草 い き れ

 

(あのクソガキ…次会ったら素っ裸にして炎天下に逆さでつるす)

沖田は草むらを睨んでスカーフを解いた。
夏の暑さで茂った草はむっとする。青臭い匂いに顔をしかめながら、ジャケットも脱いで近くの木の枝にかけた。ベストも脱いで、シャツの袖もまくる。そうしているだけで汗をかいてきた。35度を超えた炎天下。

(…原型なくなるほど殴りてェ…)

こうも暑くては、近所の子どもの遊び場にも誰もいない。沖田は喉の乾きを覚えながら草むらに分け入っていく。
────ほんの数分前のことだ。神楽に出会っていつものような言い合いをして、お互いやり合う体力は暑さに奪われているから(おまけに神楽の隣には大きな発熱する毛玉がいた)、さっさと別れようとすれ違ったその一瞬。神楽が沖田の腰の獲物を抜きざま、思い切り草むらへ放り投げたのだ。
どういう経緯でそんな行動に突き当たったか知らないが、あまりのことに沖田が呆然としている間に神楽は逃げていった。そして今に至る。

確かこの辺りだったと思うが、自由奔放に伸びている草は地面を隠した。
────暑い。
呟いたってしょうがないのだが沖田は呟く。

(ミンチにしてやるあの女…)

ざっと草を分けながら辺りを見ても見当たらない。
乱暴な動作のせいか指先が切れた。血が出ないほどの薄さで皮膚が切れて、かえってそれが痛い。舌打ちをして傷をなめる。
ざかざかと少し範囲を広げるとようやく刀は見つかった。少し湿った地面に体をこすって、それが乾いている。
疲れとも憤りとも分からないもので体がだるくて仕方なかったがそれを拾い上げ、そして上着を取りに振り返った。

「────」

片っ端から出会う生き物全て殴り歩きたい。
枝に掛けたはずの上着がない。それでもと思い近付いてみるが、やはり下に落ちてもいなかった。

「…あ〜〜〜〜!」
「あら沖田く〜ん偶然…ってちょい待ちちょい待ちッ!その物騒なもんしまって!」
「うるさいやかましい黙れ消えろ」
「何そんなに怒ってんの〜、怖いなぁ」

どうどう、銀時が沖田をなだめようとするが逆効果だ。何処からか現れた銀時は今の沖田には神楽の関係者と言うだけで憎い。

「丁度いい、ガキの責任は保護者が取りなせェ」
「だ、だから何の話よ」

向けられる切っ先におびえる銀時に投げやりに説明する。
あらあら、と呑気に対応する銀時に刀を握り直すと慌てて数歩逃げた。

「まま、待って待って。帰ったらちゃんとお尻ペンペンしとくから」
「〜〜〜〜」

余計な仕事をさせられ、上着もなくなる。
更に確実に沖田をいらつかせる男が現れては、暑さも加わって沖田の機嫌は最強に悪い。

「…お…沖田くん、冷たいものでも食べにいく?」
「いい」

しかめっ面で刀を腰に差し、木の周りを一周してから歩き出す。
上着がなければ帰れない。ポケットには身分証明書が入っている。

(畜生)

夏の暑さは苦手ではない。しかし今日ほど急に気温が上がり、おまけにこの草いきれ。暑さでむせかえるこの草の臭いには閉口する。
太陽が沖田ばかりを集中攻撃しているような気がした。

「何、どーしたの沖田くん」
「うるせぇな、ほんとに斬るぜィ」
「落ち着いてよ」

のらくらと銀時は近付いてきた。無視をする沖田を捕まえて、後ろから抱き寄せる。暑苦しいことこの上ない。頬を汗が流れる。

「…斬る」
「なんかこーいう場所ってむらむらしない?」
「しねェ。俺ァ捜し物があんでィ、邪魔すんな」
「沖田くん、天女の羽衣の話知ってる?」
「…!あんたッ」
「あんたが真選組じゃなかったらなぁ」
「…旦那?」
「沖田くんはこういう場所で戦ったことある?草の臭いと血の臭い、あと敵が獣系だとまた凄いんだ。んで何時間もやってるとさ、こうクソ暑いから死んだのが早いのから既に腐臭がしてくる。ヤバいよ」
「…」
「気分悪くなって吐く奴もいるし、あと火薬も臭うな。いざ休戦となってとにかくエネルギー補給って飯も準備するけど、その匂いも気持ち悪くて」
「…へぇ、」
「水すら臭い。あの夏の暑さはこんなもんじゃなかった。小動物はひからびて死んでた」
「旦那、」
「────夏はやだね」
「…」
「夏は特に、憎い」

何が、とは言わなかった。じりじりと触れた箇所から体温が混じる。溶けて互いに離れられなくなるんじゃないかと夢想した。日差しはふたりを溶かさんばかりだ。
沖田は動けない。殺意を、少なくとも類したものを感じていた。

「────旦那ァ」
「…何?」
「…冷たいものでも食べに行きやしょう、奢りますぜィ。但し財布は上着のポケットですが」
「え、マジ?奢り?いやぁ悪いね、新八に倹約令出されてさァ」

銀時が沖田を離した。
ほんとに一体になっていたように、離れたと言うよりははがれたと言った様子だった。肌が痛い。

「…誰が」
「ん?」

歩きだした銀時を追いながら声を投げる。銀時は歩きながら少し振り返った。

「誰が、あんたに憎ませるんでィ」

それを、憎ませるほどの思いを、羨ましいとは思わないが。

「────秘密」

日に焼けた横顔が笑った。

 

始めは沖神の予定だった。銀さんは夏が好きだと思うけどね。
最近あまりにも暑かったので。

050703