ミ ン ト ン

 

時間が近付くにつれ、山崎はちらちらと時計を気にして仕事など出来なくなり、また土方はそんな行動にいらいらして仕事どころではなくなっている。そわそわといらいらの入り交じる部屋の中で、巻き添えを食らった隊士たちはどうでもいいからとにかく時間が過ぎてくれと祈った。これ以上このままの状態が続けば鬼副長のオーラだけで身が斬られそうだ。そして何人かが限界を感じてきた頃、ようやく待ち望んでいた呼び子が屯所に響きわたった。ぱあっと満面の笑みを見せ、山崎は片付けもそこそこに立ち上がる。

「それではお先にっ!」

周りの状況を知ってか知らずか、山崎はタッタカターと部屋を飛び出していった。土方は舌打ちをし、仕事の手を止めて新しい煙草に火をつける。

「あ…あの、副長。山崎さん何かあるんですか?」
「あん?ハクチョウだかツルだかっつーミントン選手がどっかに来てるんだとよ」
「え…!あの貴公子がっ!?」
「きっ…なんだそりゃ」
「ミントン界のプリンスですよ。…でもちょっと、ヤバくないっスか」
「あ?」

土方が見ると隊士は他の奴と顔を見合わせた。なんだよ、土方がせっつくと、ためらいながら重い口を開く。

「そいつあんまりいい噂のない奴で、…テリトリーは老若男女、コーチの名目で連れ込んで弄んでポイ!みたいな…ねえ?」
「なあ?山崎助勤可愛いから…」
「……」

ざっと土方が立ち上がる。危険を察知した隊士達は急いで距離を置いた。

「出てくる」

副長様がお怒りだ。本当は用を足す余裕もないほど忙しいのだから、外出などできるわけがない。しかし誰が止めることができるというのだ。彼を止めることができるのは、他でもない山崎なのだから。

副長の怒りなど知ってか知らずか、山崎はその頃噂の『ミントンの王子様』と握手をしていた。着替えたせいでギリギリで駆け込んだが、どうにか握手会の最後のひとりになれたようだ。思わず顔が緩んでしまう山崎を見て、貴公子もふと顔をほころばす。それは単純に、子どもや小動物に向けて笑いかけたわけじゃない。

「この後暇?」

すずやかな声が山崎の耳をくすぐった。顔を上げた山崎の正面に、苦しい試合の最中でさえも魅力的なその顔がある。眉間のしわは消えたことがないような、鬼とは違う優しい視線。

「僕はホテルに一人でね、暇なんだ。一緒にミントンでもどうだい?」

甘い甘い、罠を仕掛けるその声は、自分ひとりだけに向けられている。手の届かない遠い場所にいるはずのあの人が、手のひら越しにメッセージを送ってきた。後で車に来て、車種を告げて声は離れた。同時に手の中から体温が逃げていく。

「────王子様…」

ぽわんと心をとろけさせ、山崎は放心状態で手を握りしめた。最後に彼の挨拶でお開きになるその瞬間まで、山崎は幸せだった。悪い鬼が山から下りて来るまでは。

「この単細胞!」

まったくもっていつも通りに、固く握られた拳が山崎の幸せな頭を殴りつける。ショックで背景の花だとかふわふわきらきらしたものだとかがこぼれるのを感じながら、山崎は涙目で土方を睨みつけた。

「何するんですかッ!」
「バカなことしてんじゃねえぞ!こっちは忙しいんだ!」
「じゃあどうしてあんたはうろついてるんです!俺は自分の仕事は全部済ませましたぁ!」
「自分が終わったら上司を助けるのが部下ってもんだろう」
「鬼畜!」

さらば俺のささやかな幸せ。泣きそうになった山崎が思い出したのは、さっきの夢のような時間。監察でなくとも車種はしっかり覚えてる。

「……ふん、俺は仕事できない上司なんか捨てて、大会8連覇の王子様を選びます」
「なっ……」
「人の頭気軽に叩いてくれちゃって、あとで泣いても知りませんから!」

山崎はぺっと唾でも吐きかけない勢いで土方から逃げていく。一瞬の隙をつかれた土方は舌打ちをして、追いかけるのをやめて立ち尽くした。俺の何が悪いってんだ、会場に貼られたポスターを見て、土方はそれを意識して笑ってみる。通りすがりの女性が走って逃げ出した。

 

*

 

「あ〜、すごいな〜。まさかあの白鳥選手とミントンできるなんて…」
「山崎くんもうまいじゃないか。いつも練習してるの?」
「ええ〜そんなことないですよぉ。付き合ってくれる人もいないからひとりで素振りばっかやってんです」
「そうなの?ちょっと休憩しようか」

ホテルに備え付けられたコートでアドバイスをもらいながらミントンを堪能した山崎はすっかり上機嫌だった。思惑に気づかずついてくる山崎に、白鳥も気をよくしている。

「立派なホテルですねえ。俺みたいな安月給じゃとても来れませんよ」
「泊まってみる?」
「またまたご冗談を……」
「山崎くん?」

山崎が不意に足を止め、すれ違った男を見た。すぐに白鳥を振り返り、何事もなかったかのような笑顔で気のせいでした、と白鳥の背中を押して歩き出す。

「……山崎くんはどんな仕事してるの?」
「しがない公務員ですよ〜。俺もプロになりたかったんですけどねえ」
「へえ…」

豪華な部屋に招き入れられ、山崎は感嘆の声を上げる。進められるままにソファーに腰を下ろすと飲み物を差し出された。

「山崎くんはほんとにミントンがなんだね」
「ええ、そうですね。だから、ミントンを悪事に使う奴は大嫌いです」

にっこりと笑顔を向けて、山崎はティーカップの中身を机に流した。白鳥が目を細める。

「賢い子は好きだよ。どっちが優勢か、わかるだろ?」

奥の部屋から何人も男が出てきた。いやらしい笑みを浮かべ、値踏みするように山崎を見てくる。しかしこの状況においても山崎は笑顔を絶やさない。

「俺に決まってんじゃん」
「は?」

山崎は携帯を取り出す。その瞬間に襲いかかってきた男たちをラケットで殴りつけ、部屋中を逃げ回りながら電話をかけた。相手はどうせホテル下でやきもきしているだろうあの人だ。

「副長助けて下さい!あっやだっそんなことおッ!」

追ってくる男たちの声も届いただろう。言い逃げてすぐさま通信を絶ち、ラケットを構えなおす。

「伊達に素振りばっかしてねえんだ、よッ!」

 

*

 

「山崎!」
「あ、遅かったですね」
「……山崎……どういうことだこれは」
「見たままです」

積み上げた男たちを椅子代わりに、準備してきた薬品で部屋に隠されていた薬物のチェックをしていた山崎は土方を一瞥しただけだった。鬼の剣幕で出動させられた隊士達がまあこんなオチだよなと解散していく。山崎の部下である監察だけが彼の手伝いに行った。

「あ、副長警察呼んで下さいよお。恐喝監禁婦女子暴行薬物所持はうちの担当じゃないんですから」
「山崎監察はミントンのためならなんでもしますねえ」
「ミントンを悪事に使う奴なんか大嫌いだからね!」
「じゃあラケット武器にすんなよ……」
「……」

ラケットの最後の一撃が白鳥自慢の顔に決まった。

「あっ副長泣いてる!?」
「泣かないで下さい副長!俺たちも怖いです!」

隊士達に肩を叩かれながら、土方は己の不運を嘆くことしかできなかった。

 

 


…引っ張った挙句くだらなくてすいません。

070503