チャイナブルー

 

 

お前は余計な物に触るな、と土方が耳にたこが出来るほど怒鳴ったせいではないが、沖田は目の前に陳列する商品に一切手を触れなかった。と言うよりも何となく触れたくなかったのだ。手に触れてまで見たい物ではなかったし、何より、近藤には悪いが男として堕ちてしまうような気がした。

近藤が出掛けると言うので付いて行った先は、若い女の子ばかりが目立つ装飾小物屋。もう夏だからと贈り物をするらしい。根拠は不明だ。店はそれなりに繁盛していると見え、近藤のような男がひとりでかんざしだのくしだのと真剣に見比べていても気にする者はいない。それでも男の割合も少なく、沖田は出ようかと思ったが冷房が効いているのでもう少し涼むことにした。

「…近藤さん、どうですかィ」
「むー…お妙さんには何色が似合うと思う?」
「さぁ」
「ううん…あんまり赤や黄色やってのも子どもっぽいかな…」
「お妙ってのはまだ18だろィ?ガキだぜィ」
「何、年などは関係ない。彼女は弟とふたりで道場を再興しようとしている、志の高い立派な人だ。総悟だってそう年は変わらないだろう」
「…」

俺は別だ、と言いかけてやめた。自分は子どもだと認めてしまうような気がしたのだ。近藤はまたあれこれ手に取っては唸り続けている。受け取ってもらえるかどうかも危ういというのに、そうも真剣になれるのが沖田には不思議だった。

まだしばらく近藤は動きそうにないので、ふらふらと店内を歩き出す。玩具のようだと品を見るが、大体がそこそこに値が張る物だ。レジから五千幾らになります、なんて声がして、自らの耳を疑った。女と言うのは分からない。何を飾ったって対して変わらないのだから旨いものでも食えばいいと沖田は思う。

自分の身近な女と言えば姉ぐらいで、母にカウントは要らないだろう。女ではあるがこんなものに喜ぶ年ではない。姉が確かにこういう物が好きだ。いつだか踏んで壊したことがあり、ほったらかしていた自分のことは棚に上げて馬鹿に怒鳴るから、更に何かをわざと壊してやったような気がする。その後は確か沢庵に捕らえられた武蔵の如く一晩木につるされた。 他に女はいなかっただろうか。近くの子どもと遊ぶが、そこに混ざる少女にこれらはまだ早いだろう。遊んでいるうちになくしてしまうに決まっている。

「あっ、指輪も綺麗だな…でも指輪はまずいか?いやでもな…どうせだったらちゃんとした…」
「…」

何か近藤は深読みしている。自分でも受け取ってもらえないことを思いつきそうなものだが真剣だ。いや、分かった上でそうなのだろうか。沖田にはまだ分からない。

そもそも近藤は割と一途で、それ故にふられてしまうことが多い。だけど好みが一貫しているのか、貢がせてポイ、と言うような悪女には引っかからないのだ。今回のようなある意味悪女な女にひっかかったのは初めてだが。 土方がそれと対極かもしれない。黙っていても女は寄ってくるらしいが選り好みし、たまに騒ぎになったりするが土方は調子に乗っている嫌いがある。他の隊士達は稀な彼女持ち以外は基本的に女欠乏症だ。山崎は山崎で謎である。あんな間抜けに彼女などいるまいと誰もが思っている中で、何人かの女と歩いていたりする。

さて自分はと考えれば、周りが成人した(もしくはしすぎた)男ばかりであるから自然と成人した女ばかりが身近になり、ひとり未成年の沖田は女達の格好の玩具だ。男としてはてんで相手にされない。

(…あ)

ふと目についた赤。沖田には全部同じに見えるが、細工などがそれぞれ異なる髪飾りは色別にまとめて並べてあった。その赤ばかり集めてある辺りがやはり目立つ。同時に思い出したのは、あまり思い出したくない女のことだ。

(…あいつもこんなのとは無縁だな)

いつ見てもきっちり髪をまとめてはいるけれど、変化はないので慣習のように思える。赤で連想するのはあの少女の服のせいだろう。異国の少女は沖田より幾らか年下であろうが、口ばかりは一人前だ。 そう言えばしばらく会っていない。会いたくないけど、と顔をしかめて、その前を通り過ぎた。ふと目に入ったのは青い飾り玉の付いたかんざし。店の照明を受けて光る様子に思わず足を止める。思わず手を伸ばしかけ、

