「…ムカツク」
「…も〜…拗ねたってしょうがないでしょう!」
「拗ねてねぇ」
「はいはい」
「ッ…」

消毒液が傷口に触れ、沖田はびくりと肩をはね上げる。引き戻そうとする腕をしっかり捕まえ、山崎はなお傷口の消毒を続けた。
まくった袖から突き出た腕はあちこち傷だらけで、洗ってはいるものの中途半端なので余計汚れて見える。

沖田は最近知り合った少女と馬が合ったのか合わなかったのか、ちょろちょろと出かけていっては派手に喧嘩をして帰ってくるようになった。
時間無制限武器使用OKの荒っぽい喧嘩だが、勝負はいつも対等らしい。膨れっ面の彼は今日は犬に邪魔されたとかで、珍しく負けと言う結果だったらしかった。

「痛い、山崎!」
「ダメです!こんな傷だらけになって、何したんですか」
「…ゴミ捨て場に突っ込んだ」
「ッ…なおさらダメです!破傷風になっても知りませんよ!」
「大丈夫だって俺ァ死なないって設定なんだ」
「何スかそれ〜…」

よりにもよって瓶・缶の日にゴミ捨て場につっこむことないだろう。目立つ傷にだけでもと絆創膏を貼りながら、山崎は大きく溜息を吐いた。
子どもらしさでは花丸の元気のよさだが、真選組の、しかも隊長がこれでは困るのだ。

「…それで、また上着破いたんですか?隠さないで出して下さいよ」
「それが」
「それが?」
「どこにあるやら」
「……」

絆創膏を貼りかけた手が止まる。ちらりと沖田を見れば、悪びれた様子もなく飄々としていた。黙ってさえいれば可愛いものを。
頬にも傷を見つけ、もしやよそのお嬢さんを傷つけてやしないかと不安になる。

「…あとで探してきて下さいよ…何故か俺が怒られるんですから…」
「気が向けば」
「…」

弟のような上司というのは時に残酷だ。

 

*

 

「チャイナ娘!」
「お前もしつこいネ、好きなら好きと言うアルヨ」
「それはこっちのセリフでィ」

言うが早いが跳ねてきた弾丸を身軽に避ける。
彼女が肩に羽織っているのは、どこで見つけたのか沖田の上着だ、少女には若干サイズが合わない。
重さを感じさせない凶器、大きな番傘を担いで神楽は沖田を鼻で笑った。すかさず刀を抜いた沖田が走り、走り出した神楽のあとを追う。体が軽いのは、いつもは着込んだ上着がないせいではないだろう。
気付けばふたりは人気のない河原に出ており、傘を差した少女は器用に石の上を飛び回る。
沖田が神楽を川の方へ追い込んだ。神楽の傘は接近戦では威力を欠く。但し狙われた場合には弾が当たる確率が高くなった。
どういう仕組みなのか、銃弾の飛び出す傘は、普段は日傘だ。その傘を神楽が構える。

来ると思った一瞬、沖田は刀を下から払う。傘の先が狙いからずれる。刀がそのままの勢いで走り、切っ先が神楽の腕に触れる。
はっと気付いたときには遅く、刃は閃いて少女の腕を傷つけた。振り切った刃先は頬までかすめる。
しまった、神楽は顔を歪めてすぐに足を引いて構えた。片足が水の中に沈み、重い上着が肩から落ちて水面を占める。

「すまねぇ!」
「あ?」

首元からスカーフを引き抜き、沖田は神楽の手を取って傷口に巻き付ける。とっさに放り出してしまった刀を鞘へ戻し、呆気に取られて動けない神楽を肩に担ぎ上げた。

「わっ…何するネ!降ろせ!」
「暴れないで下せェよ!傷口の消毒しねぇと」
「…何言ってるアル、私こんな傷」

沖田が走り出してバランスを崩し、神楽は慌てて沖田のシャツを捕まえる。
…どうせならお姫様だっことは言わないからおんぶぐらいすればいいのだ、荷物扱いの神楽はふてくされて黙りこんだ。
腕に巻かれたスカーフにはじわりと血がしみているが、傷はそのうち塞がるだろう。走りに合わせて揺れるスカーフの端を見ながら、腰にしっかり巻き付く腕の体温に身を任せる。

