body and soul


「……」
「…どうしたの?」
「あ、いや!!」

竜太ははっとして、慌てて目の前で手を振った。昨日話した茶店で待ち合わせをして、どうも乗り気になれなかった山崎は遅れたのでそのせいかと悪い気がして隣に座る。

(つーか、昨日の今日にとかどうよと思うけどね…)
「…昨日と同じ着物だなと思って」
「…(誰かさんのせいでラブホから直行だし) 昨日あんまり着なかったしね」
「…キスマーク」
「………(あのマヨネーズバカ…)」
「…彼氏いるんだね」
「か…彼氏って言うか」
「違うの?」
「────…彼氏」
「……」

そうだ、これでいいや。山崎は自分に納得させて、お茶で口を湿らす。このまま会わなくなれば────

「あっ、でも、友達でいいからこれからも会ってくんないかなっ!」
「…………ウン」
「よかった…」
「……」

子犬のような男だと思う。ころころと表情がよく変わる。そうだ、こんな男だった。 ────こんな男が、何故レジスタンスなどやっているのだろう。

(…どっちかっつーと副長のんが悪役だよなァ…蛇とか爬虫類っぽいし)
「ところでさー、俺何か視線集まってる気がするんだけど」
「…刀のせいじゃない?」
「あぁ…俺今まで田舎にいたからけっこう下げてる人多かったんだけど」
「江戸じゃそんなの下げてるの役人か、…テロリストだから」
「そっかー」
「…何に、使うの?」
「…刀 嫌い?」
「暴力は嫌いだな」
「……」
「────何でこっちに…」

山崎ははっとして口をつぐむ。彼を友人として見れていないのは土方じゃない、自分だ。誘導尋問のようだ、こんなこと。途中でやめた言葉は、それでも文意を読まれてしまう。

「江戸に?…兄貴が死んでさァ、ま、出稼ぎみたいなもん?」
「…そうなんだ、お兄さん…」

青木────少し前に、何処かで見なかったか。踏み込んだ先の、テロリストグループの中に…

「あ…」

自分が斬っていたら?ぞくりと背中に悪寒が走る。ぐらりと足元から崩れていくような気がした。いや待て、気のせいかもしれない、きっとそうだ。 ふっと道を歩く人の中に、沖田を見かけた。見廻りの最中なのだろう。何気なく見ていると隣を歩いているのは、土方。少し視線を外すと沖田と目が合った。気付いたようだが捜査中だと思ったのか、それきり目を逸らす。
街を行く隊服姿は異様だ。天人の服に似せて作られた黒の異装。

「────あれって真選組?」
「え?あ、そう…」
「ふーん…あんな若い奴らなんだ」
「色んな人がいるみたいだよ。内部のことは公になってないからよくわかんないけど」
「真選組来るんだ?」
「…来るよ、天人も、人間も」
「…ふーん」
「……」

何でそんなこと聞くの、とは聞けない。言われてしまう気がする。この期に及んで彼がただの空似だと思いたい。   

 

 

*

 

 

「何でィ、監察の奴が山崎が戻らねェって騒いでたけど仕事してんじゃねーか」
「…それは遠回しに俺を責めてるのか?」
「まさか。俺ァ遠回しなんてまどろっこしいことは嫌いなんでさァ、つーわけでハイハイーこの人強姦魔だから近付いちゃ駄目だよ〜孕ませられるよ〜」
「ざけんなコラァァ!」

沖田の拡声器を奪って傍のゴミ箱に投げ捨てた。あーあ、今日は燃えるごみの日だぜィと沖田が言うのも、うるせェと一言で切り捨てる。

「…何でィ、機嫌悪いじゃねーか。さては山崎月モノだったな?」
「童貞がわかったクチ利いてんじゃねーぞ」
「だってあんたが山崎と一緒で次の日機嫌悪いなんて俺が邪魔したときぐらいだろィ」
「わかってんならするな!」
「社会勉強」
「おエラさんに廓にでも連れてってもらえ」

