江 戸

 

おとうさん、

───酷い戦だ。
他人事のように近藤は呟いた。ここは市街地であったが今では見るも無惨に変わり果て、団子屋の看板の上に獣の耳をした天人がうち伏し、腕のない武士が苦悶の表情で空を睨んでいる。

泣きたくなるような青空だった。

変わり果てた江戸で近藤は途方に暮れた。自分の片腕が生きてるのかどうかさえ分からない。
血の臭いが鼻につく。それに混ざって硝煙の臭い。
すすり泣きが聞こえて近藤は振り返った。おとうさん、と、小さな声。半壊した家屋の向こうへ回る。

ひどく綺麗な顔で死んでいる男が居た。自分の上にいた男。その傍でまだ小さな子どもが死体に縋って泣いていた。
子どもが居たのか。
瓦礫を踏む足音がしてそっちを見た。場違いな派手な着物に乱れた髪の女が慎重に歩いてくる。

「さがる」

子どもがぱたりと泣くのをやめて顔を上げた。女は子どもに近付く。
子どもの埃と汗で絡まった髪を撫で、男を見た。
それから何を思ったのか帯を解き、着物を直して帯を締め直した。子どもは黙って女を見上げている。

「退」
「おかあさん」
「お父さんは死んだよ」
「…」
「バカな人」

女は泣きも笑いもしなかった。

「退、だからあんたは退くことを忘れちゃいけない。武士ってのはそいつが出来ないんだから馬鹿なんだよ。
 いつかあんたが戦うときに退くことを知りなさい。命さえあればいいんだから」  

 

*

 

「近藤さんはどうして江戸に?」
「うーん…」

蝉がうるさかった。晴れ渡る空。
誰に借りてきたのか、山崎は柄杓を手に庭に打ち水をしている。

「先の戦の後帰るつもりだったって聞きましたよ」
「そうさなぁ、印象的な親子を見せつけられてよ」
「親子?」
「守ってやりてぇと思ったわけだ」
「へえ」
「…」

まさか息子の方も自分と共に戦うことになるとは思わなかったが。
蝉の歌が青空に響く。戦の頃江戸の蝉はどこへ行っていたんだろうか、声を聞いた記憶はとんとない。喧噪に紛れ聞こえなかったのだろうか。

「今日の江戸は平和ですねぇ」
「平和でも仕事はあるぞー」
「へへ、ばれました?」
「局長室の窓の外にも水まいといてくれ、鬼副長には俺が適当に言っとくから」
「はいよっ」

 

 

 

 


わたしはコミックス2巻で時が止まってます。おかしいところとかあるの…かな…。
つか局長幾つなのこれ・・・

040804