ついた先は真選組の屯所だった。
沖田は門前に立っていた隊士に適当に挨拶をし、数歩戻って山崎の場所を聞く。

「あっ、ここからは出ていってないです、けど」
「そうかィ」

あいつはじっとしてないからなぁと自分のことは棚に上げ、沖田は少女を担いだまま中へ駆け込んでいく。

「…彼女だと思うか?」
「…つか…あれ花見のとき喧嘩してたチャイナじゃないか?」
「隊長もなかなかやるな…」

 

*

 

やっちまった。
沖田は縁側に腰を落としてゆっくり息を吐く。神楽は有無を言わさず山崎に預けてきた。何か言いたげだったのはなんだろう。
…指先が震えている。何人も斬ったことはあるのに、こんなことは初めてだ。

「あのぅ、隊長」
「…」

ぺたぺたと足音が帰ってきた。山崎は足音をさせないので神楽の足音だ。

「…何でィ、説教なら後で」
「コレ」
「…」

山崎が差した指の先、洗われた神楽の腕には傷ひとつない。血を拭いた頬も同様だ。

「私夜兎アル、あんな傷すぐに治るヨ」
「…」
「夜兎?珍しいね…それでか、隊長と対等にやれる子なんて早々いないもんね」
「…何でィ、夜兎ってのは」
「天人ですよ。戦闘種族とか傭兵種族とか言われてますね。身体能力や反射神経が発達してると言う特徴があるだけだと思いますけど」
「パピィもマミィもみんな強いアルヨ」
「…ずるい」
「…」

沖田の一言に神楽が一瞬目を見開き、そして露骨に顔をしかめた。

「お前に何が分かるネ」
「あっ、神楽ちゃん」

くるんと体を翻し、神楽はあくまで気丈にその場を去る。拗ねた沖田に山崎は大きく溜息を吐いた。
沖田はごまかすようにしばらく庭を睨み、そうかと思えば素早く身を翻して走り出す。曲がりながら転けそうになったのに山崎が息を飲んだ。本人はと言えば一瞬床に手をついて持ちこたえ、それどころではないとばかりに消えていく。

「…世話が焼ける…」

しかし、あの少女は夜兎だったのか。
土方が言っていたのは事実だったようだ。てっきり酔っぱらいの戯言だと思っていたのに。

「…何も出ないと思うけど、洗ってみないとなぁ…」

こればかりは沖田には話さない方がいいだろう。
戦闘種族と呼ばれる彼らは、その殆どが江戸で役人やカタギではない者に従事している。彼女が夜兎だと分かった以上、その可能性がゼロではない限り、少なくとも屯所への出入りを許すわけにはいかなかった。

(…ま、あの万事屋さんのとこにいるんだから身元は確かだし、何も出ないか)

それは若干希望を含んだ推測。

(あの人は苦しんじゃいけない人だから)

また甘いと土方に怒られそうではあるけれど、沖田は浅かれ深かれ心に傷を負ってはいけないと思うのだ。あの人は脆い。

「…仕事増えたなこりゃ…」

 

*

 

とても徒歩とは思えない速度でふたりはまっすぐ歩いていく。
神楽の足の早さに多少焦りつつ、それを表に出さないよう沖田は足を早めた。

「チャイナ!」
「ついてくるなヨ!」
「何であんたが怒ったか知らねぇけど!」
「しつこいアル」
「俺はあんたを傷つけたいわけじゃない」
「…」

ぴたりと足を止めて神楽は振り返り、ふたりは向かい合う形で互いを睨む。

「…まもれたらと思うけど」

不器用な両手を背中に隠した。神楽の表情からは何も読めない。

「…治ったけど痛かったアルヨ」
「すまねぇ」
「お詫びに送らせてやるヨ」
「…」

撤回の言葉がすぐ喉まで出かかった。
ぐっと飲み込み、隣まで歩く。

「どこまで送りやしょう」
「うちまで!」

 

 


山沖とかじゃないですよ。
沖田は真選組内でおもくそ甘やかされてればいいと思う。

041127