A.


今朝はなんだか暖かい。その温もりを得ようと山崎は身動きをした。ぎゅ、と誰かが手を握る。一気に覚醒した山崎はばちっと目を開けた。部屋はいつもの自分の部屋、但し目に映るのは自分のものではない大きな手。背中から回った手には勿論主がいるわけで、────それが誰かを考えて山崎はフリーズした。起こしてしまったようで、優しく抱き直されて寒いか、なんて聞かれる。触れ合う互いは裸だ。ダイレクトな体温に、ありありと記憶が蘇る。

(最悪ッ…!)

時間を見ればまだ夜ではない。しかし急いで支度をしてバイトへ向かわなくてはならなかった。なのに、…なのにこの温もりを失うのが惜しい。

「寒い?」
「…いえ」
「また覚えてねぇか?」
「また?」
「…」
「…あの…ごめんなさい、俺悪酔いしたんですね。その…なんとなくは、覚えてます」
「ならいい」
「ッ!」

首筋に軽く歯を立てられた。緊張した体を笑うようにそこへ舌が這い、手は腹へ回って緩く拘束される。

「ひじかた、さん」
「どうせ酔いのせいだろ」
「…」
「構うな。俺がしたかっただけだ」
「土方さん」
「好きだ」
「…」
「…高杉に言われた。俺はお前をわからないって」
「…そうですよ。あんたが思ってるような男じゃない」
「いい。俺だってなんでお前がいいのかわかってねぇんだ」
「…いいことないですよー」
「今」

土方の手に力がこもる。このポジションの意味がわかって、土方の表情が見たくてたまらなくなった。

「死にそうに嬉しい」

だからあんたは素直すぎるんだ。こんな世で生きていけるのか心配になるほどに。

(馬鹿な人…)
「退ちゃんッ!」
「「!」」

闘牛の勢いで男、いや、おかまがひとり、飛び込んでくる。長い髪を振り乱したかまっ娘倶楽部の店長は、布団で抱き合うふたりを見て固まった。それはこちらも同じこと。ドアから冷たい風が入って場を更に冷やした。先に口を開いたのはおかまの方。

「…まぁその状況はともかく、何もなくてよかったわ」
「あ…あの、西郷さん…」
「あいつらがまた退ちゃんにちょっかい出してるって聞いたから、時間になっても来ないしもしやと思ってきたんだけど」
「う、ご心配おかけしました…」
「無事でよかったわ」

彼女はにこりと笑い、ふたりの背筋を凍らせた。ドアを閉めて入ってくる。

「ふたりともパンツだけはいてそこに正座」




  *




「へぷしっ」
「スゲェくしゃみだな…なんか炭酸飲みてェ」
「う〜…」
「…風邪引くなよ」

ここでいい、土方は足を止める。山崎が送ると言って聞かないのでふたりで部屋を出たが、出来ればこのままふたりで歩きたくない。…それぞれの頬にお揃いの、真っ赤な平手の跡。強力すぎて山崎など台所まで飛んだ。ふたりで歩くと腫れ上がった頬が余計目立つ。

「────俺」

歩きだした土方の制服を捕まえて、山崎は小さく呟いた。土方が振り返る。

「好きです」
「…」
「土方さんが好きです」
「……」
「うおっ」

手が振り払われて強引に抱き締められた。誰か早々に酔った奴が冷やかして口笛を吹く。もう夜の始まりだ。この街が動き出す。

「ちょ、」
「なぁ、それは何?」
「…」
「調子乗るぞ」
「…だってあんたと一緒に昼飯食えないの寂しいんですよ」
「…ヤベェ」

すっげぇ嬉しい。子どものように弾んだ声が耳元で囁かれる。そこまで喜ばれると心苦しい。…土方といるときは落ち着く。自分はその安定を求めているだけだと言ってしまえばその通りなのだ。

「あ…あの、帰らないと」
「うん」
「うぅ…」

困ってしまって山崎はただ立ち尽くすだけだった。抱き返してみようと思ったけれど、思っただけでやめる。どうしたらいいかわからない、人を抱き締めたことなんてない。

「あーっ!」
「「!」」

聞き覚えのある声に、土方はばっと山崎から離れたが時遅し。獲物を見つけた沖田と神楽が、目を輝かせてこっちへ近付いてくる。

「何何ー?面白そうなことになってるアルな」
「水臭いですぜ土方さん、昔からの仲間にこんな大事なこと黙ってるなんて」
「誰に言ってもテメェにだきゃ言いたくなかったっつの…」
「やったなジミー、玉の輿アルヨ」
「いや…玉の輿って…」
「今まで何してたんでィ、こんな時間までふたりで」
「つ、つーかッ、お前らこそ何してたんだよ!」
「…健全な男女がふたりで歓楽街なんて、ラブホしかねぇだろィ」
「お前ッ…!」
「ゲームしてたアル」
「「……」」

沖田の顔から笑みが消えた。黙って神楽を睨むのを、慰めるつもりで肩を叩くとすぐさま払われる。エンガチョとまで言われた。土方が沖田に掴みかかる傍で、山崎は言葉を探して神楽に向かう。

