきたの?」
「えーと…夜に学校忍び込んで、そのまま教室で寝てました」
「…過激デスネ…」

できればもう少し穏便に。

*

「杉くん」
「…」

差し出されたジュースを受け取り、高杉は体を起こした。

「むっちゃん帰ってくるまで俺が杉くん係りだって」
「あっそ」
「重役出勤でもいいから毎日おいでって。毎日迎えに行ってあげよっか」
「いいねぇ付き人か」
「…重役ってそう言うことじゃないよね?」
「…陸奥いつ帰ってくんの?」
「来週の予定だって」
「予定な」
「予定ね」
「…どっちが重役だっての」


○・。. 昼寝の時間


「やまざ…」

屋上に足を踏み入れて、土方は口を閉じた。極力音をさせないように重たいドアを閉める。
屋上の古いコンクリートのど真ん中、大の字になって山崎が寝ていた。ゆっくり近付いて、影を作らない位置にしゃがみこむ。どうも本気で眠っているようだ。少し吹いた風が山崎の前髪を揺らした。

「…」

中途半端な男。土方は目を伏せる。
何も言えない。表すのに感覚器まで全て使ったって足りない。ゆっくりと吹く風は感覚を麻痺させる。可愛いのか優しいのか強いのか、そういうことは何も知らない。ミントンが好きでパシられ体質。他には何も、惹かれているのは何なのか分からない。
側に膝をつき、身を屈めて。一瞬、一瞬だけ彼を自分のものにする。触れただけでは彼の眠りはとけなかった。

「ヘェ」
「ッ!?」
「ヘェ、そうなんだあんたって」
「ッ…」

高杉、名前を呼ぼうとしたのを、起きるぞと言われてやめる。クツクツ笑いながら高杉は濡れた手を降りながら近付いてきた。

「ヘェ」
「…」
「意外だな、委員長」
「…違う」
「いや、面白いな。あんたがどう出るか見物だ」
「…俺は見せ物じゃねぇ」
「俺にとっちゃ余興だ」
「…」
「…あんたの為にガッコー来てやろうか、委員長さん」
「…」
「おいコラバカ崎、どこで寝てんだテメーは」
「うー…」
「手ェ拭くぞオイ」

高杉が山崎の横腹を爪先で小突き、唸ったものの起きる気配はないので側にしゃがむ。制服のシャツで手を拭いた冷たさで山崎は顔を上げた。

「…うわっタンマタンマ!杉くんトイレ行ったんじゃん!…あれ、土方さん」
「あ…」

にやり、と高杉が見てくるので睨み返す。嫌なやつ。

「なんか用ですか?もしかして沖田さん呼んでます?」
「あ、いや。…銀八が、進路調査の紙出せって」
「あ〜…紙なくしたんだよなぁ、アレ。わざわざどうも」
「…いや」

体を起こした山崎の隣に高杉は寝ころんだ。空を仰いで、片目を閉じる。

「杉くん、次政経だよ」
「次は昼寝の時間だろ。なぁ土方?」
「…帰る」
「そうか?俺寝言で何喋るかわかんねーぜ?」
「…」

こンのクソガキ、
舌打ちをして隣に腰を降ろした土方に山崎が不思議そうな表情をするが、説明は誰もしなかった。