流 し 雛

 

先日はわざわざ貴方方のお手を煩わせまして、本当にお手数お掛け致しました。このような形でしかお詫びが出来ないことをお許し下さい。勿論今後はこんな事にはならぬように致します。
さて梅の綻び始めたこの頃ですが、3月3日に流し雛のお祭りを行いす。先日のお詫びとして、貴方方も招待したく思っております。
お忙しいことでしょうが、是非少しでも顔を出して下されば嬉しく思います──────




そんな文が真選組に届いたのはつい先日。
土方は返事をしかねていたのだが、見つけた近藤は断るのは失礼だからとすぐに参加の返事をしてしまった。参加と言ってもまさか全員出ることは出来ない、局長副長は当然としてあとは隊長格が数名程度だろう。

(めんどっくせぇ…)

土方は近藤の返事の更に返事を見ながら、頭をかいて煙草をふかす。
かといって土方が出席するのは失礼だ、あの少女は何を思ってか土方だけ名指しなのだから。他の誰が行けなくても自分は行かなくてはいけない。

(あ〜…女って…)




*




「本日はお招き有難うございます」
「こちらこそ、お忙しいところここまで足を運んでいただいて大変嬉しく思います。───トヨは下がっていいわ」

先日の質素な着物とは違い、今日は上等な着物に身を包み、髪の飾りも春の日を受けて柔らかく反射する。背の低い梅の木の下で、お姫様は侍女を下がらせた。
局長は仕事の都合で残念ながら出席することが叶いませんでした、伝えるとそうですか、それは大変残念ですという簡単な返事が返ってくる。やはり目的は自分なのだろう。一緒に連れてきた隊士を下がらせる。

「…そよ姫はこちらに居ても?」
「今はあちらの演説がメインですのよ」
「本日は姫のためのお祭りでしょう」
「えぇそうね、女の子の為のお祭りなの。甘酒はいかが?」
「では少し」

小さな器に注がれた甘酒、口に近付けるとそれだけで口腔に匂いが広がる気がする。実を言うと苦手なのだが一口、唇を濡らす程度に。
何か言いたそうに、彼女はちらりと土方に視線を送る。
先日よりもずっと幼く見えた。衣装が浮いて見える。これが彼女の本来の姿だというのに。

「…流し雛は貴方の災厄をすべて持って行ってくれるそうですね」
「えぇ、ですから私は大丈夫」
「……」

そわそわする雰囲気が伝わってくる。
段々可笑しくなってきて、土方はふっと口元を緩めてしゃがみこんだ。しゃがんでしまうと少女の視線は自分より上になる。
見下ろされて髪が流れてきた。一房手にとって、さりげなく傍へ誘導する。

「少しの間だけですよ」
「え、」
「駐車場の一番手前の、黒い車。貴方も見たことがある車です」
「……」
「チャイナ娘がキレる前に行ってやって下さい。車壊されたら敵わないので」
「!!」
「但し誰にも見つからないように。あの娘を車から降ろすことも、貴方が長い時間そこに留まることも私は許すことが出来ません」
「はい、」
「いいですか、私は隊を潰すことは出来ません。もしばれるようならばあの娘を悪役に仕立て上げる他はない。あっちにも了解させてあります」
「はい、大丈夫です!」
「では気を付けて」
「あ、あのッ、有難う、私、」
「姫」
「わ、私、手紙だけでも渡せたらと思ってて…本当に有難う!」
「早く」
「はいっ」

走り出しかけて、それから少女は立ち止まって深呼吸をする。
振り返って土方に一例、落ち着いた足取りで、さりげなく駐車場へと向かっていく。先々で会う来賓と挨拶を交わし、焦っているだろうに落ち着いて少し雑談を交わし。

立派だと思う。自分が同じ立場なら、などと考えたくもない。
美しくも気丈に。

(ありゃ、花魁だったらいー女だ…)

何処からか聞こえる琵琶の音に耳を澄ます。
あちらで行われている宴会じみた騒ぎもそう長くは続かないだろう、今日の主役はお姫様だ。じきに彼女の出番となる。戻ってくるだろうか?
甘酒を胃に流し込む。

「…甘ッ」

 

アップ遅れたよ…。

050305