「あっ!それいい!」
「!」

近藤が後ろからぶつかるようにやってきて、沖田の指先に一瞬触れたそれを手に取った。沖田ははっとして浮いた手に気付き、すぐに手を後ろに回す。

「なぁ総悟、お妙さんに似合いそうだと思わないか?」
「…さぁ、いいんじゃないですかィ」
「よーし決めた」
「…」

かんざしを手に近藤はレジに行ってしまう。沖田は何となく溜息を付き、また並べてあるのを眺めるが同じ物はないようだ。よくもまぁこんなに種類があるもんだと呆れながらも感心する。目を引く物はもうなかった。

 

  *

 

「お祭り?」
「はい、銀さんが太鼓叩く仕事頼まれて、少し遠いんだけど」
「そう、折角だけど私は仕事だわ」

新八は取り込んだ洗濯物を畳み始める。隣の部屋で妙は仕事の準備を始めていた。今日もまたあのゴリラが来るんだろうか、若干うんざりしながら帯を締める。

「あなた達はどうするの?」
「一応付いていこうと思って。神楽ちゃんが射的やるって張り切ってて」
「そう、…あ、そうだわ、神楽ちゃん浴衣着ないかしら?」
「浴衣?」
「この間衣替えしてたら子どものときのが出てきたのよ。丁度神楽ちゃんにぴったりぐらいだと思うんだけど」
「聞いてみます。服を変えたぐらいじゃ大人しくしてくれないでしょうけどね」
「さぁ、わからないわよ?女は着物ひとつで変わるんだから」
「お妙さーん!」
「…」

来やがった。妙の声に新八は苦笑する。 うちの前で大声を張り上げる近藤もいつもよく懲りないものだ。恋は盲目にしてもいくらか極端すぎる気がする。妙が玄関へ走っていくのを見ながら新八は立ち上がった。

「近藤さん」
「あぁっお妙さん!いやぁ今日もお美しい!これからお仕事ですか?」
「あなたは今日もいらっしゃるおつもりなの?」
「それがですねー、今夜は仕事がありまして」
「あらそれは嬉しいわ」
「…」

ばっさり切り捨てられ、流石に近藤も硬直する。しかしすぐに復活し、妙は心中で舌打ちをした。

「これですねッ、たまたま見かけたものですがお妙さんによくお似合いだと思って!」
「…何です?」
「あ、かんざしなんですが」
「…」
「是非お使い下さい!それでは私は急ぎますので」
「お急ぎなのにこちらに?」
「はは、そうです。これから祭りの見廻りなんですが、その前にどうしても一目お会いしたくて」
「…」
「では!」

ほんとに用件を告げただけで、近藤はすぐに行ってしまった。忙しいというのは本当なのであろう、そう長く知っているわけではないがそれぐらいはわかる。
受け取ってしまったものを見下ろした。普段渡される物はあまり受け取らないようにしていたのだが、あっという間で返す暇もなかった。

(かんざし…)

綺麗に贈り物用に包装された包みを開きながら部屋へ戻る。受け取ってしまったのだから返すわけにもいかない。出てきたのは黒塗りの軸に青い飾り玉のついたもので、あまり高いものではないようなので貰っておくことにする。その辺りは近藤もわかっているのだろう。

「近藤さんは?」
「帰ったわ。今日はお仕事ですって、清々するわ」
「神楽ちゃんに電話してみたんだけど、すぐ来るって。姉上時間大丈夫ですか?」
「そうね、今からなら…もう来たみたい」

外からわん!と犬の鳴き声、聞き慣れたそれに新八は慌てて庭へ飛び出した。

「ちょっ、神楽ちゃん定春連れて来ちゃったの!?場所ないよ!」
「使ってない道場にでも入れればいいアル、大丈夫トイレはすませてきたから」
「床が傷だらけになるだろォォ!」
「あらあら、神楽ちゃんそれはちょっと困るわ。大事な道場なのよ」

庭に入ってきた定春を撫でて、背中から降りてきた神楽に注意する。
定春は庭で待たせることにして、妙は神楽と部屋へ入った。妙の見せた浴衣は紫陽花を散らせた青。普段着ることのない色味に神楽はどきどきして生地を撫でる。

