花 陰

 

「…何してんでィ」
「…ほっとくアル」
「……」

満開の花を咲かせた木の下に、小さくうずくまった赤い花。
沖田は一緒に見回りをしていた隊士を先に返し、その木の下に潜り込む。陰になったそこは意外と涼しい。
合わせた膝に顔を押し付け、手放せない傘を傍に落として。少女は一度しゃくりあげる。

「…どうした?」
「ぎ、…銀ちゃんが」
「…」
「…わかんない、何をしたのか、何が悪かったのかわからないアル」
「…旦那が、何したんでィ」
「銀ちゃん、銀ちゃんに、叩かれたのは初めてアル」
「…旦那が?」
「きっとわたしが悪かったアル、だけどわからないヨ」

さわさわと頭上の葉が揺れた。花びらが振ってきて、神楽の頭につく。

「どうしよう、銀ちゃんに嫌われたら、行くとこないヨ」
「……」

小さな少女は顔を上げない。
自分とどれぐらい離れているのだろうか、沖田は見当違いなことを考えた。
姿かたちは同じだから日頃意識しないけれど彼女は天人であり、本質的に沖田とは異なる。沖田は彼女の種族について詳しく知らないので彼女が見た目通りの年齢であるのか判断出来ない。
風が吹くと花びらが散る。花の匂いなのか、青臭いような甘いような匂いが充満している気がした。
ただの陰であるのに、酷く閉鎖的に感じる。

「うちに、」

言いかけて沖田は手を伸ばし、神楽の頭から花びらを摘む。その時触れられた感じがしたのか、神楽がゆっくり顔を上げた。
花の赤い陰が神楽の顔にかかる。急に照ってきたようで、陰が色濃くなった。赤い目を細めて沖田を見る。
何故かそこでうろたえて沖田は指先から花びらを逃がしてしまった。

「あ…」

何か言いかけて、誤魔化すようにそのまま口付けた。一瞬の柔らかさ。
ふいをつかれた彼女は逃げもせず、離れてからも状況が理解出来ずにただ沖田を見つめた。まるい大きな瞳。

「神楽!」
「! 銀ちゃん!!」

傘も持たずに、神楽が陰の下から飛び出した。
真っ直ぐ声の主に向かって走っていき、その胸に飛び込んで彼をそのまま押し倒す。

「銀ちゃん、銀ちゃん!」
「あーはいはいわかった、俺が悪かったから」

しばらく沖田は呆然と、陰の下から彼らの足だけを見つめた。
何をしたのか考えていた。少し考え、足元の傘に目を落とす。それを掴んで陰の下から這い出た。今は何時頃だろうか、まだ夕刻には遠い。
銀ちゃん銀ちゃんと男を呼ぶ神楽の声を耳にしながら、沖田は傘をさして歩き始めた。一言理由を告げるタイミングを奪ったのはあっちだ。

花陰よりも傘の陰は閉鎖的な気がして、狭い世界に自分を隠し、沖田は少しでも早く彼女から逃げたかった。
そうしてずっと後になって傘がないことに気がついてくれればいい、そうしたら自分といたことを思い出すだろう。
今の彼女の世界に自分はいなくとも。

 

神楽偽物…

050316