もう何本目かの煙草に火をつけて、土方はいらいらとそれをふかす。どうも土方がいつもと様子が違うのに沖田は顔をしかめた。

「さてはあんた、山崎に捨てられたな?」
「誰が!」
「んじゃ浮気だ」
「違ェ」
「ははーん、こりゃ土方さんがマヨプレイ強要したり縛ったりしてるからだぜィ」
「身に覚えがねェよ!」
「どうしたってんだィ、昔からの仲間じゃーん、相談したまえ土方君」
「色々混ざってるぞ。浮気なんかしてもされるか」
「ふーん?まぁホモのことなんざ俺にゃわかりやせんが」
「ロリコンにわかってたまるか」
「わかってねーな、土方さんがあいつを相手にしたらロリコンになるけど俺ァセーフでィ」
「あぁそうかよ。…ほら、近藤さんだ。何か強請ってこい、とにかく俺に付き纏うな」
「まぁいいや、あとで山崎から聞き出せばいい話だ。近藤さーん」

店先でうんうん唸っている近藤を見つけ、沖田は駆け寄っていく。お妙さんに何かと贈り物を探しているらしいが、基本的に近藤は恋愛の観点がずれているのでその辺りのセンスも微妙だ。更に沖田がちょっかいをかけているのでどうなるかわからないが、どう足掻いてもあの女は近藤には振り向かない気がするので同じことだろう。振り向かないだけで、惹かれているだろうとは思うが。

(…さっきのが青木竜太か)

煙草をふかしながら見廻りを続ける。沖田は始めからやる気がなかったのでいてもいなくても一緒だ。 頭に浮かべるのは、必死で山崎と話していた男の様子。年は山崎と同じ頃なのだろうが、二十歳を過ぎているようには見えなかった。調べでは二十一だっただろうか。

(…山崎は、幾つだ)

知らない。 少数で組んでいる真選組はその殆どが昔から知る者だが、山崎は結成してからの同士だ。そういう隊士達の事を土方はよく知らない。否、調べていはいる。しかし年齢など関係がないのだ、必要なのはそのバックだけで。

…幼馴染だと言っていた。どれぐらいの時を、どれほどの距離で過ごしたのだろうか。今の生活になってからの時間とどっちが長いのだろうか。────これは、くだらない嫉妬か?紫煙を吐き出して行き交う人に目を遣る。…いや、これは嫉妬とは違う。嫌な予感という奴だ。何に対して?耳に雑踏が入ってきて考えられない。

(…俺はいつだって、先に後悔をする)

だからいつも後悔したことを忘れて、嫌な予感が当たるのを煙草を呑みながら見逃してしまうのだ。  

 

 

 *

 

 

「ごめん、待った?」
「ううん」

竜太と会うのは何度目になるだろうか。とは言え山崎にそう何度も休みはない。貴重な休み時間の活用だ。但し、今日は仕事時間内である。
背後を伺うのに使っていた手鏡をしまってベンチから立ち上がる。公園の時計の下、待ち合わせに多くの人が利用するこの場は、絶好の場所であるのだ。鏡で見ていたのはふたりの男、先だって捕らえた廻天党の残党だ。もう党を抜けたとの情報はあるが、ここ数日動きが怪しい。

────遅れてきたのを謝る彼に、山崎はほんとうに悪いと思っている。偽りであれど自分を好いている男を堂々と騙し、デートと同時に仕事をこなして。

「いいって、竜太君」
「ほんとにごめんな、時計の電池切れてて…」
「あるよねそーゆーこと。私もこの間目覚まし鳴らなくて寝坊して殴られたよ」
「なぐ…」
「あッ、軽〜くだけどね!」
「あぁ、だよね」
「ハハ…」

真実は勿論そうではないが。あの鬼副長が、例え恋人であっても手加減するはずがない。
目的の男達に視線を向ける。ひとりと目が合い、相手が何かに気付いた。バレたか?ヒヤリとするもそれを押し隠し、ふたりの男が近付いてくるのからゆっくり視線を外す。