「さぁ神楽ちゃん服を脱いで。新ちゃん、へこ帯知らない?」
「浴衣と一緒になかったんですか?あ、近所にあげたんじゃなかったっけ」
「あぁそうだったわ…でもどっちにしろ神楽ちゃんの年ならへこ帯じゃ幼すぎるわね、慣れないだろうからと思ったんだけど。神楽ちゃん帯は何色がいい?青と黄色…この赤じゃ少し長すぎるかしら。新ちゃん巾着探してきて!」
「はいはい。下駄は?」
「あ、そうね…神楽ちゃん下駄は大丈夫かしら?一応探して」
「はい」
「これ、アネゴが着てたの?」
「そうよ、神楽ちゃんにあげる」

服を脱いだ神楽に浴衣を羽織らせ、脇の下の違うところに手を入れたのを直させる。前で合わせて一度縛り、背丈に合わせてお端折りを作る。
神楽が緊張した表情で妙の手元を見ているのに気付き、ふっと笑って帯を巻いた。帯は赤で裏地が黄、少し大人じみたやり方で帯を途中で折って色を返す。幼い頃妙が気に入っていたやり方だ。

「ちょっときついかしら?」
「大丈夫アル」
「…さぁ、出来た。よく似合うわ」
「ほんと?鏡!」

走り出そうとした神楽はすぐに顔をしかめた。いつものように足が開かないので動きにくい。

「歩きにくいヨ」
「私は慣れてるけど…嫌だったかしら?だったら脱いでもいいわ」
「…ううん、結構好きアル」
「よかった。姿見なら私の部屋にあるわ」

妙の部屋に移動して、全身を見た神楽はぽっと頬を紅潮させた。じっと鏡を覗き込み、回って背中を見たりしながらにやにやする。その様子を笑って妙は鏡の前に座らせた。

「折角だから髪形も変えちゃいましょう」
「アネゴと一緒がいい」
「私みたいに?────あ、そうだわ」

懐にしまっていたかんざしを取り出して神楽に見せた。先ほど近藤に貰ったものだ。

「綺麗」
「…これ神楽ちゃんにあげるわね、お団子にしちゃいましょう」
「いいの?」
「いいの、使う気ないし」

神楽の髪を解いて櫛を通した。癖がついていたのを霧吹きでならす。

「神楽ちゃんの髪の色は綺麗ね」
「アネゴも綺麗ヨ」
「ありがと」

髪を結う様子を鏡の中で覗いて、神楽は嬉しそうに鼻歌など歌い始める。妙もほほえましく思って笑った。

「そうだ、近藤さんお祭りの見廻りって言ってたから、同じところかもしれないわね」
「え?」

 

  *

 

「山崎!」
「え?……あ、神楽ちゃん?」
「この私を忘れたアルカ」
「ち、違うよ。君みたいなインパクト少女忘れられない。雰囲気全然違うから」
「可愛いダロ?」
「うん」

照れたように神楽が笑い、思いがけない様子に山崎は意外に思って彼女の頭を撫でる。普段と違う浴衣姿に、ひとつに結ってかんざしを差していた。夜のためか、いつもは必需品の傘もない。

「少し遠いけどこんなところまで?」
「銀ちゃんが仕事で太鼓叩くアルヨ」
「へぇ、あの人なんでもしますね」
「丁度いいアル、財布が迷子になったところネ」
「…え?」
「お前どうせひとりダロ?可愛い私が一緒に歩いてやるヨ」
「いや…俺私服だけど遊びに来てるわけじゃ…」
「あ、綿飴!さっき銀ちゃんに殆ど取られたアル!」
「…そんなに持ち合わせないんだけどな…」

まさか経費で落ちないよなぁ。山崎は溜息を吐きながら引っ張られて行く。 ピンクに着色された綿飴の代金を払って、更に人混みを歩く神楽についていった。まぁ…男ひとりで歩いているよりはましだろう。兄妹ぐらいには見えるかも知れない。

(いや、それはないか。あのピンクの頭じゃ)
「…山崎、今日はひとりアルカ?」
「え?ううん、目立たないようばらけたけどどっかにみんないるよ…あ、」

そうかと思い当たって神楽を見る。普段と違った印象だったのは着物や髪型だけじゃなく、薄くではあるが化粧もしている。彼女自らとは考えにくいから恐らく妙がやったのだろう。

