は い よ っ

 

「行きますよぉッ、」

山崎が大きくラケットを振る。相手の沖田は一度構え、ふとそれを解いた。

「あ」
「え?」

ガンッ!
背後で感じた手ごたえに、サッと血の気が引く。ぽとりとシャトルが落ちた。
慌てて振り返ると見慣れない着物の男がしゃがみこんでいる。

「うわわっ、ごめんなさい!」
「あーあ、山崎クビだな」
「えっ嘘!?何でッ?」
「そりゃ殿様に手ェ上げたら切腹だろィ」
「殿…ぎゃああッ光起様!!」
「イタタ…よいよい、背後から近付いた私が悪い」
「だ、だ、大丈夫ですかッ!?」
「何、口の中を切った程度だ」
「山崎クビ」
「わあぁ!」

 

*

 

「本当に申し訳ありませんでした…!」

治療を終えた山崎はこれでもかとばかりに額を畳に押しつけた。光起はそれを見て困ったように笑う。

「だから気にするな、この程度の怪我はいくらでもする」
「いやしかしッ、おとがめはいつでも受けますので!」
「まいったな…沖田、何か言ってくれ」
「…山崎ィ」
「はい…」
「茶。あと土方さんが部屋に来客用の茶菓子を隠してらァ」
「はいよっ、ただ今ッ!」

もう一度頭を下げ、山崎は部屋を飛び出した。苦笑する光起に、沖田は気にするなと笑う。

「あいつはペコペコしてねぇと落ち着かないんでィ。俺も懐かせるのには苦労したなァ」
「懐かせ…彼の方が年上であろう?」
「昔からああなんでィ。年じゃなくて、まぁ本能的に上下関係悟ってんのかねェ」
「ふぅん…難儀だの」
「ところで殿様がわざわざどうした」
「おしのびでな、一度やってみたかったのだ」
「はは、そりゃ妹姫に悪い手本だ」
「そよはそんなことせぬぞ」
「わかんないぜィ?女は腹にイチモツ隠してやがる」

沖田の軽口に光起は笑った。
彼は殿様と言う身分の男だ。彼の嫁取りの際に警護をしたのが縁で知り合ったのだが、真選組とて暇ではないし何より隊長と言う身分であろうとも簡単に近寄ることは出来ない。
年は沖田と同じだが、沖田を取り巻く環境以上に彼は特殊な場合であるので年相応、とは難しかった。

「奥方はどうでィ」
「うむ、どうにか慣れてくれたようでな、先日台所で握り飯を作っていて料理人達を仰天させておった」
「あんたも殿様らしくねぇが奥方も一緒だな」
「そうだな」
「俺が聞きたいのはよォ」
「うん?」
「やったんだろ?」
「は?」

沖田がずいと膝を進めて光起に迫った。声色が変わったのを感じ取りつつも、光起には話題が読めない。

「輿入れから4ヶ月も経ってて何もしてねぇは許されねぇ。狐も人間と具合は一緒かィ?」
「隊長!なんて話をしてるんですか!!」
「チッ、うるさいのが帰ってきやがった」

戻ってきた山崎が沖田と光起の間に入り込む。羊羹とお茶をふたりの前に並べ、まだ追求しようとする沖田をお盆で軽く叩いた。

「おっさんは青少年の話題に割り込むなよ」
「こういうときばっかりおっさんにしないでくれます?」
「おっさん」
「……。…あ、そう言えば奥方様ご懐妊だそうですね、おめでとう御座います」
「やっぱりやることやってんじゃねぇか」
「あぁ、流石に耳が早いな。今回はそれもあってな、あれが家に報告に行くと言うから私もお付きのふりをして付いてきたのだ」
「ハハ…そんな上等な着物だとお付きにしては立派過ぎますね」
「そうか、地味な物を選んだつもりだがの」
「地味なものの方が良し悪しが分かる人もいますよ。それにしてもおひとりでここまで?」
「あぁ、何人かに道を」
「山崎ィ!」
「はいよォっ、失礼します!」

一度座った山崎はすぐさま部屋を飛び出した。土方さんはすぐに山崎をこき使っていけねぇ、沖田はお茶をすする。

「土方とは副長だな」
「近いうちに俺が副長にならァ」
「そうなのか?」
「俺があいつを亡き者にしたらすぐにでも」
「…」
「あっそうか、あいつが今光起に無礼をすれば手討ちに…」
「…不穏だの…」
「すみません、バタバタと失礼しました…」
「お、なんでィ早いな」
「いや、間違えて呼んだらしくて…」
「…ボケたな土方さん…あんな奴クビにしろィ」
「はは…」
「…気になっておったのだがな」
「はい?」
「山崎は言葉遣いを気にするだろう」
「あ、はい。母に躾られました」
「ふむ、では何故答えだけあれなのだ」
「あれ?」
「はいよってのかィ?」
「そう」
「え、変ですか?入隊したときに沖田隊長がそう……」
「………あぁ、そんなこと言ったかもしれねぇな」
「嘘ォォ!そんな無責任な!」
「冗談のつもりで言ったら信じたからよ、どうなるかほっといたら土方さんもあまりの間抜けさに毒気抜かれっちまってるからそのままに」
「………」
「沖田…お主…」
「まぁ土方さんが今抜いてんのは毒気じゃなくて別のもんだけどねィ」
「?」
「わーッ何でもないです!!」

沖田をがっと引き寄せて、山崎は光起から離れて顔を寄せる。ちゃっかり手には羊羹を持った沖田はそれを一口。

「な、な、何のことですか隊長…」
「…この間の夜、土方の野郎が心臓発作でも起さねぇかとこっそり押し入れに隠れてたんでさァ」
「………」
「そしたらなぁ?俺が心臓発作起こすとこだったぜィ」
「………」

黙ったままカーッと赤くなっていく山崎を面白そうに沖田は見つめた。羊羹を口に運びながら、

「なんと土方さん、ギター抱えて歌いだしたんだぜィ」
「…え?」
「しかも自作みたいでよ〜、また歌詞がキモいキモい。ところで山崎顔が赤いぜィ」
「……カ…カマかけられた…?」
「お前自爆するのどうにかした方がいいぜィ、そんなんじゃ敵に情報与えるばっかりだ」
「……この場合の敵ってあんたじゃねぇか」
「何をコソコソしておるのだ」
「何でもないです!」

赤くなるやら青くなるやらの山崎に光起は首を傾げ、沖田はそんな山崎を尻目に久しぶりに上等な茶を堪能していた。

 

 


……えーと。光起さんとその奥様の話は狐の嫁入りと言う本でやらかしました。定着キャラにしようと思いながら殿様なんかそうそう出てこないから使えない。
あとお題に添えてないのは自覚済みです。前のお題とオチが被ったのは土山アンソロのボツネタだったからです。

050519