「よう、青木じゃねーか」
「あ、北川さん…」

そっちに?山崎は一瞬強張ってしまった表情を誤魔化そうと、不安げに竜太の傍へ寄った。柄の悪い男達だから誤魔化せるだろう。

「別嬪さん連れてんなァ、彼女?」
「お、俺の幼馴染み。退、こっちは北川さんと伊藤さん」
「幼馴染み?へえ、よろしく」
「どうも…」
「サガルってゆーの?珍しいね」
「…ええ、古い慣習で付けられた名で」

やばい…か?もしあっちが隊の情報を得ていたら確実にばれてしまう。こんな珍しい名前、同姓同名では流せない。
北川と紹介された男と目が合う。────やられた。

「…青木ィ、今からデートか?」
「あ…いや、彼女じゃないんで」
「へぇ。俺らも一緒して構わねェか?暇でよ〜。俺ら奢るし」
「えっ、と…退、どうする?」
「あ…あの、すみません。私人見知りで」

駄目だ、絶対にばれた。
戸惑う竜太の様子を見ると、彼らに逆らえないのだろう。これは関わりがあるとしか思えない。恐らくはレジスタンスへの情報提供。残党とは言え下っ端ではない彼らが、言葉巧みに若い集団へ近付いたのだろう。迂闊だった。────他にわかるのは、竜太も決して下っ端ではないこと。少なくとも交渉に当たる程度の地位ではある。しかし立場は勿論廻天党より下だ。

「何だよつれないな、何も悪さはしねェよ。────青木に話があるんだ」
「こ、ここじゃあ…」
「────竜太君っ、忙しいみたいだから帰るね、」
「あっ、」
「じゃあまた」

男達にも礼をして、竜太に引き止められる前にその場から逃げ出す。真っ直ぐ屯所へ帰ることは出来ない。山崎は必死で考えながらとりあえず走る。パニックになりかけている、落ち着けと自分に言い聞かせ、人通りに出て走るのをやめた。息を整えて、髪を直すふりをして鏡を取り出す。────うまく逃げたと思った今一瞬、さっきの片方が見えた。伊藤の方だ。

(クソッ…)

とにかく立ち止まっているわけにはいかない。山崎は背筋を伸ばして歩き出す。昼間のかぶき町は夜ほどではないにしろ活気がある。もう自分の庭のような場所であるから、撒こうと思えば出来るだろうが、それは何の解決にもならない。

(あ〜…シクったなァ…逃げ方不自然だ。つーか、ばれてたんだから開き直った方がよかったか?屯所に戻ったら奴らに確実性持たせるだけだし…出来れば今日は帰りたくない。かと言って母さんのとこはなァ…迷惑かけたくないし)
「散歩に行ってくるヨー」
「ん?」

ふと耳に届いた高い声。そっちに目を遣れば、異国の少女が自分よりも大きな犬のリードを引いて歩いていく後姿があった。彼女が出てきたのは、ふざけたような看板を掲げた何でも屋。

「……」

山崎は少し道を反れて、そこそこ有名な和菓子屋へ立ち寄った。今はそんなに所持金はないが、うまくいくならいくらでも礼をしよう。これはとりあえずの目前の人参にと、いろんな種類のものを幾つか買い込む。そして向かうは何でも屋、何かと縁のある万事屋へ。
スナックの二階にあるそこへ上がり、少し視線を流して道路を見る。…居る。見てろ、そこに居ろ。チャイムで呼び出し、しばらく待つと目的の人物が面倒くさそうに出てくれる。

「だから消火器はいらねーって…アレ?」
「こんにちは銀さん、しばらく会えなくて寂しかったわ。今日は新八君たちは?」
「ガキどもならどっちもいねーけどよ、何?かまっ娘倶楽部への勧誘?」
「わたしだって好きな人に会うんだから少しぐらい気合入れたりするわ。話は中でしません?これ、お土産」
「どうぞいらっしゃいませ」
「ありがと」

紙袋を受け取って恍惚の表情の社長さんを脳内で拝む。見たことないけどこの人のお母様、こんな人生んでくれててありがとう。
ピシャリと戸を閉めて、勝手に鍵もかけさせてもらう。ここの間取りは大体わかっていた。人目に付かず侵入できるところはない。

