長 雨

 

「…うっとおしい」
「…まだ降り始めですから、長いと思いますよ」
「…」

ごろんと畳の上に寝転がり、沖田は大きく溜息を落とした。
さっき慌てて取り込んだ生乾きの洗濯物をどうしようかと山崎は難しい顔をしている。
母ちゃんかお前は。からかってやると拗ねたので笑ってそのままにしておいた。

「…暇〜」

煩わしい長雨に、沖田はもう諦めに似て言葉をこぼす。
空気は重く水分を含み、今日は上着も脱いだ。若干肌寒いが布も膨張した気分で不愉快だった。それでも梅雨の頃に比べれば大分ましでだが、かわりに指先が若干冷たい。

「…やですね、雨は」
「気持ち悪い」
「長雨はりん雨とか、淫雨なんて別名があってですね、りんってのはまんま長雨って意味で。雨に林って書くんですけど」
「いんうは?」
「淫は、長く続くこと。よくないことの深みへはまるような」
「お前頭悪いくせに物知り?」
「辞書知識ですよ」

しとりと部屋を湿気で満たす雨が降り続く。
庭の草木は雨色に光り、鈍い空は霧がかったようではっきりしなかった。

「───…俺は、もうあのままで俺は終わると思ってた」
「…」

山崎が覚えている一番古い記憶は雨だった。今日のような雨の日。
ひたひたと体に染み込む雨が、無情にも体温を奪っていく恐怖。

「雨はやみますよ、長くても」
「…」

沖田は山崎まで這って正座の膝に頭を預けた。一瞬戸惑ったようだが何も言われない。

「…いんってのは、なんのいん?」
「…あー…淫乱とかの、いん」
「変なの」

沖田は手を伸ばして山崎の頬に触れる。
そのまま手を滑らせ、耳の後ろを通って髪を掴んだ。髪の中は少し熱を含んでいて、体温の低い指先を温める。
山崎に体を曲げさせて、淫の雰囲気には遠い、一瞬だけの口付けを。

「…沖田さん」
「…こんな雨じゃやる気も起きねぇな」
「…」
「あたま痛い」
「あぁ…雨ですもんね」

可哀想に、山崎が頭を撫でてやる。猫のように沖田は目を閉じた。
天気が悪いと体の調子がよくない。気分の問題だと土方は言う。

「…どうせ降るならもっと降ればいいのに、嵐みたいに」
「沖田さんがいるのに嵐なんてこられたら大変ですよ」
「オイ」

頬をつねってやるとへらっと笑う。痛いですよなんて痛くなさそうに。

「…寒くないですか」
「少し」

山崎は体を伸ばして沖田の上着を引っ張る。引き寄せたそれを沖田にかけて、またさらりと髪を撫でた。
自分ぐらい冷えた指先が額に触れる。雨に体温を奪われたのは体の先端ばかりか。

「…暇」
「警察と医者は暇な方がいいんですよ」
「お前の手 冷たい」
「そうですか?」

山崎は手を離し、代わりに隊服に付いた髪を落とした。
離れてしまうと違和感に似たものも感じる。

「…山崎」

再び伸ばした手で頬に触れる。沖田さんの手も冷たいですよなんて笑う。

「暇」
「…おき」
「山崎ィィ!」
「ッ!」

びくんと山崎の体が反射的に跳ね上がった。浮いた膝で沖田にも衝撃が渡る。

「山崎ィ!」
「はっ…はいはいはいッ、今行きますーッ」

沖田を殆ど落とすように、部屋を出かけてから沖田に謝る。こっちのリアクションを待たずに山崎は部屋を出ていった。
雨漏りがどうだとか土方の声が聞こえる。畜生あのおっさん、後頭部を撫でながら毒づく。
うつ伏せになって両手を伸ばした。かすかに残る体温、雨音が戻ってくる。

「…」

もそりと上着を引き上げて布団代わりに頭に被り、腕の中に顔を伏せる。寝る気はなかったのでアイマスクは忘れてきた。
すぐ戻ってくるだろうか。しかし雨漏りは一カ所ではないかも知れない。

暇だァ。呟いても返す人はない。
雨が世界を占めて、閉じこめられたような気がする。

(…土方さんの部屋に穴開けてやろうか)

のそりと一度体を起こしてみる。しかしまたすぐにその場に伏せて寝る体勢に入った。

(頭痛い)

さっきまで痛くなかったのに。
生乾きの洗濯物の側で丸くなって、山崎が帰らなかったら迎えに行こうと思いながら目を伏せた。

 

辞書知識万歳。書きながら極自然に洗濯を山崎の仕事にしてることに気づきました。
他のネタでも洗濯物たたんでた(アップはしてないけどやっぱり沖山だった)。

050214