名 前

 

「ただいま戻りました〜・・・」
「・・・山崎!」

こそっと様子を伺うように山崎が部屋の中を覗いてきた。ワンテンポ遅れて土方は立ち上がる。

「えへへ…しくじりました。あッ、組の名前は出してませ」
「バカかお前ッ医務室行ってこい!あぁもういいっ」
「ぅわッ」

山崎をかつぎ上げて土方は部屋を出る。慌ててジタバタと手足を上下させる山崎の尻を叩いて静かにさせ、土方は煙草を落としたことにも気付かず早足で廊下を歩いていく。目撃した隊士達に声をかける暇も与えない。
何があったかは山崎の汚れた姿を見れば容易に想像が付いた。

「ふ、ふ…副、長ッ!俺」
「だァァ〜ッ黙って運ばれてろ!お前前回報告済ませた途端にぶっ倒れただろうが!」
「おっ、尾鰭が、イテッ…う、噂に尾鰭が、ついてます、それっ、倒れたんじゃ、なくてッ、よろけて」
「同じだ馬鹿」
「ば、ばかって」

「俺に心配かけさせておきながら平気なツラしてるだけで切腹モンだ」
「…心配、してくれ、たんですか」
「…動きの素早い下っ端がいねぇと緊急時に煙草が手にはいらねぇからな」
「…でしょう、ね」

片手で担がれてしまう自分を情けなく思う。またみじめな山崎伝説に新たにページが加わってしまっただろう。
おまけにいたわりのない歩き方のお陰で舌を噛んだ。口内炎にでもなったらどうしてくれるんだろうか。

「ヤブ医者いるかァ!」
「ヤブ…」

屯所に控えている医師は決してヤブではない。そこらの町医者なんかよりずっと優秀だ。但し顔の怖い屈強な男。

「ヤブたぁなんだ。診てやらんぞ」

医務室の奥から出てきたのはもうすぐお爺さんと言った感じの男。但しナイスボディ。土方とその肩に担がれた山崎を見て顔をしかめた。

「うるせー水虫治ねぇんだよ。診甲斐のある患者だ診てやれ」
「副長水虫なんですかッ!?」
「俺じゃねぇッ近藤さんだッ」
「またお前か。生きてるのが不思議なぐらいだな」
「イテッ」

山崎の尻を叩いてここに、と山崎を椅子に下ろさせる。とんだセクハラ続きな職場だ。

「お前さんよぅ、無茶すんなってあれほど言ってあるだろうが」
「いや、あの、だから」
「お前ホント懲りねぇな、何遍とっつかまりゃ気が済むんだ」
「ったく治療する方の身になってみろ、薬だってただじゃねーんだぞ。給料から引いてもいいぐらいだ」
「それともなんたァ?いたぶられる趣味でもあんのかお前は。無能たァ言わねぇよ、もーちょっと賢く動いてくれ」
「痛いのが好きだってぇんなら別だがよ、何も命まで危険に晒すこたぁねぇだろ。副長さんに虐めて貰え、な、」
「こ、怖い顔で交互に喋んないでくださいよぅ…」
「…」
「…お前減俸」
「えッ!そ、そんなッ副長! あっそうだッ、それどころじゃなくてっ」
「あぁそうだお前の給金の話は後だ」
「いやじゃなくて」

医師は山崎を無視して着物を脱がせた。ところどころ血で汚れていた割には胸の辺りに傷はない。

「何だ今回は偉く綺麗だな」
「だから…そう毎回拷問されてるわけじゃなくてですね…」
「じゃあ今回は無傷か」
「強いて言うならさっき運ばれてきたときに舌噛みました」
「なんだつまらねぇな」
「…。 …あっ!そ、そうです、副長っ!」
「何だ」
「連中が例の橋の下に集まってますッ集まり次第襲撃よてい」
「そ…それを早く言わねぇかッッ」
「言わせてくれなかったんじゃないですかっ」
「だァ〜ックソ!」

土方が医務室を飛び出していく。ドアが壊れそうな勢いに医師は溜息を吐いた。

「ったく騒がしい…ほれ背中見せてみぃ」
「…だ、だから今回は捕まっただけで」
「背中は自分じゃ出来ねぇだろうが」
「…だから勘がいい人は嫌いですよ」
「嫌いで結構」

山崎は諦めて医師に背中を見せた。幾つか酷い傷痕がある。

「折角貰った名前に背くことばっかりしてやがる」
「はは…真選組のためなら俺だって命賭けますよ」
「命ねぇ」
「イッ…」

医師が不意に傷口を撫でて山崎は飛び上がりそうになる。

「そんなこと言ってるといつかホントに死ぬぞ」
「…死にません」
「ほぅ」
「何故なら母親が借金抱えてるから」
「はは、そいつァ死ねねぇ」
「給料いいんですよーここは」
「命賭けてるからな」
「い…いた、イタイッ」
「母親思うのはいいけどよ、なんでその名前貰ったか忘れんな」
「…」
「なんなら忘れないように副長さんに下の名前で呼んで貰え」
「…さ、さがるって…?」

土方にそう呼ばれることを考えてみて山崎は頭を振った。怖い。

「い、以後気を付けます…」
「それにお前がいない間副長さんがピリピリしてんだ」
「…何でですか?」
「…」

哀れな奴よ。
今ごろ出陣準備に忙しいだろう土方を思い、医師は溜息を吐いた。

「あー俺も行きたいなー、副長が御用改めであるってやってるの見たいー」
「今日は寝てろ」
「分かってますよぅ」

あそこで猫さえ出てこなきゃとかなんとか呟く山崎の背中にやっぱり溜息。

「ま、くっつかねぇ方が平和か」
「はい?」
「なんでもねぇよッ」
「痛いってば!」

 

 

 

 


…なんか長くなった…くっついてない上に土→山かよ。

040808