○・。. 餌付け(沖神)


「へふッ」
「…なんですかィ今のは」
「くしゃみアル」
「…」

いいけど。沖田は顔をしかめてつばの飛んだ手の甲を拭く。
なんて女だ、重箱を前に。

(まぁ食うのはあんただからいいけど)
「ほんとに食うヨー」
「どうぞ食いなせェ」
「いただきます」

パン、両手を合わせて合掌し、神楽は箸を手にして弁当箱を抱えた。
重箱の中身はとても学生の昼食ではない豪華さで、それを躊躇もなく食い荒らす神楽を沖田は笑って眺める。
ひとつの机をはさんで正面に神楽。沖田は椅子の上であぐらをかいて彼女を見る。

「食いやしたね」
「…」

神楽がぴくりと手を止めた。口からエビのしっぽがはみ出ている。
神楽の頬についたご飯粒を取ってそれを自分の口に運びながら、沖田はにやりと笑って。

「先生は他人から物を貰うときは気をつけろって言いやせんでしたか?」
「…言われたような気がするヨ」
「先生に言われたこと破ったら怒られますぜィ」
「それはゆゆしき事態アル…」
「まぁもう食っちゃったんだから全部食ってしまいなせェ」
「そうネ、いただきます」

神楽はまた食べ始め、沖田は相変わらずの姿勢で神楽を眺めた。
山崎が俺が渾身こめて作った弁当がない、と半分泣きかけているのだが沖田は何も言わず、気付いた新八も何も言わずにこそこそと教室を出て行った。

「美味しいですかィ?」
「見た目だけでいまいちヨ」
「そうかィ」
「…銀ちゃん先生怒るかなぁ」
「なぁに、それなら解決法がひとつありやすぜ」
「何?」
「俺とあんたが他人じゃなくなればいいんでさァ」
「……検討するアル」
「早いうちに答えださないと先生に怒られるぜィ」
「…」

また頬に米粒をつけて神楽は顔をしかめただけだった。


○・。. チャリの二人乗りは犯罪です(山沖)


「山崎 ゴー!!」
「…あの…俺二人乗りできねっす…」
「…なんでィ使えねぇ」
「…」

自転車の後ろに跨った沖田は溜息をついて山崎に寄りかかった。
制服越しに伝わらない体温、だけど背中の圧迫感が心地よくて少し心臓が跳ねる。ぎゅっと腰に回った手が何となく力をこめた気がして視線を落とした。服を掴んだ手。

「…あの…沖田さん?俺昼飯買いに」
「俺が漕ぐからこのままサボっちまおうぜィ」
「えぇ?だって土方さんについでにシャーシン頼まれてんのに」
「俺よりあんな奴がいいってのかィ」
「そうじゃなくて〜…どうしたんですか?」
「何となくサボりたい気分なんでさァ」
「…確かに天気はいいですね」
「これ」
「…」

にゅ、と後ろからミントンのラケットがそろりと顔を出した。
山崎がしばらく考え込む間にそれは自転車の前かごに突っ込まれる。

「久しぶりに、どうでィ。土方さんなら俺が後で黙らせてやらァ」
「…う〜〜…し、したい、けど…」
「よし決定、とっとと抜けるぜィ。ほれ降りろ、お前は後ろだ」
「沖田さんの二人乗り怖いんだもんな〜」
「あの漕ぎ方は土方さん専用だから安心しなせぇ。行くぜィ」
「…はいよっ」


○・。. 先生、サボっていいですか(銀沖)


「…また沖田は居残りか」
「先生サボっていい?」
「ダメ、卒業出来ねぇぞ」

ほれ、プリントを渡されて沖田はうんざりした表情で溜息を吐いた。それは教師の方も同じ気持ちだ。

「おい神楽は?」
「お妙さんとプリクラ撮るって帰りやしたぜ」
「ったく…俺また残らなきゃいけねえだろうがよ。ハイ沖田くん始めて」
「先生俺も帰りたい」
「先生も早く帰りたいから早く終わらせてね」
「…なんでィ、こんなときばっかり真面目に先生しやがって」
「俺はいつでも大真面目だろうがよ。まぁ俺は寝るから適当にやって。質問不可」
「…」

隣の神楽の席に腰を下ろし、銀八はそのまま机に伏せてしまう。沖田が机を蹴ってやっても反応はない。
拗ねた表情で沖田はプリントに向かった。昨日の小テストの失格者は居残り、なんて。山崎から返却されたテストを奪ったので内容は分かっているので終わりはするだろうが、何となく腹が立つ。

「…先生、見てないとカンニングするぜィ」

銀八からの反応はやはりない。もう既に寝入ったのかは知らないが、規則正しい呼吸が聞こえる。
顔をしかめて立ち上がり、目を伏せた横顔の頬に唇で触れる。ぴくりとして銀八は顔を上げた。

