送 り 火

 

すいっと煙は空へ登っていく。それをぼんやり目で追って、山崎は手にした刀を握り直した。
盆だというのに死人が出た。テロリスト達に盆は関係ないらしい。

(…あーあ…)

こんな時期に人を斬りたくなかった。またしても生き残った自分にも疑問だった。
わっと女の泣き出す声がして、少しそちらへ視線をやる。…今焼かれている男の、妻になるはずだった女だ。
以 前会ったときにはふっくらとした女性であったが、この一晩でやつれたようにも見える。気のせいではあろうが 、気になる。

「────山崎」
「…はい。あ、局長」
「悪いが俺は先に帰る。あとの処理がな」
「…いえ、局長はいて下さい」
「…山崎」
「俺が帰ります。────いてあげて下さい」
「…すまん」
「いいえ」

山崎は一礼して歩き出した。葬儀場の人間にも礼をする。

(…盆だって正月だって、死ぬ奴は死ぬけど)

だけど死ぬのと殺されるのは違う。一方的に奪われるのだ。
「おい」
「…副長?」
「戻るのか」
「はい。局長にはいてもらった方がいいと思うので、俺が」
「丁度いい。運転しろ」
「…副長も戻られるんですか?あなたはいた方が…」
「苦手なんだよ。あの人ひとりいりゃ十分だ」
「ハァ…」

流石に少し離して止めていたパトカーに乗り込んで、納得がいかないまま山崎は車を出す。
隣の土方は一度締め たシートベルトを外し、スカーフを解いてジャケットも脱ぐ。それを後部座席に放り投げた。山崎がスピードを 落とすので顔をしかめて再びベルトを締める。
少し窓を開けて煙草に火をつけた。煙を外に流す。

「────副長」
「あ?」
「今更なんですけどね」
「じゃあ言うな」
「俺達って凄い仕事してますよね」
「…命のやりとりか。凄いっちゃ凄いな」
「…ひとりでよかった、とか、思っちゃうんですよね。麻痺してるなァ」
「…俺は」
「…」
「誰も死ななきゃよかったと思う」
「…副長」
「…書類とか保障とか面倒だし…」
「…」

ぷかんと煙草をふかす土方を横目で睨みつけた。窓の外を向いた土方の顔は見えない。

「…そう言えば局長が盆の支度してましたね」
「あぁ…例の女にきゅうりやらもらってきてたぞ」
「へぇ、馬ですね」
(馬なのか…)
「…みんな屯所に帰って来てくれてたのかなァ」
「…帰るところのない奴はきてたんじゃねぇの」
「そうですね」
「…」
「…見合いの話、どうなったんですか」
「…また唐突だな」

土方は舌打ちをして車内の灰皿に煙草を押しつけた。赤信号で山崎は車を止める。

「断れないって言ってませんでしたっけ」
「見合いはするさ。仕事だ」
「アラアラご結婚なさるので」
「バカ」
「痛い!」

土方が山崎の頬をつねる。青だ、と言われてつねられたまま車を進めた。

「いひゃいれふ」
「よく伸びるなお前」
「あう…」
「…テメェが死にでもしたら結婚するさ」
「……」
「……」

対向車の運転手がぎょっとして通り過ぎた。事故を起こさなければいいが。土方がゆっくり手を離す。

「…じゃあ副長一生結婚させませんよ」
「あ?」
「俺があんたの墓掃除してやる」
「はっ、そりゃいい」
「迎えるけど送りませんよ」
「そうかよ」
「本気ですよ」
「上等だ」
「…」

山崎は口ごもる。土方がストレートに話すことはあまりない。だから冷やかしであろうとは思うが、動揺してし まって頭が働かなかった。

「赤!」
「うおっ」

パトカーのくせに急停車してしまった。うひぃ、とぼやいて山崎は冷や汗をかく。

「ったく…無事帰れんのか俺ァ」
「あんたの運転よりましですよぅ」
「…山崎くん運転替わろう」
「いいえそこで煙草をふかしながら俺でもつねってて下さい」
「ったく…」
「…」

土方は2本目に火をつける。更にほんとにつねろうとしてくるので今度はよけた。

「────今日の奴は」
「はい?」
「来年どこに帰るんだろうな」
「…そうですねェ」

真選組か、妻となるはずだった女の元へか。

「…ま、俺には関係ねぇ」

 

近妙と対にしようとしてたなんて忘れました

050810