「さて、早速だけどいいですか」
「…あ、やっぱり男だよねー。一瞬ほんとは女の子かと思っちゃったよ」
「うちは男しか居ませんよ。まぁとりあえずそれ食べて下さい」
「頂きます」

────万事屋の頭、坂田銀時。山崎は彼を調べたことがある。指名手配のテロリスト、桂小太郎と昔ともに戦っていた男だ。真選組局長の近藤を倒し、土方までもを負かした男、こうして見るとただの甘味中毒のまるで駄目な大人なのだが。

「食べましたね?」
「……おいおい、俺をこんなもので動かそうってのか」
「じゃあ返して下さい食べた分も」
「ごめんなんでもしちゃう」
「ちゃんと正式に代金は払います。因みに俺を入れた時点で関わっちゃったので後戻りは出来ません。勝手ですが、こっちの細かい事情は話せませんがいいですね」
「関わらせてから言うなよ」
「大丈夫、簡単です。俺の彼氏役をしてほしい」
「…それめんどくせー仕事?」
「あまり深く関わるようになるなら。でも大丈夫です、出来るだけあなたが関わってくる前に終わらせますから、出来れば今日限りになるぐらいに。俺が全部動くのでいてくれればいいです」
「めんどくせーな…まァいーもんもらっちゃったしィ?俺がフォローできるぐらいの事情は話してくれよ」
「勿論。あ、男と付き合ったことあります?」
「…刀突き合わせたことはあるけどよォ、」
「そうですか。まぁ俺一応女として扱って下さい」
「ちょっとちょっと、俺に何させる気?貞操の危機?」
「別に本番までやれって言わないんで、ちょっとばかり窓側でいちゃついてくれません?まだいると思うので」
「……ほんとに代金出るんだろーな」
「払いますよ、世の中ギブアンドテイクでしょ?」

はああ、でっかい溜息を吐いて銀時はソファから立ち上がった。山崎は笑って、事務机の向こうの窓に向かう。開けられた窓の外で男を確認して、背中を向けた。向こうも山崎を見つけただろう。

「────ねぇ銀さん、最近仕事はどう?」
「んー?相変わらず雀のうんこだな」
「涙…」
「お前は?」
「私?似たようなもんかな」
「ふーん」

────彼は読めない。ゆっくりと寄ってくる銀時が素なのか演技なのかわかりにくい。やる気のない瞳と目が合う。

(あ、タイミング…)

流れるように自然と唇を合わせて、銀時が一瞬窓の外を気にした。彼は最後の砦だ、ばれてしまっては困る。袖を引いて顔を見上げる。黙ってしまった銀時は間を持て余したのか再び顔を寄せてきて、────身も心も、あなたのために。土方を守るために近藤を、近藤を守るために真選組を。そのためにならこの小さな体ぐらい。

「ン、」

乗り気ではないと思われたのに、銀時は山崎を窓に押し付けてキスを続ける。彼が早速口にしていた饅頭の餡の甘さが舌を解して伝わってきた。文字通りの甘い口付け。

「ッ…ちょ、ちょい、銀さっ」
「ン?誘ってきたのはそっちじゃねーか」
「こん、こんな窓際で…」
「じゃあ布団で?」
「……ッ」

このタヌキ!
心中で思い切り罵倒して、力なく胸元に額を預ける。咄嗟とは言え失策だったのだろうか。   

 

 

*

 

 

「山崎ィ」
「…はい」

昼間の報告をした後だった。部屋には土方とふたりきり。誰かが大声で歌っているのが聞こえる。酒でも入っているのだろう。土方は煙草に火をつけ、深く吸い込んだ。ゆっくり吐き出して、山崎の方を見ない。

「俺は今日昼間かぶき町でお前を見た」
「あ、」
「万事屋の窓から銀髪とお前」
「…ですから、それは今報告した通り」
「わかってる。俺にだってわかる、事情ぐらい」
「……」
「それでもな、そのまま刀抜いて踏み込んでやろうと思った」
「……」
「でもそんなことしたら全てがパァになっちまうんだろ?」
「…そう、ですね」
「でも俺は、次を耐える自信ねェからな」
「────はい」