「狸じゃねぇか」
「…何?」
「帰る」

銀八にプリントを渡して沖田は教室を出た。大して入っていない軽い鞄を肩に担ぎ、ドアによりかかって待つ。
後を追って出てきた教師は、ぶつかりそうになってからしまったと思う。やられた。

「ちょいと沖田くん、名前しか書いてないじゃんよ」
「わかんないからセンセー教えて」
「授業で土方くんがキレるまで繰り返し教えた」
「先生はそんなに俺に卒業してほしいんですかィ」
「…」
「補習の時間より来年一年の方が長いだろィ」
「…沖田くん…何?何か狙ってる?」
「まさか」

手を伸ばして引き寄せる。かたい体を抱いて目を閉じた。

「…もしもし」
「卒業出来なくてもあんたが首になりゃ一緒にやめてやらァ」
「…あッ、もしかしてそれ狙ってない?すいません誰かに見られたらまずいんですけど」
「先生」
「…サボんないならだっこしてやる」
「…子ども扱いしやがって」
「ほっぺにちゅーは子どもだろ」
「じゃあ大人はどうするんでィ、」

そっちならサボらねぇよ。
伸ばした手に力を込めた。


○・。. 廊下を走る(山+妙)


「わーッ…ちょッ、あぶ」
「キャッ!」
「ぎにゃッ」
ドンと体に衝撃、山崎は咄嗟に突き飛ばした体を引き寄せる。そのままの勢いで自分がよろけたのをこらえるために抱いたそれに力を込め、ぐっと足を張った。
はぁ、と息を吐いてから気付く。慣れない柔らかさと、どこか甘い香り。慌てて腕を張ってそれから離れた。

「ごめん!」
「いたた…」
「ごめん、怪我ない?」
「ううん、ありがと」
「あ、いや、俺が悪いから」
「山崎くんこそ大丈夫?」
「うん、…ごめんね、」
「大丈夫だって。廊下走るときは角に気をつけてね」
「うん、」

にこりと笑って彼女は山崎が来た方へ歩いていく。
気付いたら押さえていた呼吸、はぁと大きく息を吐き出して山崎は壁に手をついた。手の平、腕、体に残る柔らかさ。

(…ちゅうか、女子って、なんであんなきもちいんだろ)
「…見たぞー山崎」
「!!」

ばっと妙の消えた角を見れば、そっと壁から沖田が覗いている。

「お妙さんに抱きつくとはなかなかだな、局長に言いつけるぜィ」
「お、沖田さ…じ、じ、事故ですよ!しかも走ってたの沖田さんが追いかけてきたせいだし!」
「何のことでィ」
「何となくむかつくから殴るって追いかけてきたじ ゃないですか!」
「…あぁ、思い出した。よし殴る」
「ぎゃッ」

山崎はさっきの忠告も忘れて再び廊下を走り出した。沖田の足音がすぐについてくる。
それでいい、今はとにかく走りたい。
走って走って、

(わ…忘れないと夢に見そう)


○・。. 職権乱用(銀山)


「せんせい、」

Tシャツの腹に彼が額を押し付ける。
あの俺汗臭いかもしれないんですけど、っていうか絶対汗臭いどころかあなたが後ろに回した手も、多分汗で濡れた背中を感じてると思うんだけど。ついさっきまでしていたミントンの余韻。
椅子に座ったままの担任はただ黙って山崎の腹に頬を押し付けるように抱きしめる。

「…先生」
「嫌?」
「…そうじゃなくて、」
「だって山崎くん最近冷たいんだもん」
「えー、そんな…先生、俺、ぶかつ」
「ちょっとだけ先生に時間ちょうだい」
「…」
「なんならあとで明日の小テスト見せてあげるから」
「…いらないから、そうしてて」

柔らかい髪を撫でる。ラケットを握っていた手は綺麗じゃないかもしれない、躊躇してそれを止めた。
自分より幼いんじゃないかと錯覚する。なんかこれ腹にちゅーされてない?くすぐったい、焦れる。

「…先生、でも俺 やっぱりテスト見たいかも」
「……じゃあ見せてもいい気にさせてよ」
「先生 それって職権乱用って言うんですよ」
「山崎くんも生徒の立場乱用してんじゃねーの?」
「へっへ」

先生 だいすき。
囁かれた言葉が降ってきて顔を上げる。

「…このまま持って帰ろうかな…」
「えー、先生んち電気つくようになった?」
「ちゃんと払ったって。でもつかなくてもいーんじゃん?」
「…」
「車のとこで待ってていい?」
「…その車ってのが魅力的なんだよなぁ…」

今日は剣道部も顔出そうと思ったけど。

「…明日車で送ってよ、」
「お安いご用」