「人を斬ったネ」
「……それが?」
「別に」

傘をくるりと回し、神楽は前をゆっくり歩き出す。一定の距離が開くのを待って沖田も歩き出した。
真っ直ぐ、見えない足跡を辿るように真後ろを。

「血の匂いがするヨ」
「…へぇ、鼻が利く」
「でもお前に返り血はないネ」
「そんなヘマはしやせん」
「…フーン」

くるん。
目の前で傘が回る。

「…今日はひとりで散歩ですかィ」
「定春は昼寝中ヨ」
「そうかィ」

沖田は足を早めた。傘を掴んで引き止めて、その下に入り込んで小さな体を抱きしめる。
自分の知る女とは違う、その小さな体は戦うために出来ていて、言うほど華奢ではない。

「…おいおい昼間っから警察がセクハラとは世も末だな」
「旦那?」
「銀ちゃんならそう言うネ」
「……よく分かってんだな」
「…」

傘の下の小さなふたり。言っても自分だって小さな存在なんだろうと、大きな傘の下で気付く。
少女の腰を抱いている手でさっきまで刀を握り、彼女に言葉をかける口で挑発した。
神楽の肩に頭を預け、かすかな汗の匂いに落ち着く。愛しいと、何故かその時ばかりは思った。

「…どうした?」
「…あんたは人を殺したことはあんのかィ」
「のーこめんとアル。ポリシーの侵害ヨ」
「プライバシー。……じゃあ無関係のガキは?」
「……殺したのカ?」
「まだ生きてる、はず」
「……」
「…殺気のない奴斬ったのは、何でだったのか」

わからなくて。
メディアで叩かれるのは自分より真選組全体で近藤であり、痛手を受けるのも沖田ではない。どうにか上手くいっていた近所付き合いも各所での人間関係も、沖田ひとりが壊しかけているかもしれない。
崩れかけていた砂山に踏み込んだ。
何よりあの見開かれた瞳が、脳裏から離れないのだ。今までこんな事はなかったのに。

「…あんたよりも小さいガキだ」
「…へぇ、」

斬ったのが私ならよかったネ、少女は呟いて、ゆっくり沖田から離れる。
振り返ったときに傘を沖田にぶつけ、傘の骨と髪が絡まったのを少し笑った。無言のままそれを外して、目を合わせる。

「私だったらよかっただロ?」
「…もっとよくねぇ」

そんなことは一生赦されない。
神楽が沖田の手をとる。

「お見舞いは?」
「…行けるかって」
「じゃあ代わりに私が行くアル、花を買いに行くネ」
「……」

ふたりで歩き出して、沖田は何度か傘にぶつかりながら花屋へと辿りついた。

 

 


仕事の後に一番会いたくないのが神楽だったらとか妄想。

050407