先日から土方の様子がおかしい。
山崎はぼんやりと花を眺めながら思い返す。
先日テロリストのグループの隠れ家へ突撃し、何人かの主要人物を検挙した。そのせいかここ最近は平和が続いている。だからといって自分達真選組は気を抜くわけにもいかないのだが、その日から土方はどことなく落ち着かない様子だ。

(…どういう意味だったのかな…)

風に揺れる花は鮮やかだった。
視界を占める花が意識を分断しようとしてくる。暖かい今日のような日はさぞかし花見日和だろう。

「おい」
「ハイいらっしゃいませ!」

強引に引き戻された意識。客へ笑顔を向け、そこに驚きも隠す。

「花束、適当に見繕ってくれ」
「はい、どのようにしましょうか」

冷静に対応しながらあとから頭がついてくる。
そうだ、仕事中だったのだ。変装し、山崎は数日前から花売りをしている。
そこに土方がきた。彼は今日は非番だったと記憶するが、着ているものは隊服だ。

「…お見舞いですか?」
「いや…女に」
「…お相手のお好みなんかは」

土方は山崎だと気付いていないらしい。気付かれてしまっても困るのだ、場合によっては山崎は仲間を見張らなくてはならないこともある。
女のひとりやふたり、この人にはいるだろう。その低い声も獣の視線も、女を魅了するにこと足りる。男の自分から見てもバランスのいい男だと思う。ある程度変装出来るとは言え、山崎が土方になるのは不可能だ。

「…いい年した女だ。あまり子どもっぽくないのがいい」
「薔薇にしましょうか、小振りのものがありますから。あんまり派手にならないので持って歩くのもそんなに恥ずかしくないですよ」
「…」
「…隊服姿で花束なんて、目立つでしょう。そうでなくても江戸の男はみんな照れ屋ですからねぇ」

一瞬警戒されてしまった。地が出かけた自分も悪い。
しかし土方がこんなことを嫌うのは確かだろうと思うのだ。彼はこう見えて照れ屋であるから、本当なら花を買いにくるのさえも恥ずかしいのではなかろうか。

(…なんであんなことしたんですか)

バケツから綺麗な花を選びながら、背中側の土方を気にする。
こうして花を贈る女がいながら、ならあの行動はなんだったのだろうかと。

(俺は綺麗でもないし可愛くもないし)

ならばどうしてあの日、あんな戦場で。
どうして死体に囲まれた状況で、俺を抱き寄せたりしたのか。動揺するぐらいならしなければいい。

薔薇に合わせる花を選ぶ。どんな女性に贈るのだろう。
こんな男が贈るのだから、さぞかし素敵な女性なのだろう。

(…俺は気付かれもしない)
「…ヘェ、うまいもんだな」
「仕事ですからねぇ。リボンは何色にしましょうか」
「任せる」
「はい」

ここ数日でどうにか形になった花束の腕。
何色がいいだろうか、愛を語るなら情熱的に?大人の割り切った付き合いなら冷静に?

「…はい、これで如何でしょう」
「あぁ、うん。花はわかんねぇがそれでいい」
「ありがとうございます」

代金を受け取って花束を渡す。元がいいと花も似合うもんだなと感心した。
…いいや、似合うように作ったのだ。すれ違い際に思わず振り返るほどに。

「あ、」
「何か?」
「お前名前は?」
「…は…華、です」
「花売りでハナか、そりゃいい。その薔薇もう一本」
「あ、はい」
「あんたに」
「…」

チャリンと小銭の音が酷く遠くで聞こえた気がした。
ふっと笑った土方の表情にカッと体が火照るのが分かる。更にそれを笑う様子にパニックを起こしかけた。

「…あんた うちの隊士に似てるな」
「…」
「ちょろちょろして、よく働く。勿論あんたの方が美人だがな」

あいつはいまいち落ち着きもねえしよ、一瞬頬に触れられた。ぞくりと背中に走るものがある。
自分が女装をしていたのを山崎は今気がついた。それでどうにか落ち着きを取り戻したように思う。
…どういう意味ですか。聞いてやろうとしたのな声が出なかった。山崎としての質問か、華としての質問か分からなかった。

土方は花束を肩に行ってしまう。
一気に脱力してその場に座り込んだ。手の中に小銭があった。自分への、花の代金。
どうして。
どうして花を?口説くわけでもなかったのに。