────子どもみたいだと思う。だからこの人の独占欲に関して山崎は自信がない。見ていたのならば踏み込んできて、奪ってくれればよかったのだ。だけどそんなことをすれば被害が及ぶのは真選組、ならばこの人は絶対そうしない。

「失礼します!」
「何だ」

声と一緒に開けられたふすまの向こうで膝を付いていた男は顔を上げる。走ってきたようで息はまだ荒い。

「レジスタンスが宝田屋へ侵入!家人を縛り上げ現金や宝石類を奪って逃走しました!」
「!」
「後は!」
「急いで近くの者が向かいましたが逃げられました!北へ逃走したようですが、四散されて掴めません」
「そうか……山崎」
「ッ…」

土方が山崎を振り返る。鋭い目。仕事と嫉妬と、色んな感情を含んだ恐ろしい目だ。

「行け」
「副長ッ」
「仕事しねぇなら追い出す」
「…」

子どものような人だと改めて思った。とにかく先立っているのは独占欲なのだろう。固着点が端的で、ややこしい采配は出来ても感情が絡むと難しくなるのだ。視線は変わらない。

「山崎」
「…」

山崎は黙って畳に手を突き、一度深く礼をした。その指先が震えるのを見ても土方は表情を変えなかった。

 

 

*

 

 

待ち合わせ場所に指定した団子屋に竜太が入って行ったのを確認し、山崎はすぐにそこを離れる。土方になんと言われようとも、山崎の自己満足にしかならないと分かっていながらも、こうするしか出来なかった。 走りながら携帯を開き、ずっと彼を騙し続けている女としてメールを送る。

『遅れるかもしれないけど、大事な話があるから私が行くまで絶対にそこで待っててね』

がむしゃらに走っていると返事があった。

『大事な話って?まぁ来ればわかるか。適当に暇潰しとくから慌てなくていいよ』

携帯を叩き壊したい衝動に駆られながら、山崎は電源を切ってポケットに押し込む。代わりに握る、腰の得物。 ────今からレジスタンスのアジトへ一斉に踏み込む。昨夜山崎が一晩中かかって調べ上げ、…とは言えそう骨が折れる仕事ではなかったのだ。一度、かすかな期待に賭けて帰る竜太の後をつけたことがある。追われている意識があったわけではなかろうが、ぐるぐると迂回しながら帰ったそこ。気質でないことは考える間も要らなかった。そこから探ればよかっただけのこと。
朝方帰った山崎に土方が告げたのは、謝罪やねぎらいではなく、決行時刻であった。 …山崎は走った。走って隊へ戻り、配置へ潜る。珍しく土方が一緒であった。どういう意味かは知らない。

「…何処にいた」
「ちょっとはばかりへ」
「団子屋の厠でも借りに行ったのか?」
「…」

土方はふんと鼻で笑った。くわえていた煙草を落として踏みにじる。足音を潜めてひとりが近付いてきた。

「偵察戻りました!」
「おう」
「向こうも準備をしています、大筒なんかはありませんが小銃や手榴弾などがあるようです」
「ふん、ただじゃ済むまい。用意!」

土方の号令で場が締まる。先に仕掛けてきたのは向こうだった。わっと飛び出してきた奴らに先頭の人間が傷つけられる。しかし経験の差が出たのだろう、あっという間に優劣は決まった。真選組が周りからレジスタンス達を追いつめる。

竜太の仲間であろう浪人を斬り捨て、山崎は一息ついて更に降ってきた刀を受けた。ぶつかり合った刃と刃の向こう、…見覚えのある顔。

「よォ、オカマちゃん」
「…お前、北川」
「可哀相になァ、竜太の奴、真選組に騙されて」
「……」

剣の腕は向こうの方が上だろう。だからこそためらってはいけない。感情を殺し、真選組の駒になる。それが隊のため土方のため。

「しかも二股かけられてよォ、気の毒な奴だぜ…」
「……」

山崎の目の色が変わったのを悟ってか、男にも力がこもる。双方退くわけにはいかない。じりじりとにらみ合い、周りの雑音が聞こえなくなりそうだ。 ────ドッ、…目の前に刀が生えた。山崎は思わず足を引くが、男は向かってこない。胸から刀が生えたからだ。じっと自分の胸を見下ろして、それからゆっくり振り返る。

