迎 え 火

 

「おっ妙さ〜ん!」
「…ハァ」

妙は割り箸を握ったまま溜息を吐いた。門から一番遠い部屋にいるのにこの声量はなんだろう。
いい加減近所迷 惑だと言うのに、彼が刀を帯びているせいで誰も文句を言えない。周りの誰かが言ってくれればもう少しましに なろうと思うのに。

(…私の話聞かないんだもの)

それでどうして好きと言うの。
放っておくとまた叫び出すので、妙は割り箸を持ったまま玄関へ向かった。

「お妙」
「何かご用?」
「お妙さん!」

刀を帯びた大の男が、この満面の笑み。子どものようなこの男が警察なのだからテロリスト達がつけあがるのだ と妙は皮肉る。
彼が特別警察真選組などとは誰も思ってはいないだろう。ましてや、寂れた道場の前ですいかの大玉を抱えてい るこの男がその頭であるなど、言われたって気付かない。額に汗を浮かせて豪快に笑っている。

「いやーいらっしゃってよかった。美味しいすいかを見つけましてね」
「あなたお仕事は?」
「それがですね、みんなから休め休めと言われて。みんな働いてるんだからいいと言うのに隊服も隠されまして な」
「…まぁ」
「しょうがないので盆の支度でもしてたんです。…あっ、お妙さんはお食事中でしたか!?それは失礼を」

妙は何のことかしばらく迷い、割り箸に気付いて恥ずかしくなった。いくら相手が近藤であれ、割り箸を握ったままなどは したない。尤も近藤は気にかけないであろうが。

「いいえ…きゅうりを」
「きゅうり?」
「馬です」
「ハァ」
「…ご存知ない?きゅうりに足を作って馬に見立てるのです。あとなすに」
「あぁ、そう言えばありましたな。あれは馬でしたか」
「なすは牛です」
「へぇ、お妙さんは物知りだ」
「…誰だって知ってましょう」

そうですか、と己の無知を笑う。
今の仕事を始めてから色んな男を見たが、色んな意味で近藤のような男は知らない。

「そうだ。どうぞ、すいか」
「…そんなに大きなもの」 「いえ個人的なもらいものなのですがね、これひとつじゃ全員に回らないんですよ。かと言って他のを買っても 差が出ますからね。男所帯なのでみんな意地汚いんですよ」
「…私そんなに大きなもの持てません」
「あぁ、」
「ですから持って入っていただけます?」
「…あ」
「お茶ぐらいなら出しますわ」
「あッ…あ、ありがとうございます!」
「…」

頬を紅潮させて、こっちが恥ずかしくなるような笑顔。子どもみたいだと思う。妙なんかより十は年上かと思うのに。

(…あ、新ちゃんいないんだった)

自分が行くのは嫌で、墓掃除を弟に任せたのだった。近藤を中へ招きながら少し迷う。
子どもみたいとは思えど も大の男。普段は自分がのしてるとは言え、加減されていることぐらいわかっている。

(…大丈夫、よね)
「何処へお持ちしましょう?」
「奥へ、台所に」
「はいッ」
「待って、冷蔵庫に場所を作ります」

台所に先に入って冷蔵庫を開けた。野菜室を開けて、目についたきゅうりとなすを取り出す。

「ここへ」
「いや、入れてしまっては出せないでしょう。まな板と包丁貸して下さい、3つか4つにしましょう」
「…」

これ、妙が差し出すと近藤は簡単に四等分した。包丁も刀も似たようなものなのかと思ってしまう。妙は無意識 に断面にラップをかけた。

「やっぱりすいかはよく冷やして食べませんとね」
「そうね…」

思い出すのは、庭での記憶。若い父と幼い弟と、庭で冷えたすいかを食べた。
そんなこと一度か二度だ。父は昼 間忙しい人であった。かと言って夜はと言えば疲れきって眠っていた。

「お妙さんはお盆はお仕事ですか」
「いえ…稼ぎ時なんですけどね、無理言って休みをもらったんです。…迎え火のために」
「火?あぁ、うちも火は炊きます。家ではないですけど、帰るところのない奴もいましたから」
「…あなたは」
「はい?」
「…父のようだわ」
「…」

近藤は黙り込んだ。困ってしまったらしい。それもそうだろう。

「…はは、」
「?」
「いや、うちのやつらみたいなこと言いますね」
「…」

そこのニュアンスは少し違う。近藤にとっては同じなのだろう。

「…すいかのお礼に」
「え?あ、どうも」

唐突にきゅうりとなすを押しつけられて近藤がうろたえたが、妙は頭の芯がぼやけていた。

「馬は、早く帰ってこれるため、牛は、ゆっくり戻るために」
「え?」
「そのためのものなんです」
「…そうなんですか」
「だから、私。…父は方向音痴だったので」
「お妙さんはお父上が好きでいらしたんですね」
「…嫌いだったの」
「…」
「でも好きだったんだわ」

誰かさんみたいに。とは言わないけれど。
あまり長居しては、と近藤が帰りかけるのを、袖を引いて引き留めた。どぎまぎして近藤は妙を見る。握った手 に視線がわかる。

「すいか、一緒に食べませんか」
「あ…」
「冷えるまで、お話でも」
「あ…あの、その…」
「お嫌?」
「いえっそんな!滅相もない!…お妙さんが、構わないのなら」

少年のように焼けた肌の頬を染めて。どうしても幼い記憶の父と重なる。

(…嫌い)
(嫌い)
(だから好きなのかもしれないわ)

 

火が出てこないのはイメージがないから。
きゅうりとなすは調べてて初めて知りました。うちもやらないし。

050810