別 れ
「失礼しました」
落ち着いた声。
ひとり素振りをしていた山崎は反射的に振り返った。
局長室から出てきたのは、年も同じ頃の隊士。あ、決まったんだと、思わず眉を寄せたのを彼に見られて笑われる。「なんて顔してんのお前」
「…はは、どんな顔してる?」
「…変な顔」
「…」力なく落とした手からラケットが落ちないようにだけ気を付けて。
なんだこれ情緒不安定?ざわつく心を鎮める。
───彼の右腕は肘から下がなかった。否、以前は確かにあったものだ。先日それは失われた。
まだその傷口の塞がらないうちに結論は出る。「…除名?」
「あぁ」
「そっか」
「…」何度かミントンの相手をしてもらい、稽古で剣を交えたこともある。特別親しかったわけではないけれど付き合いやすい仲間だった。
「…どうすんの、これから」
「さぁ、とりあえず実家帰るけど、家継げるかっつーと微妙」
「そっか」へらっと他人事のように笑う彼は既に隊服も着ていない。彼の生家が何をしているのかも知らないけれど、他の姿は想像できなかった。
「…寂しいね」
「…ま、お前も怪我には気ィ付けろ」
「ん、そっちも道中気を付けてね」
「あぁ、…じゃあ…な」
「…じゃあ、」また、なんて、ないと分かってる言葉を。
*
「よかったな帰る場所があるやつで」
「…副長」いつの間に彼と別れたのか。
ふと気付くと山崎はひとりで立ち尽くしている。
いつもの煙草をふかして土方は近付いてきた。気休めの言葉は彼らしくない。自分はそんなに酷い顔をしているだろうか。
何も変わらない。
山崎の身辺にも変化は起きない。人がひとり減っただけで。「帰る場所のないやつはどうするんろうな」
「…そうですね」
「不満か?」
「…いえ」
「あんな使いものにならねぇ奴を置くほどうちは余裕ねぇんだよ」
「分かってます」
「ミントンばっかで役に立たねぇお前も斬りたいぐれぇだ」
「あ、俺そこそこ役に立ってるつもりなんですけど」
「…分かってんならいい」
「…」
「お前に抜けられると困る」
「…真選組のため、」
「不満か」
「え…えへへ…もう一声!」
「…夜暇か」
「あ、わ、なんかそんなに積極的だと副長がいなくなりそうで怖いなぁ」へらっと笑った山崎に、土方は照れて彼の頭を殴りつける。
ぁいたッ!カランとラケットが落ちた。
気の抜けていた山崎はふいうちの攻撃で舌を噛む。頭を垂れて口を押さえたまま、山崎は顔を上げない。。「イター……」
「…山崎?」
「…俺あいつの手踏んだんです」
「…」山崎はいつとは言わなかった。
まだ体を離れる前のことかもしれない。そんなことはもう関係ないけれど。「…」
煙を大きく吐き出して、片手で山崎の頭を抱き寄せた。泣いているとは思わなかったが他にしてやれることはない。
死んだわけじゃないのに、山崎は苦笑混じりで呟いた。「───副長」
「ん?」
「今夜はだめなんですよ」
「…」
「何時になるかわかんないから寝て下さい。けど、起こさないようにするんで、行ってもいいですか?」
「…起こせ」
「…無傷だったら起こします」「───お前は」
黙っていなくなりそうで怖ェよ。
泣きたい部下を持て余し、紫煙の行方を目だけで追う。
別れがあるぐらいなら出会いたくないもんだな。思ってもないことを口にした。
返事はなかったし聞きたくなかった。
真選組の内部などよくわかりませんが。
040926