「…竜太ァ、何すんだテメ…」
「……」

ぐらり、男が倒れる。その向こうに、竜太が呆然と立って山崎を見ていた。

「…退?」
「…絶対待っててって、言ったのに」

山崎は半笑いになって刀を握り直す。それを竜太へ向けると明らかな動揺があった。

「竜太くん、俺ころころと切り替えられるほど器用じゃなくてさ」
「…ずっと、騙してたのか」
「……」
「知ってて俺に近付いたのか」
「────お訪ね者なんだからさ、周りを疑うのは基本だよ」
「……」
「斬ったらごめん」

山崎は一息吐いて、自らの構えた切っ先を睨んだ。

 

 

*

 

 

「お前が青木か」
「……」

真選組副長の形相に竜太は若干怯えた様子を見せた。どうも竜太は寝かされているようだ。辺りを見回すと綺麗な畳の和室。真選組の内部なのだろう、廊下を隊服姿の男達が駆け回っている。
土方はぴったりと障子を閉めて、ずかずかとやってきて側に腰を下ろした。部屋には土方と竜太のふたりしかいない。土方がくわえた煙草の煙が部屋に広がる。

「…お前特別待遇だぜ、何でかわかるか」
「……」
「ここは山崎の部屋だ」
「!」
「珍しいことにあいつが泣きわめきやがって、やめるってうるせぇ」
「…やめる?」
「隊を」
「……」
「うちは隊をやめるならそれなりの覚悟を決めてもらってんだ。そうそうにやめるなんて口にされちゃ困る」
「…俺と何か関係が、」
「お前のせいだ」
「……」
「何のためにあいつが嘘吐いてまでお前を現場から離したと思ってやがる」
「…でもあいつは俺を利用したんだろう」
「泣いて頼みやがった」
「…?」
「泣いて今回は外してくれってな。俺がさせなかった」
「……」

土方が不意に立ち上がり、竜太は身構えたが土方は机から灰皿を取って戻ってくる。短くなった煙草を押し付け、また一本取り出した。まだ火はつけない。

「…今ここでお前を殺そうか」
「!」
「あいつに恨まれるならそれでいい。俺はとにかく────」
「副長!」

廊下を走る声に土方は舌打ちをする。

「副長ッ…あ、り、竜太くん…」

部屋に飛び込んできた山崎が、いきおいでつんのめりながら慌てて廊下へ逃げた。さっと廊下に膝をつき、深く頭を倒す。

「…ふ────副長、処分を」
「…は、自ら処分受けに来るなんざお前はどこまでも救いようがねェな」
「処分ってなんだよ」
「お前を逃がそうとした。他にも何人か逃がしやがったな、」
「そんな…退、どうして」
「…仲間が死ぬ気持ちなら知ってる」
「……」

山崎は顔を上げない。隊服姿の山崎は自分の知る山崎とは異なり、…同じだった。あのように顔を歪めたことはなかったけれど。

「山崎」
「はい」
「お前はここにいろ、やめることは許さねぇ」
「しかし…」
「誓いは嘘か」
「……」
「誓ったな。嘘か」
「…いいえ!」
「口約束であったとでも言うか」
「いいえ!しかしッ…」
「ならばここにいろ、一生俺の手足になれ」
「……」
「…他のとこ回って、生きてる奴から調書とれ。こいつは後でいい、話がある」
「…分かりました。失礼します。────竜太くん」
「……」

山崎が顔を上げる。笑おうとするがうまく笑えず、妙な表情になっていた。竜太はそれに見覚えがある。ずっと昔に見た。

「ごめんね、巻き込んで」
「……」

山崎は再び土方に礼をして廊下へ駆けだした。竜太は思わず追おうとするが、体に痛みが走って出来ない。…着せられている清潔な着流しを少し引けば、腹に包帯が巻いてある。記憶はあった。山崎に斬られた傷だ。

