宵 居

 

「はいよっ、かき揚げあがった!」
「はい!」

年末年始は真選組も忙しい。こんなときだからこその行事や浮かれる人々、それに乗じてどんな事件が起こるかわからない。夜中に町に繰り出す人間が増える分、いつも異常に深夜の仕事が多くなる。こんなときは山崎のような密偵はなかなか仕事がないもので、、気づけば毎年台所に立っていた。これなら仕事をしている方がどれだけ楽かわからない。この男ばかりの大所帯、いっそ出前でも頼めば早いだろうと思うのに、経費削減を叫ぶ鬼副長が自分の上にいては台所の仕事に手を抜くわけにはいかなかった。
お盆に載せれるだけのそばをのせ、真冬だというのに汗を流して作ったかき揚げを添えて先発隊を送り出す。これから野菜を食べない沖田用に海老を揚げなくてはならない。まだまだ残る天ぷらを前に、袖をまくりなおして気合を入れた。天ぷらが食べたい、と言った沖田はもちろん手伝いなどするわけがない。

「いわしも焼けましたー」
「ありがとー。お皿そこにあるから持って行って」

狭い台所では何人も仕事はできない。仕方なく庭で魚を焼いてもらっているが、さぞ寒いだろうと思う。ただいま帰りました、の部下の声を聞きつけて山崎は廊下に飛び出す。

「野村くん!」
「はい?なんでしょう、山崎さん」
「君の腕を見込んで仕事がある。今すぐ手を洗って台所へ来るように」
「台所ですか?」
「そうだ。君はおせち料理とかき揚げと、どっちを作りたいかね?」
「……かき揚げで」
「よし、なら任せた」

台所へ戻った山崎はかき揚げを一旦中断し塩抜きをしていた数の子へ向かう。そばに居た隊士の口を開けさせて数の子を放り込み、自分でもひとかけら口にする。

「どう?」
「ちょっと塩辛いですか?」
「もうちょっとかなー、まあでもうちの人たち濃い味好きだからいっか。鰹節どこやったっけー」
「山崎さんさっき食器棚に入れてましたよ」
「食器棚!?なんで!?あ、あった……」
「混乱してるじゃないっすか。あんた朝から台所に立ちっぱなしでしょ?」
「んー、まあね。……まあ、でも、少なくともうちのクソガキどもにはおせち料理ぐらい出したいし」
「トップをクソガキ呼ばわりすんのあんたぐらいっすわ」

隊士は笑って山崎に手を貸した。気づけば少しずつ台所に人数は増えている。夕食の年越しそばといわし、酒の準備は特に言わなくとも部下が勝手に手伝ってくれるようになっていて、仕事戻りだろうにありがたいことだ、と表情を緩めた。毎年のこの仕事は人が増えるにつれて大変な負担にはなる。しかしこの程度の日常を、忘れさせたくはない。

「やまざきーぃ」
「あ、沖田隊長お帰りなさい」
「海老は?」
「これから揚げますね。あったかいの持って行きますから、待ってて下さい。局長もお帰りですか?」
「いんや、スナック寄ってくるってよ」
「じゃあとりあえず隊長の分か」
「なー栗きんとん作った?」
「……作ります!」

にっこり、と笑って沖田は自分の分のいわしを手に台所を出て行く。栗もさつまいもも買ったのに、すっかりと忘れていた。隣で部下があきれた顔をしているのがわかる。

「かき揚げさっさと揚げちゃって、手伝いましょうか?」
「いや、揚げはぎりぎりに揚げて!揚げ立てを入れてあげてよ。こんな日でもお仕事なんだからさ」
「はいはい……山崎さんはお人よしですね」
「君らにも後でご褒美を上げよう」

流し台の下を山崎が開けて、見てごらん、と指をさす。そこに隠してあるのは日本酒だ。先日仕事のお礼で贈られてきたもののうちの一本を隠していたものである。安月給では手が出ない一級品だ。一瞬顔を引きつらせ、しかし笑って部下はこっちを見た。

「いい年越しをしよう」
「はい!」

 

 

*

 

 

ほろ酔いでいい気分だ。酔いつぶれた沖田を部屋に連れ帰り、大人しく布団に寝かせられたから上等だ。そうこうしている間に年は明けていて、夜空を見上げるとまだいくつも飛行船が漂っていた。台所へ戻り、そこで酒瓶を抱えて潰れている部下を笑って自分が着ていた半てんを肩にかけてやる。自分はこれから仕事だ。

「山崎」
「あ、目ェ覚めました?酔いはどうですか」

台所に顔を出した土方にお茶をついでやる。黙って受け取った土方は台所を見回し、机に突っ伏して眠る今日のコックをひとりずつ見る。

「こいつらにお年玉やったのか?」
「ええ、あげましたよ。いい子たちですから」

少し肌寒さを感じながら、どの道仕事の邪魔になるので落ちかけた半てんはかけ直してやる。ありがとよ、小さく呟く土方に黙って笑い返した。さつまいもを洗って皮を剥く。隣に立つ土方に手伝うつもりがないことはわかっていた。

「栗きんとんは、豊かな1年になりますようにって意味なんですよ。来年はもうちょっと予算下りるといいですねえ」
「全くだ」

適当に切って水につけて、アク抜きする間に残ったお酒を探してグラスに注ぐ。ジェスチャーだけで土方にすすめるが、口元を押さえて拒絶された。飲みすぎなのだ。一度寝れば酔いは冷めるが、気持ちの悪さは残るらしい。もう一杯熱いお茶をついで渡してやる。

「あ、そうだ、今年は黒豆すっごいうまくいったんですよ!食べません?」
「お前はいい嫁になれるよ」
「ふふ、いつになったら嫁に出してもらえるのやら」
「出さねえよ。おめーを手放すぐらいなら俺がもらってやる」
「こんな暴力旦那は困ります」

くすくす笑いながらさつまいもを火にかけ、色付けにくちなしを入れる。栗きんとんは気に入って食べるものはあまりいないから量が少なくて助かる。そのせいで最後になってしまったのだが、沖田が起きるまでには間に合うだろう。重箱に移していた黒豆を小皿に取り、土方に渡した。受け取って黒豆を口に運び、土方は考え込むように租借する。

「もう一度寝たらどうです?明日は挨拶回りがあるでしょう」
「お前はいつ寝るんだ」
「そうですねえ、栗きんとん作って、お雑煮の準備して。あ、餅は昼間若いのが作ってくれたんですよー」
「……お前に若いの、とか言われるとちょっとうんざりするぜ」

空いている椅子を見つけて土方は腰を落ち着けた。さつまいもが柔らかくなれば、あとはつぶして栗を混ぜるだけだ。細かい味の調整は後でやればいいだろう。

「テメーが寝るまでつき合ってやる」
「……ふふ。ほんとはねえ、俺もいい年ですから、こんなことは誰かに譲って本来の仕事だけしてりゃいいんですけど」
「……逆だ馬鹿。俺はさっさとお前ぐらい使えるやつ見つけて、お前をさっさと引退させてぇよ。……30越したか?」
「越しましたねえ」

舌打ちをする土方に笑いかける。山崎の年を知るのは土方ぐらいではなかろうか。

「あ、忘れてました。副長、明けましておめでとうございます。今年も真選組が安泰でありますように」

 

今年もよろしくお願いします。

090101