朝 寝

 

「今行きます」

障子の向こうで一瞬ためらった気配、
それに構わず山崎は既に脱いでしまった浴衣を足で布団に押し込む。廊下の気配は静かに離れていった。
周りは寝ているのでそれを起こさないよう布団をたたみ、ジャケットに袖を通して刀を腰に据えた。音をたてずに部屋を出る。もうそれにも慣れて、コツは戸を浮かせばいい。

ジャケットの前を留めながら土方の部屋へ向かう。
空はうっすら白んではいるが、起きているのは鳥と農家ぐらいだろう。
山崎はこの静かな朝の気配が好きだった。新しい太陽が急くように海から生まれる頃の張りつめた空気。
朝露がそれを反射するのはもう少しあと。冬は重たい霧が出る。夏はこの時間にはもう太陽は熱い。

「副長」
「入れ」
「失礼します」

お決まりのやりとりを交わし、山崎は障子に手をかけた。ここの戸は立て付けが悪く、スムーズに開かないのでひやりとする。
隊服姿ではあるがシャツのボタンはだらしなく開けて、土方が仏頂面で煙草をふかしていた。
布団がないのはついさっき帰ったばかりだからだろう、山崎はその気配で目覚めた。
酒の匂いもする。それに混じる、甘い残り香。

「ご苦労様でした」
「…嫌味か」
「いいえ、俺には出来ない仕事ですから」
「女買うだけだろ、教えてやろうか?」
「副長だから女が喋るんですよ。…布団敷きますか」
「いい、昼間寝る。澤田屋の親父が高杉っつー客連れてきたとよ。あんな目立つの連れて、捕まえてくれってか」
「呉服屋ですね。お望みならそうしてあげるまでです」
「布団要らねぇってんだろ。澤田屋と葛屋どっちがいい?」
「…葛屋って郭じゃないですか」
「俺が常連になってやらァ」
「それじゃ仕事にならないですよ。男は入りにくいし」

押し入れから布団を降ろしてそれを広げる。土方は顔をしかめたが、土方が昼間居眠りをしたら誰が沖田の昼寝を注意出来るのだと言うと黙った。

「まぁ情報量から考えて澤田屋だがリスクもでかい」
「それは構いません」
「俺は構う」
「…そうやって女口説くんですか」
「口説かれてェか。澤田屋だな、いつ出る」
「表向きはカタギですから昼間に」
「寝る、音たてるな」
「はい」

煙草を灰皿に押しつけて土方は布団に潜り込んだ。その灰皿を机に移し、その傍に正座で控える。
部屋から出ると障子がうるさいから、山崎は土方が起きるまで出られない。

煙草の煙が女の匂いを消した。
もう朝日は登りきったのだろう、背中を差す光が山崎の影を作る。眩しい。

「お休みなさい」

 

季語だということを忘れてたわけですよ。

050214