「…神楽ちゃん今日は可愛いね」
「私はいつも可愛いアルヨ」
「うん…沖田隊長、多分矢倉の辺りにいるよ」
「…な…なんであいつが出てくるアル」
「さぁ?」

山崎が堪えきれずに笑うとすかさず蹴りを入れられた。手抜きのない攻撃に山崎の笑みは消える。

「あっかき氷!山崎!」
「え、かき氷は止めようよ、あれ家でも食べれるじゃん」
「何それ」
「知らない?家庭用のかき氷器」
「知らない!」
「今度あげるよ、うち誰も使ってないし。みんな存在知らないんじゃないかな〜、何年か前商店街の福引きで当たった奴」
「ふーん…じゃあ焼き鳥!」
「…あ、でも美味しそうだな…俺の分も」
「鳥ー!」

既に焼けたものを、屋台の人がたれをつけて焼き直す。いい匂いがするのに山崎と神楽は顔を見合わせて笑った。

「お、山崎発見。金貸してくれィ」

声に振り返ると、んっ、と沖田が手を突きだしている。縞の浴衣姿の彼は今矢倉の辺りにいるはずだが、元より彼にじっとしていろとは無理な注文だ。

「局長に貰ったお小遣いはどーしたんですか」
「あーあれ実は落としちまって」
「何ですかその手にいっぱいの食料の残骸」
「いいからぐずぐず言わずに貸しやがれ」
「嫌ですよ!あんた絶対返さないから!」
「兄ちゃん鳥焼けたよ!」
「あ、どーも!…あれ?神楽ちゃんは?」
「…チャイナ?」
「さっきまで居たんだけど…焼き鳥いーのかな」
「俺が食いまさァ」

山崎の手から串を奪って、沖田はそれに齧り付く。口の中に広がるたれを堪能しながら視線を配った。

「…いた」
「え?」
「ちょっくら任せたぜ、つか捨てといてくれィ」
「やっぱり!」

強引に山崎にゴミ類を持たせ、沖田は焼き鳥を咥えたまま人混みの中を器用に走り出した。ピンクの頭は一瞬振り返り、慌てて人に紛れていく。その後ろ頭に見えた青。

(かんざし)

小さな体で彼女はすいすいと人並みを行く。沖田だって雑踏を行くのには戦地で慣れた。焼き鳥を口に押し込んで串は何処かに放る。

「あ」

一瞬聞こえた短い悲鳴、神楽がぐらりと体制を崩したのに慌てて足を早めた。彼女が転ぶ前に浴衣の襟をぐっと捕まえる。

「あ」
「気を付けなせェ」
「…何ヨ」
「何で逃げた」
「知らないヨ」
「…浴衣」
「……」

沖田は今気付いた様子で、神楽を離して一歩引いた。神楽がたじろいで足を引く。見慣れない新鮮な様子に沖田は戸惑い、何故か少し、困った。

(…普通の女みたい)
「…用がないならさっさとどっか行くアル」
「お前がどっか行けよ」
「……」
「…あ」

神楽が顔をしかめたのが気になり、何となく沖田が視線を落した先。下駄の鼻緒が切れている。それでこけそうになったようだ。沖田は持っていた手拭いを裂いて、神楽の髪からかんざしを抜いた。何、と戸惑う彼女の足元にしゃがみこみ、鼻緒の切れた下駄を脱がしてその足は膝をついた自分の腿に載せる。切れた鼻緒を抜き、手拭いを縒ってかんざしで穴に差し込んだ。

「あれ、あんた足痛くねぇのかィ?えらいことになってんぜ。よくこれで走ったな」

神楽は沖田のつむじを見下ろしながら、何となく体が火照ってくる。これじゃあまるで、

「よし。ほれお嬢さん、」

下駄を丁寧に履かせ、沖田は足を地面に下ろした。自分も立ち上がると神楽は俯いて黙り込んでいて、困ってかんざしを手の中でもてあそぶ。

「…このかんざし」
「かんざし?」
「どうしたんでィ」
「アネゴにもらったアル」
「アネゴ?」
「新八のお姉ちゃん」
「あぁ……『お妙さん』」
「そう」
「…ハハッ、」

