天 人
「……」
なんか踏んじゃった。なんか踏んじゃったよ。
山崎は恐る恐る足を退けた。確かな弾力。そこには…何かが、いた。あったではなくいたとしたのはそれがぴくぴくと生命反応を見せたからだ。
山崎はきょろきょろと辺りを見回し、しゃがみこんでそれをつついてみる。手にしたビニール袋の中には副長御用達のマヨネーズがあり、早く帰らなければ自分の生命活動が危ういのだが。
真っ白なそれに足跡がついていて、山崎は慌て てそれを払う。「う…」
「!」
「うー…あいたた…」しゃ、喋っちゃった!
動揺する山崎のことに気付かず、その生き物は起き上がる。真っ白の毛に覆われた小さな体を震わせて、それは伸びをしたように見えた。両手に合わせて乗る程度の大きさだ。
そいつがぐるりと振り返り、山崎はびくりと肩を跳ね上げた。(…イエティ…)
「…どちら様ですか?」
「え、あ、は、初めまして新選組の山崎です」
「あ、これはどうも。私はとある事情で身分は明かせませんが、私はどうしていたんでしょう?」
「え、エート…」
「何やら急に踏み潰されたような心地なのですが」
「あっ…あのですね!えーっと!」
「何してんだ山崎ィィィ!!」
「ぎゃっ、ふくちょッ」道の向こうから土方が鬼の形相で走ってくる。マヨネーズごときでそこまで怒らなくていいじゃないですかとは死んでも言えない。
土方は真っ直ぐ山崎に向かって走ってきた。あ、これ、顔面に蹴りを入れるつもりだな。そんなことを考える余裕があるなら立ってくれと自分に願う。
白い毛玉が土方に気付いたときにはもう遅く、「ギュウッ」
ぷちっ。
流石に土方が動きを止め、そっと足を上げた。「…なんだコレ」
「…さぁ」
*
「どうすんだこれ」
「…」それは俺が言いたい。その焼きそばに。
しこたまマヨネーズをかけられたそれは食べ物なんだろうか。そんなの焼きそばが可哀想だ。「山崎?」
「あっ、はいっなんでしょうね!」とりあえずアレを屯所へと持ち帰ったふたりだが、一向に事は進まない。
どうにか顔らしい部分を見つけたので仰向けに寝かせてみたが、毛が長いので布団をかけるかどうかは迷う。「うん…」
「あっ、ふ、副長ッ」毛玉が動いたので山崎は思わず土方にくっついた。勢いで焼きそばが落ちかける。
「…ここは?」
「「……」」
「…あの」
「あっ…え…えーと…あの、道に倒れていたので!」
「そうですか、いや地球は暑いですね。影を選んで歩いていたつもりですが」
(…そりゃ暑いだろうなぁ…)
「あ…あの、天人の方ですか?」
「ええ、観光に来ていたのですが連れとはぐれてしまって」
「よろしければ大使館までお送りしましょうか?」
「いえ、助けていただけただけで十分です」ぐきゅるるるるる…
話終えるか終えないかで間抜けな音が室内に響く。営業用の笑顔のままだった山崎は硬直して土方を見るが、焼きそばを手にしたままの土方は箸を持った手を振って否定した。「…すいません」
「あ、いえ、何かお持ちしましょうか」
「じゃあマヨネーズいただけませんでしょうか」
「「………」」
*
「いやはやマヨネーズは地球の一番の発明品です」
「ほぅやはりそう思いますか。あ、どうぞどうぞ」
「あぁどうも」
( …マヨネーズで宴会…)さっきからしきりにマヨネーズを薦められているのだが、山崎は断固として受け付けない。
出来ればこの場を去りたいぐらいだ。土方は土方でマヨネーズ仲間とすっかり打ち解けている。(てかこの人(?)主食がマヨネーズだ…)
「あぁすっかり長居しました。助けていただいたお礼に何か願いを叶えましょう」
「…願い?」
「ええ、おふたりで3つまでしか叶えられませんが」
「願いって…何でもいいんですか?」突拍子の無い『お礼』に「いえそんなけっこうですよ」の社交辞令も忘れて山崎は聞き返す。
「えぇ」
「…たこやき食べたいとかでもアリなんですか」山崎のコメントにすかさず土方がチョップをかますが、毛玉は至って平然と可能ですよと俯いた(前後に揺れたようにしか見えない)。
はい?と聞き返す土方をよそに、瞬きをした瞬間には目の前にたこ焼きがワンパック現れている。「「……」」
まさかあの毛玉の中から出てきたことはあるまい。何せたこ焼きのパックの方が毛玉本体よりでかいのだ。
山崎が恐る恐るパックを明け、ひとつを爪楊枝で刺し、何を思ったか土方の口へと突っ込む。同様する土方の口を塞ぎ、叩かれつつも嚥下するのを待った。「ッ……何すんだコラァ!!」
「あっ、すいません今何かに取り憑かれてました!」
「たこ焼きでしたか?」
「…たこ焼きだった」
「じゃあ信じてもらえましたね、あとふたつ願いをどうぞ」
(何気にひとつ減ってる…)
「…じゃあよ、部屋に溜め込んでる洗濯物…」
「ふッ…副長また洗濯物溜めてるんですかッ!?ちゃんと出したら当番のものが洗うって言ってるじゃないですか!」
「うっせぇな!迂闊に干してるとすぐに総悟が何かしていくんだよ!」
「…ぷ」
「笑ってんじゃねぇ!」前回のを思い出しうっかり吹き出した山崎の首を土方が絞める。毛玉がほほえましい様子かのようにそれを見ていた。
「はい分かりました、あとで部屋に行ってみて下さい」
「…おう」
「じゃああとひとつです」
「えーと…」ちらっと山崎が土方を見た。煙草を咥えた土方はもう興味がないような素振りを見せている。
「…俺いいですか?」
「ああ」
「え…えーっと、じゃあ、…ちょっといいですか」失礼しますと山崎は毛玉を持ち上げ、いそいそと縁側へ出て行く。こそこそと毛玉に顔を寄せ。
「…なんて無理ですか」
「い いえ、出来ますとも」
「……わ…」
「おい山崎何し…」縁側に出てきた土方はそれ以上言葉が続かなかった。
夏の熱い日差しの中、まるで雪のように何かが目前をちらついた。…桜。
土方は息を呑む。庭にそびえる大きな桜の木が、満開に花を咲かせていた。
風が吹く度はらはらと花びらを散らせる。「…見事だな…」
一面に視界を占める桜色。山崎の手の中で毛玉は体を揺すって笑った。
「明日にはなくなってしまいますから、どうぞ楽しんで下さい」
「……」はっとして山崎が視線を落とせば、そこには手の平があるだけだ。桜の花びらが数枚そこにある。
「…夢…ですかねぇ…」
「……」
「…夢でもいいかぁ」
「…山崎、お前何願ったんだ?」
「……内緒」
「山崎」
「絶対言いません」にやりと緩む頬をつねる。妙に熱いのは日差しの所為か、思わぬ桜吹雪の所為か、それとも別のことなのか。
にやにやと笑っている山崎に、何となくいい予感のしない土方はその頭を叩く。「なんだよ」
「絶対無理です」
あいのおおきさってあらわせますか
洒落たことをする天人に、とりあえずマヨネーズをないがしろにすることだけはやめようと山崎は桜を見て思う。
…甘ッ。
途中で山崎に笠井様が光臨しました。自分で書いててびびりました。なんだこの手は…。
毛玉毛玉言ってるのは天人の種類考えるのが面倒だったので。どこぞの星の王子だという どこかで聞いたことのある設定が実はありました。040827