泡
ふわん、と沖田の視界に何かよぎった。
視線を巡らせ、赤い傘。「何してんですかィ」
「しゃぼん玉アル。駄菓子屋のおばちゃんがくれたヨ」ふわん、と虹色に回るしゃぼん玉。
ふわふわと風に流され、遠くへ遠くへ行く途中で弾けて消える。「…なんだ、お前か」
「誰か分かってから返事してくだせェ」
「私に声かける男沢山いるヨ」
「もてるんですねェ」
「私が可愛いからアル」
「はいはい、可愛いですぜィ。道端であぐらなんてかかなきゃもっと可愛くなりますぜ」
「ほっとくアルヨ」
「…しゃぼん玉の歌を知ってますかィ」
「知らないアル」
「悲しい歌でさァ」ふわん、宙を漂うしゃぼん玉を目で追った。神楽の表情は傘で見えない。
「歌えヨ」
「音痴ですぜィ」
「いいから」
「他の誰かに歌ってもらって下せェ」
「ケチ」
「…好きと言ったら歌ってもいいですぜィ」
「絶対嫌アルヨ」
「ケチ」またしゃぼん玉が飛び立つ。くるくる、風に乗って空へ。
視線で追えば、目に入るのは天人の船。「…お嬢さん、好きな人はいないんですかィ」
「銀ちゃん」
「へぇ」
「銀ちゃんはあんたと違って優しいアル」
「それで」
「…それでって?」
「じゃあ俺のことは嫌いなんですかィ」
「嫌いじゃないアルヨ」しゃぼん玉が沖田の方に流れてくる。真上で弾けて頬に液が飛んだ。
「でも時々嫌いアル」
「じゃあ時々好きなんですかィ」
「好きに思うヨロシ」
「じゃあ好きなんですねィ」
「さぁな」
「それで十分でさァ」
「…お前は私が好きアルか?」
「…どうだったら満足ですかィ?」
「好かれてれば嬉しいヨ」
「じゃあ好きってことで」
「……」ざあっと草をなでる大きな風が過ぎた。
しゃぼん玉は流れる前に風の強さで弾けてしまう。「それうちにきてやりましょうぜ」
「何でヨ」
「もっと作って山崎のミントンでやるんでさァ」
「…それは面白そうアル」
「行きやすか?」
「行ってもいいアルヨ」
「そんじゃ行きましょうや」お嬢さんお手をどうぞ。
やっと隣に立ち、しゃぼん液で濡れた手を取った。
片思いじゃないんでさァ。
040830