沖田が破顔して、その気の抜けた表情に戸惑った。何がおかしいのか分からないというのもあるが、何よりそんな顔を見たのは初めてだ。否、自分たちはお互いの顔など良く知らないんじゃないだろうかと思った。いつも出会うとハイペースで時間が過ぎる。今日は何故か、時間の流れが緩やかだ。

「これは今あんたのモンか?」
「そうヨ」
「へぇ」

かんざしの飾り玉に唇で触れ、沖田は笑う。無意識らしいが、何をするのかと怒ろうと思ったのに出来なかった。

「そりゃよかった、」
「へ?」
「あんたにやろうと思ってたんでさァ」
「…な…なんで」
「そりゃ、似合わねェって笑ってやろうと思ったんでさァ。でも、」

神楽の髪に慎重にかんざしを戻し、その近さに神楽は緊張する。

「似合ってらァな」
「…当然ヨ、私みたいに可愛い子は何だって似合うアル」
「自分で言いやがって」
「あ…そういえば山崎は?」

途端に沖田が顔をしかめた。憎憎しげに、あんなのは知らねェと吐き捨てる。

「焼き鳥ー」
「…ンなモンぐらい、俺がおごってやりまさァ」   

 

  *

 

(…あれ?給料日いつだっけ…)

畜生、と傷む財布を撫でながら沖田は神楽を見下ろした。両手のりんご飴に、見ているだけで頭が痛くなってくる。…何にせよ、上機嫌であるようだから構わないが。

「…なんたって今日はそんな格好してるんでィ」
「アネゴのお下がりアル」
「ふーん…」
「あ、太鼓ってどこでやってるアルカ?」
「太鼓?あぁ、矢倉のあたりか。でも終わってやしたぜィ」
「えー、なーんだ。銀ちゃん見たかったのに」
「……」

そういえば銀髪が居たかもしれない。沖田は舌打ちをする。結局彼女はそこへ戻ってしまうのだ。世の女の子に賛否の分かれる真選組、その気になれば女なんかに苦労はない。なのにどうして、こんな子どもが気になるのか。自分だって子どもと言えば子どもだが、その種類は違う。

「……何見惚れてんだヨ」
「誰が。あんた和服で過ごしたらどうでィ、胸の大きさが目立たなくていいぜィ」
「大きなお世話ネ!まだまだ発展途上アルヨ!」
「まぁそういうことにしときやしょう」
「あ、そういえばお前ら仕事だったのカ?」
「ん?あぁ…一応な。今回はただの見廻りだからオフも同然でィ」
「フーン。大変ネ」
「……でも、あんたに会えるんならお釣りが来る仕事だぜィ?」
「!?」

からかうつもりで顔を寄せて笑ってやると、神楽はばっと離れて頬を押さえた。袂がなびいて彼女の動きの邪魔をする。

「え、」

ぱっと染まった神楽の頬に、あ、とぎこちなく沖田も照れてきた。足の先からつむじまで、ぞくりとした緊張感が走り抜ける。

「神楽ちゃん?」
「!」

肩を跳ね上げて神楽が振り返ると、来たときは一緒だった新八が立っている。彼はやっと見つけた、と溜息をついた。

「探したよ。銀さんあっちで待ってるから、」
「帰ろう!」
「え?銀さん今から出店回るって」
「足痛いアル!帰りたい!」
「あ、下駄やっぱり痛かった?とりあえず銀さんのとこに…あれ、真選組の」
「早く帰るアル!」
「わ、ちょっと!」

沖田の側から逃げ出すように、神楽は新八の手をとって走り出した。一瞬伸ばしかけた手を、沖田は握りこんで体の横に戻す。

「…なんだあいつ」

胸の中にイライラが溜まってくる。自分からは沖田に触れないくせに。そう思ってから首を振った。これじゃあまるで、

(…女って、化ける)

いつか土方の言っていたセリフだ。その頃はどういう意味かは理解していなかったが、今ありありと分かった気がする。

(女って、ズリィ…)

高みから男を見下ろすようだ。畜生、と、神楽の行った方とは逆に歩きだす。

 

 

これじゃまるで、恋のようだ。

 

 

080329再録