7:大暴走

 

「あのっ…!」
「え?」
「お、落としましたよ」
「あ、ありがと」

振り返って差し出された携帯を受け取る。が、向こうが離さないので顔を上げた。山崎の携帯を拾ったのは、顔を赤くした女の子。見覚えがある、隣のクラスの子だ。誰だったかが可愛いと言っていて、山崎は興味がなかったが、こうしてみると確かに可愛い。

「あっ…あの」
「はい?」
「あ…アドレス教えてもらえませんか?」
「……へ?」
「好きなんですっ…」

ぼとり、山崎の手からパンが落ちる。沖田の昼食だ、早く持って行かなければ。彼女のスカートのポケットに携帯は入っているのだろう、ディズニーキャラクターの、携帯につけるには少し大きいぬいぐるみがついている。目が合った。虚ろでつぶらな瞳。

「…彼女、いませんよね?」
「…うん…」
「いきなり付き合ってくれなんて言いません…」
「あ…えっと…」
「山崎先輩、早くしないと沖田先輩が……あ、すいません」

顔を出した後輩が、パッと引っ込んだ。ごめんなさい、女の子は手を離し、突然のことで携帯を落としてしまう。慌ててしゃがんだのはふたり同時で、白い膝に動揺したのは…墓まで持っていこう。バレたら殺される。

「…これ」

私のアドレス、とそのまま渡されたのは、ああラブレターの様式美。再び硬直する山崎の手に携帯が載せられた。ごめんね邪魔して、本当に申し訳なさそうに謝って、彼女は逃げるように去っていく。

「……山崎先輩?」
「……ねぇ」
「だ、大丈夫ですっ、言いませんから!」
「俺乗り換えよっかな」
「黙ってれば沖田先輩だって…え?」
「だってさぁ……付き合い始めてから最後までたどり着けたの数えるほどだぜ?俺だって体目的だとは言わないけど?あいつがエロいってことはわかってんだよ?大体人のことパシリと勘違いしてない?たまに俺がお願いすりゃ聞かないし?可愛いとこなんて顔だけじゃん?本気で殴るわ蹴るわって俺別にMじゃないからね?」
「あ…山崎先輩!しっかり!!」
「よし。さっ、お昼行こうか!俺絶対蹴られるよ、その上で殴られるね」
「山崎先輩〜!」


9:妄想垂れ流し

 

「…迷惑?」
「………えっ!?いや、いやいや全然ッ!!あっでもっ、」
「い、いいの!彼女面したいわけじゃなくて、私のこと知ってほしいだけだから…」

顔を真っ赤にした彼女に流石に罪悪感を感じる。人の気配がしてぱっと彼女は駆け出した。山崎の手に残ったのは、手の平サイズの弁当箱。

「……ちょーカワイイ…」

何で俺、あんな奴に引っかかったんだろ。こーして弁当作ってきてくれてちょっと失敗しちゃった、なんつって怪我した指隠したりして、明日は失敗しないで作ってくるね、ってさ!放課後一緒に帰ったり、荷物持とうか?って自分から言っちゃうね、いいよって言われても持っちゃうね。遊園地とかショッピングとか映画とか、こじゃれた感じにデートしてさ、私服姿も可愛いんだろうなぁ。

「山崎せんぱぁい…」
「へ?」
「だだ漏れ…」

無意識にマシンガントークを繰り出しているらしい。いつの間にかそばへ来ていた後輩が頭を抱える。そう────どうせ男に引っかかるなら、こんな可愛い感じのにすればよかった。先輩先輩って子犬みたいに寄ってきて、俺はよしよしって撫でてあげるよ。真面目そうにしてるけど実は結構大胆だったりとかさ、あ〜嫉妬とかされたらたまんないな〜俺、

「で?」
「……」

可愛い後輩が嘆いたところでもう遅い。山崎のカワイ〜イ恋人は、笑顔をたたえてこちらを見ている。

「そっか、山崎くんそんなに俺のことが嫌だったんだね。気付かなくてごめん」
「ア…」
「二度と目の前に現れねぇから安心しやがれこのフニャチン!」

笑顔で繰り出された攻撃は確実に山崎の心臓をえぐっていった。床に落ちたのは弁当箱。


8:大好きです!

 

土下座をするのは何度目だろう。焦点が合わないほど近くに床を見て、そうしながらもどうしてこうまでしても この人がいいのか悩んだ。好きだよ好きだ、ああ大好きさ!例え…例え、悪魔の笑みを浮かべていても!

「山崎…」
「は…はい…」
「自分が何したか、わからねぇほどバカじゃねぇだろ?」
「ッ……」
「じゃあな」
「ちょっ…」

顔を上げた瞬間には沖田は走り出している。何も考えずにとっさに山崎もあとを追ったが、正座でダメージを受けた足ではすぐに追いつくことは出来ず距離が開いた。しかし沖田は全力疾走、山崎も意地で足を動かす。

「ちょっと待って下さいよ隊長!あれ何で俺隊長とか言ってんの!?」
「ついてくんなストーカー!変態!」
「変態は心外です!」
「うっせーインポ!」
「更にありえねえしっ!」

廊下を駆けるふたりの足音を聞きつけて、道行く人は避けていく。沖田様のお通りで〜い、沖田が自分で声をかけつつ走るからだ。沖田が走り去った後の追っ手を待って、彼らは日常へ戻るのが常である。そして今日もまたか、とモーセが海を割ったが如く、沖田は廊下を裂いて走る。そのあとを山崎が。

「……今日は山崎?」
「いつも土方か神楽なのにな…」

目の前を行く沖田が姿を消し、焦って立ち止まりかけたが山崎はすぐに階段を駆け上がる。何故俺はさっき昼食なんて食べていたのでしょう、答えはコマーシャルの後!チャンネルはそのまま!
横腹を抱えて必死で沖田を追い、奴も人の子、階段につまづいたところを一気に詰める。踊り場で身を翻して更に上へ向かう途中を、服を掴んで引き留めた。

「…えっち」
「……」

肩が出てしまって山崎の手を払い、冷たい目でこちらを見る。逃げられてはたまらないのでまた腕を掴んだ。

「セクハラ」
「もう何とでも」
「…俺が、傷つかねえとでも思ったのか」
「…未遂です」
「そういう問題じゃねぇ」
「俺にだって不満ぐらいあります」
「……」
「…でも好きだから」
「キスでもする?」

────そこで、うっかり乗せられてしまったのが罠の始まりで……山崎は人目のことなど忘れていたのだ。