君 と

 

「ハァ、縁談ですか。………って、えぇッ!?俺にですかッ!?」
「あぁ、どうも前にお前を見かけた娘さんがいたらしくてな、それで見初めたらしくて」
「え〜…」

いきなり舞い込んだ大きな話に、山崎は困って頭を掻く。近藤の方はどうも乗り気で、綺麗な娘さんでなぁ、近々写真が届くだろうから見てみなさいなどと言う。

「あ〜…あの、自分には勿体ないほどのお話ですが」
「嫌か?そりゃ無理にとは言わんが」
「ハァ、まだ家庭を持つなど考えたこともありませんし」
「ならちょっと考えてみるのもいいだろう。女性がひとりいるのといないのとじゃ全然違うぞ」
「え〜…あ…あのですね…実は想う人がいまして…」
「そうか、それじゃあ仕方ないな。…しかし意外だな、山崎に想い人とは」
「そ、そうですか」
「お前はいつも忙しそうにしているじゃないか。そんな暇などないと思ってた」
「アハハ…」
「じゃあ先方には俺が断りを入れておく」
「はい。すみません折角のお話」
「いやいや。想う人と沿うのが一番だ」
「…では、失礼します」

一礼して山崎は部屋を出る。思わず出るのは溜息。

「受けりゃよかったのに」
「…隊長 盗み聞きですか」
「近藤さんの声がでかいんでィ。相手の娘は大江戸ミントン協会会長のひとり娘だって話だぜィ」
「ミ、ミントン協会の…!」
「結婚までとは言わねェが、会うだけ会ってりゃ縁も出来ただろうに」
「う…でも断るつもりで会うのは失礼ですから」
「ふぅん。…でも適当に嫁でも見つけた方がいいんじゃねぇのかィ」
「え?」
「今回は山崎だったけど、あの人も男盛りだから縁組み増えるんじゃねぇかと俺ァ思うんだがよ」
「…そうですね…」
「あれは隊のためなら結婚ぐらいするぜィ」
「…」
「俺なら捨てられる前に自分で捨てちまうがな」
「…そうですね、それがいいのかもしれません」

それが出来ればずっと楽になるだろうか。
昔の誓いを思い出す。

 

*

 

さっきから山崎の視線が気になる。所用あって資料室へ来た土方だが、整理をしていたと言う山崎はずっと手が止まっているように思えた。
否、確実に。

「…何か言いたいことがあるなら言え」
「ハァ」
「何だその気のない返事は」
「ハァ」
「…そこで押し倒してひん剥くぞ」
「ハァ」
「……」

何か様子がおかしい。近付いてみても黙ったまま土方を目で追うだけで、距離などは気に留めない。
ギリギリまで近寄ってやってもじっと見上げられるだけなので、仕舞には土方の方が決まり悪くて一歩下がる。

「…山崎!」
「うあっ、ハイ!あれっ副長!?」
「…気付いてなかったのかテメェ…」
「いや俺の幻覚かと…」
「病院行け」
「はは…すいません、ぼーっとしてました」
「テメェがぼーっとしてるのはいつものことだがな。どうした?…近藤さんに呼び出されてたな、何かミスでも…」
「ま、まさか!それなら局長の前に副長に怒られてます!」
「だよなァ」
「ただ…ちょっと」

ごまかすように山崎が笑う。
こういうとき土方はどうしていいのか分からなかった。相手が女ならばこれは大抵構って欲しいと言う合図だ。
しかし山崎のような、ひとりの成人した男の場合はどうなのだろう。抜けたところもあるが芯はしっかりした男で、

「…あぁ」

そして土方は合点がいった。
慌てて遅れた仕事を取り戻そうと資料に目を通しながら分類している山崎を、不意に引いて頭を撫でる。

「わっ!」

撫でると言うには乱暴で、長めの前髪も乱れて目を隠した。山崎はわけが分からずにじっとしている。されるがままの山崎を笑い、土方はようやく手を止めた。

「見合いは断ったのか」
「…あんたがそれを聞くんですか」
「悪ィ」
「俺は最期まであなたと居ます」

この身が滅びる最期まで。
山崎がそう誓ってから何度季節が巡っただろうか。

「…お前も面倒な奴に惚れやがったな」
「捕らえたのは副長ですよ」
「…」
「…あ!で、でもだからって一緒にいてくれってわけじゃないです!いらなくなったらすぐに捨ててくれれば…」
「捨てねぇよ」
「…副長」
「こんな便利な奴そうそういねぇ」
「…そうですねッそんなことだろうと思いましたけどね!」

拗ねて仕事に戻る山崎はやはり子どものようだった。
おかしくなってそれを笑いながら、土方は本音を心の中で思うばかり。その一言を言うにはあまりにも自分の地位はでかすぎる。

「…俺も」
「ハイ?」
「…ついでに去年の刀鍛冶の事件の資料探しといてくれ」
「去年、って、ついでじゃないですよ!俺今5年前の…」
「頼んだ」
「……」

土方はそのまま部屋を出ていき、中で膨れっ面をしているだろう山崎を思う。
風の通る縁側で煙草をくわえた。火はまだつけない。

(一緒に、か)

どこまで一緒にいけるのだろうか。
少し悩み、煙草を戻して土方は資料室へと戻っていく。

 

 


…土方さんにはさぞ縁談話があるのだろうなと思って書き始めたのだけど。あぁ天の邪鬼。

050604