1:怒らせた?


目が合った瞬間沖田は山崎を睨み、そしてすぐに顔をそらした。
怒らせるようなことをしただろうか。山崎はぽかんと口を開けたまま沖田の背中をしばらく見ていた。
…あれぇ?俺なんかした?朝の待ち合わせに遅刻しなかったしそれどころか沖田の方が遅れてきて、貸す約束をした漫画も持ってきた。写す必要のある課題はなかったし、昨日だって何もなかったはずだ。俺はどーしてにらまれた?

「おい、お前何したの」
「知らないよ〜…」

隣の席のクラスメイトにつつかれたって、わからないものはわからない。溜息を吐いて頭を抱えてしまう。

「下手くそだとか粗品だとか」
「なんでお前下ネタに持っていくわけ?そして俺は言っとくけど下手くそでも粗品でもないよ?」
「あっそー」
「…そもそもさせてもらえてないし…」
「……山崎!」

ガシッと肩を抱き合った。世の中は不条理だ。男の友情って素晴らしい。

「おーい、ラブシーンは休み時間にやってくれる?」


*


直接本人に聞いても何も、の一言で追い払われてしまった。昼飯買ってきましょうか、との申し出も断られた。
どうしよう、俺何したの?

「お…沖田さん…一緒に帰ってもいいですか?」
「先帰れ」
「…あ…はい…」

悲しいほどの低姿勢も一発で切り捨てられた。しょんぼりと肩を落として山崎は足を引きずって教室を出て行った。その後ろ姿はクラスメイトの涙を誘う。

「…沖田ァ、お前何怒ってんだ?」
「何が?」
「いやだから、山崎」
「あぁ…バカだよなぁ」
「…お前まさか」
「面白ぇなあいつ」
「サイッテ〜…」
「嘘は吐いてねぇだろィ?」
「……」

哀れだ。
これはもう、沖田ではなく彼に惚れた山崎が悪い。


2:隙あり!


「ひどいよね!?ひどくない!?」
「だまされるお前が悪い」
「……何でお前みたいな奴がもてるのかわかんない」

仏頂面で睨んでも、冷たいクラスメイトはお前にわかられてたまるか、と言うだけだ。
昨日の事実を知った山崎が吠えたとて、この場には山崎を援護してくれる人間がいないのだから無駄な努力だ。
今日に限って唯一の味方、このクラスメイトの可愛い子は自分の教室で昼食らしい。

「沖田さんも何か言ったらどうですか!」
「『何か』」
「言いやがったァ!あんた自分の男いじめて楽しい!?」
「…いいか山崎、よく聞け」
「…なんですか」

沖田は真剣な表情で山崎を見る。しかし残念ながら、山崎がパシってきたパンを食べながらでは絶対に真面目なことを言うはずがない。

「確かにお前は俺のだ」
「…ハイ」
「だからこんなこと、お前にしかしねぇ」
「……特別ってことですか」
「あぁ(特別バカだ)」

あ、俺沖田の心の声が聞こえた。クラスメイトは反応するが、山崎が面白いので何も言わない。

「……ってそんなことで誤魔化されるほどバカじゃないですよ!」
「チッ、バカの癖に」
「だからバカじゃねー!」

山崎がいくら吠えてみてもこれ以上の抵抗は不可能だ。それを悟って山崎は諦めてパンの袋を開ける。どうしていつもこうなのだろう。何かしら、復讐をしてやりたい。

「お前んとこのは?愛想尽かした?」
「沖田と一緒にすんな」
(…あ)

ふっと思い立ち、山崎はこそこそと沖田の隣に回る。隙を見て一緒頬にキスをした。沖田が驚いた顔で山崎を見て、あ、珍しい顔、思ってから慌てて構える。しかしあると思った攻撃はなく、沖田は何こいつ〜、とばかりに軽蔑の視線を向けてくる。いっそ殴られた方がましだ。
クラスメイトまで共謀し、沖田へ寄って山崎を見ながら何かひそひそとやっている。あ〜やっちゃったな〜泣いていいかな〜。恨めしげにふたりを見る。

「隙狙うならこれぐらいやんねぇと」
「え」

クラスメイトが不意に沖田に顔を寄せた。同時に、屋上の扉が開く。

「────先輩?」
「……あ…ちょっ、待てッ誤解だ!」

すぐさま走り出した後輩を彼は慌てて追いかける。残されたふたりは硬直したままで、数分後に沖田から山崎へ理不尽な暴力がふるわれた。


4:白昼夢


「やまざきィ」
「…は…はい?」

ぺたん、と隣に座った沖田は力なく山崎にもたれてくる。緊張する山崎をよそにすり寄ってきて、影を落とす長いまつげを上げてこっちを見た。
ぞくぞくっと背中を走ったものに忠実に、だけどためらいながら手を伸ばす。白い指が震える手を捕まえて、くるくると丸い瞳が山崎を飲み込んだ。

「…やまざき」
「ど…どうしたんですか?」
「やまざき」
「沖田さん…」

潤んだ瞳に飲まれてしまってくらくらする。あぁ俺いつからこんな顔見てないっけ?うっとりして沖田を見つめる。しかし次の瞬間、沖田の顔が豹変した。白魚の手が拳を作る。

「やまざき!」
「グハッ!」

カンカンカン!見事に決まった右ストレート。流石の山崎も怒って体を起こした。



「いきなり何ッ」
「おしっ起きた!」
「バカッ、荒っぽすぎるだろお前!」
「……?」

殴ったらァと思わず固めていた拳は宙をさ迷った。なんならもう一発、とどこからともなくナックルを取り出す沖田をクラスメイトが必死で止めている。どちらもジャージ姿で、見れば自分も同様だ。

「山崎大丈夫か?お前なんで立ったまま寝てんだよォ」
「何?何の話?」
「サッカー中にぼーっとして顔面にボールを受けた山崎。彼は目覚めたとき全ての記憶を忘れていた。待て次号!」
「生憎何も忘れてません」

舌打ちをする沖田が憎らしい。あっさっきのショックがいけなかったのかもしんねぇ、じゃあもう一度…またも拳を握る沖田に呆れながら、クラスメイトはその手を止めた。

「お前なぁ」
「だって忘れたら今までのことなかったことになるじゃねぇか」
「俺は過ちですか。酷いなぁ……あれ?」
「おっ!」

沖田が期待を含んだ視線を向ける。むかつくほど生き生きした目だ。

「────むっちゃいい夢見てた気がするのに忘れた…!」
「…バカだ」
「何だっけ〜〜!」

心配して損した!クラスメイトが拳を固めるそばで山崎は頭を抱えた。

(夢なんか見るもんじゃねぇえ…!)