────あのとき、山崎が自分に刀を向けたとき、竜太は真っ直ぐ逃げ出した。何が起きているのかわからなかったせいもある。しかしそこは戦いの最中、たまたま向かい合わせたのが土方だった。無我夢中で彼を斬りつけ、そして…それを見た山崎に。

「…あ…あんたと、退はどういう関係なんだ」

必死のあの表情。山崎があんな鋭い表情をするなんて考えたこともない。

「…お前がなりたかった関係」
「!」
「…には、俺もなれないだろうな」
「…?」

土方は袖の上から腕を撫でた。未熟な腕の竜太に斬られた、山崎を暴走させた一太刀が刻んだ傷がその下にある。

「お前もあんな男さっさと忘れちまえ」
「…男?誰のことだ」
「………あぁ、山崎ィ!」

土方が大声を上げて竜太はびくりと身を竦ませた。もう一度山崎を呼びかけた頃には廊下をばたばたと山崎が走ってくる。

「副長お呼びですかッ」
「おぅ。言ってやれ」
「はい?」
「こいつはほんとは山崎が綺麗な着物に興味がないのに気付いてねぇみたいだからよ」
「! わ、わざわざ言うほどのことじゃ…」
「騙したままでいいのか?俺の話は終わった、お前はこいつから調書取れ」
「は、はァ」

土方は立ち上がって部屋を出る。途中に山崎の頭を撫でて、その瞬間に竜太が別人かと思うような表情をした。なんて。  緊

張した面持ちのまま土方を見送った山崎は、竜太を振り返って少し離れて座る。

「…あ…あの、ごめん、傷は…あんまり深くないみたいなんだけど、」
「大事な人なのか」
「…」
「今のやつ」
「…全て」

俺の全て。山崎は呟くように。

「…そう言うと怒るんだけどね。はは、恋は盲目ってゆーの?母さんに、似なくていいところばっかり父さんに似たって言われるんだ。父さんもそうだったみたいでね」
「…そうだよ、お前なんで真選組になんかいるんだよ。お前の親父は天人と戦ってたんだろう!?なのになんであんな奴らを守る側に…」
「…父さんは人間に殺されたよ」
「…え?」
「仲間割れしたんだって。詳しくは知らないけど、揉めて、対立した相手に殺された」
「…」
「だから俺は攘夷だなんだって騒いでる奴らの方が憎いんだよ」
「…退…」
「この手で決着をつけた。初めて人を殺した」
「退」
「…ごめん、こんな話」
「…もうちょっとこっちに来てくれないか」
「あ、うん」

山崎は竜太の布団の側へ座った。さっきまで土方が居たのと同じ辺り。
一瞬の不意をついて唇を奪われる。乾いた唇は薄く開けられ、わずかに舌先が触れたのを山崎が慌てて竜太を引き離した。

「あ…」
「…謝んねぇぞ」
「…あの…俺男なんだけど、よかった?」
「……は?」
「ご、ごめん、ずっと騙し続けられると思ってたわけじゃないんだけど…」
「え、だ…だって」
「…ちょっと話すと長いんだけど…」

山崎は困って子どもの頃からの話をする。普段なら笑い話になる話題であるのに今は深刻で、それが何だかおかしい。

「それで…あの日はたまたま女装で、あ、俺一応監察やってるんだ」
「…始めから俺のことわかってたのか」
「…」
「それで騙してたのかよッ」
「…ごめん」
「ッ…」
「俺が一緒なら、他の隊士が近付くことはないと思って」
「…退」
「でも結局それ利用しちゃったしね、何言われても仕方ないよ。俺がもうちょっとしっかりしてたら逃がしてあげられたけど、ちょっと組織も事件もでかくなりすぎてたし」
「退!何でッ…」
「…竜太くんは知らないかもしれないけど、今の俺があるのは竜太くんのお陰だよ」
「……」
「────ごめんね、仕事の話していいかな。副長怒らすと怖いんだ」
「…お前ら、男同士で、そうなの」
「…うん」
「何で…」
「理由なんか、忘れちゃったよ」