「わッ、華ちゃんどうしたの!?今の人になんかされたッ!?」
「あ、すいません店長…緊張しちゃって、気が抜けました」

店の奥から出て来た店長に、慌てて立ち上がった着物を払う。平素の自分なら縁のない鮮やかな着物が今だけは奇妙に思えた。

「真選組の奴だなぁ、俺ァあいつらは好かねぇよ。娘どもはぎゃーぎゃー騒ぐけどよ、ああいうのは悪い男だ。華ちゃんもひっかかんねえよう気を付けな」
「…」

もしかしてバレていたのだろうか?
未熟者だと、バカにされたのだろうか。似ているなんて遠回しに、嫌がらせだろうか。

「…ハァ…」

振り回されてばっかりだ。

(…俺 女だったらありゃ惚れてるな…)

 

*

 

「あ、山崎さんお帰りなさい。…なんですがその花」
「…おごってもらった」
「?」
「なんか副長に遊ばれちゃった…」
「…よく見分けましたね…」
「精進足りないのかな〜…報告行ってくる。悪いけど帰ってきたって届け出しといてくれる?」
「はい」

自分より若い隊士にあとを頼み、一本の薔薇を手に土方の部屋へ向かう。さっきの彼は何も言わなかったから部屋に居るのだろう。非番であれど、土方は報告はその日のうちに聞く。
あとで一輪挿しでも探してこよう、この男所帯にそんなものがあるかどうか分からないが。

「副長、山崎です」
「入れ」
「失礼します」

スッと障子を開けて膝を進める。部屋に面した庭に視線を巡らせ、ぴったり戸を閉めた。

「…お前、なんだその花」
「え?いや、折角もらったんで飾ろうかと」
「じゃなくて、……いや、何でもない」
「?」
「報告!」
「あっ、ハイ!花売りはやっぱり薬隠してました、台所に小麦粉としておいてあります。普段は人を入れません」
「テメェはどうやった」
「…連れ込まれました。拒否して逃げてきたので、明日からどうすればいいのか相談を…副長?」

気付けば土方が近くにいる。戸惑うほどの真剣な目が山崎を捉える。

「副長?」
「だからテメェ行かせるのは嫌なんだ」

それは無能と言うことか。
殴るような言葉に頭が真っ白になる。山崎の考えが読めたのか、土方は溜息を吐いて山崎の腕を取った。
びくりとしたのも構わず、乱暴な口付けだけを。

「…どういう意味ですか」

二度目だ。近くに土方の顔がある。

「テメェで考えろ」
「…」

言いながら、再度の行為。
今度は深く、確かめるかのような。考える隙も与えない。

「…明日どうしますか」
「…テメェ話聞いてたか」
「後で考えます。早くこの仕事終わらせたい」
「…」
「だってあんたの悪口なんて叩くから」
「…ハゲの僻みだ」
「あんたはあんたで多少自意識過剰ですけど」
「…殴るかテメェ。…明日普通に行って謝ってこい、誘って台所になだれ込んで薬ぶちまけろ、キレて殴られはするかもしれねぇが殺られる前には踏み込んでやる」
「…華ちゃん誘うようなキャラに作ってないんですけどね…殺されたら死体隠される前に捕まえて下さいね」
「…誰がさせるか」

土方は自然な動作で煙草を探す。空箱を見つけて握りつぶし、山崎は買ってきたのを思い出してポケットから出して土方に渡した。

「…ひとつ聞いていいですか」
「何だ」
「今日の花束は誰に?」
「…実家の近所のガキが結婚するってんで、嫁入り道具揃えるのに出て来るっつーからよ、祝いぐらいと思って」
「…なんだ。てっきりマダムのところにでも行くのかと」
「…マダム派か山崎ィ…」
「副長知ってんですか?真実はっ!?」
「俺ァマダムにも役人にも飼われちゃいねぇ!」
「残念!」
「ふざけんなテメェ…」
「よかった、仮にも監察ですからね、知らないことがあると不安で。じゃあこれで、失礼しました」
「…」

山崎が静かに出て行った。
手にした花が妙に目につく。

煙草をくわえて火を付けた。溜息と一緒に煙を吐き出す。

「肝心なとこを分かってねぇ癖によ」

 

 

 


…いや、何か…恥ずかしいなこれ。

050214