 

 

*

 

 

「お疲れ様です」
「ん?あぁ…」

土方にお茶を出し、山崎はストンと隣に腰を下ろす。一瞬不満そうな顔をしながら土方は湯呑みを手にして口を湿らした。

「何だよ」
「別によかったんですよ、悪役になって貰わなくても」
「何の話だ」
「俺が責められるだけで終わったのに」
「…知らねぇな」
「……」

報告書に目を通す土方の様子を少しうかがい、そっと肩に頭を預けた。

「大丈夫です。やめたりしませんから」
「……」
「こんな世の中、あなたでもいないと生きていくのは難しい」

土方が身動きして山崎は離れる。手を引かれ、正面に土方を見据えた。

「…身も心も」

土方がゆっくり着物に手をかける。もう休む前であるから簡単な単、…その下、腹に包帯が巻き付けてある。指先をひっかける。一カ所を引くと途端に緩んだ。下になった包帯には血が染みだしている。

「…大丈夫ですよ」
「血ィ足りてねぇ癖に。結局テメェの方が重症じゃねぇか」
「……でも、あなたが無事ならそれでいい」

山崎の手が、土方の傷の上を滑る。土方が部屋の灯を消した。一生消えないであろう傷を撫でて、土方は夜に後悔する。
どうしていつも、こうなるとわからないのか。交わらぬ思いを抱えながら、明日への一歩を踏み出して。   

 

 

*

 

 

「…あれェ、女の子の格好やめたの?」

山崎を見るなり銀時が残念そうな顔をして、何となく申し訳なくなって山崎は笑った。男だとわかっていても女の姿の方がいいのかもしれない。

「ええ、解決したので。お騒がせしました」
「なんだ、つまんないの」
「あとこっちは代金。経費下りなくて自腹ですよ」
「あらま、…じゃあ特別にサービスしたげるよ、持って帰って。結局俺のラッキーだったし」
「いいんですか?」

まぁお入りなさい、と銀時が山崎を中に入れた。本日のお土産を、と、少し遠い老舗の和菓子を手渡す。

「わーい山崎くん大好き!」
「あはは、有難うございます」
「ほんとだよ?」
「どうも…」

ふっと山崎が顔を上げると、銀時が予想外の近さにいた。ぱちぱちと瞬きをすると彼は笑い、玄関口で扉に押し付けられる。

「山崎くッッ!」

ガツンッ、と目いっぱいの力で額を押され銀時は反り返った。割れた!割れた!と大騒ぎしている側で、山崎の背後に着流し姿の土方が現れる。

「油断も隙もありゃしねェ」
「…ついてきたんですか」
「イッタ、痛ァッ!何今の!」
「鞘で突いた。斬ってねぇだけ有難く思え」
「痛いッ!………つかアレ?その人何?」
「副長です」
「そうじゃなくて。つか俺額割れてない?」
「大丈夫です割れてません」
「あー痛かった…で、その人何?」
「…何で来たんですか?…しかもわざわざ休み取って?」
「何、今回はお前にも色々と迷惑かけたから飯でも奢ってやろうと思ってな」
「………でッ……でーと、ですか」
「別にそれでも構わねぇぜ。嫌か?」
「いッ、いいえッ!地の果てまでお供します!」
「行くぞ」
「はいッ! あ、旦那、ありがとうございました〜」
「あ…うん」

引き止める間もなく山崎は土方の後について行ってしまう。和菓子の箱を抱えたまま、銀時は玄関で立ち尽くしていた。

「な…なんなの」

嬉しそうな顔しちゃってさ。
惜しかったなぁと呟きながら、銀時は箱を開けながら部屋の中へ戻っていった。

 

 

 

不安定な世の中で、ひとつだけでも信じられるものがある。ただそれに依存するだけではいけないとはわかってはいる。

それでもあなたに懐いて尻尾を振って、身も心もあなたのために。お望みならワンと鳴きましょう、敵の首も取りましょう、この身さえも盾にしましょう。

body and soul