「…神楽ちゃん、先生には言っちゃ駄目だよ」
「なんで?」
「なんでも」
「ふーん?あ、ほっぺどうしたアルカ」

山崎と土方は同時に頬を押さえた。




  *




「ひっじかったクーン!」
「ッ!!」

不意打ちでエルボーを食らわされ、息の詰まった土方はむせ返って倒れ込んだ。にやにやと背後で笑う高杉に、山崎が怒って割り箸を投げつける。

「ザキ、俺の昼飯!」
「え、いらないって」
「今すぐ!」
「も〜〜…」

土方を心配しながらも、高杉が足を出してくるので山崎は急いで屋上を出ていった。少し寒いせいか屋上には他に誰もいない。

「おい土方、生きてるか?」
「ッ…殺す気か!」
「今の陸奥からな」
「は?」
「クソババァから聞いた。山崎とどーにかなっちゃったって?」
「…筒抜け…」
「陸奥からそうなったら攻撃しろって言われてんだ。なにしろザキは陸奥が母親のように面倒見てたからな」
「……」
「陸奥、今すぐにでも帰国準備するって言ってたから気ィつけとけ」

土方の手から箸を奪って、勝手に弁当を食べ始める。呼吸をどうにか整えて土方は溜息を吐いた。強烈すぎる平手に貼れた頬は治療してある。それは山崎も同じだったようで、朝から銀八に散々いじられた。

「なんなんだお前ら、人の邪魔ばっかしやがって」
「俺らの可愛い可愛い退ちゃんを持ってくんだから安いもんだろ?陸奥は絶対怒らすなよ、銀行なんか怖くねぇから」
「…何で」
「陸奥は姫だから」
「はァ?」
「知らねぇの?この辺りの地主の娘だぜ」
「…!!」
「そうでもなきゃ幾ら馬鹿校ったって歓楽街の側に学校があるかよ。陸奥がいるから残ってんだって」
「…ありえねぇ〜〜…」
「世の中は理不尽で不公平です」

高杉は笑って卵焼きを口に運んだ。酷く満足気の表情に、弁当を取り返す気もなくす。おかまの作ったものしか食べたことがないと言うから、それを母親が聞いて以来量が増えた。彼女は捨てられた動物を拾ってきては息子に怒られている。その世話は結局息子の仕事になるからだ。

「…この辺りの地主ってヤクザじゃなかったか?」
「そう」
「……」
「だから気ィつけろって」
「…どう気を付けろと!?」
「お前の母親は守ってやる」
「ありがとよ…」




*




「ザッキー!」
「お、」

学校内の甘味所、つまり銀八が拠点にする準備室から神楽が団子を持って手招きした。近寄って行くと団子を差し出されるので喜んで受け入れる。

「いらっしゃ〜い」

一口食べたところで飛んだ声。新婚さんならもっとよかったんだけどね、軽くなった団子の串を振って銀八が笑った。

「…神楽ちゃん」
「ラブホのことは言ってないヨ」
「……」
「まぁまぁお入んなさい、先生に話聞かせてちょうだいよ」
「ヤです」
「露骨ッ」
「早く帰らないと杉くんが怒るんでッ」

どうも、と団子を上げて山崎は部屋の前から逃げ出した。こういう話となると銀八はどうも苦手だ。向こうが聞き上手なのか話させるのがうまいのか、嘘が吐きにくい。

「ただいまー」
「ここはお前の家か」
「…杉くんって時々真剣にムカつくよね」
「勝手にムカついてろ。もういいからそれ土方にやれ」
「あっ、またお弁当奪って!」
「ごっそさん」
「…」

空の弁当箱が返ってくる。山崎が怒り出すのを制して、こんな時間であるから余り物だったろうパンを受け取った。高杉は素知らぬ顔で煙草をくわえる。

「げっ、ライターつかねぇ。ザキ、マッチ持ってねぇ?」
「ないよそんなの…」
「クッソ…」
「先生準備室にいたよ」
「面倒くせぇ〜〜…貰ってくっか」

どっこいせと高杉は立ち上がり、山崎がジジィと野次を飛ばすと蹴りが返ってきた。慌てて土方の後ろに逃げ込む。

「もー、乱暴だなぁ…あ、土方さんも吸ってました?」
「え」
「匂い。…あ、隠さなくていいですよ、わかってたし」
「…」
「俺だって吸えなくないし」
「…そうなのか」
「ま、付き合いで。…杉くんはよく平気だなぁと思うけど」
「?」

山崎が土方と背中合わせに座り込む。セーター越しでも体温がわかるようだ。自分の体温が上がっただけかもしれない。ごまかすつもりでパンの袋を開ける。

「杉くんの眼帯の下、聞きました?」
「…いや」
「根性焼き入ってんスよ。そりゃ不可抗力だけど」
「…」
「ま・眼帯はかっこつけてつけてんですけどね。中学の時のあだ名ジャックですよ」
「…船長?」
「どっちかっつとピーターパンの方だけど」
「…なんか納得…。…よくわかってんな」
「はい?」
「お前ら。お互いに」
「うーん…似た者同士ですから」
「…」

土方は体を引いて、山崎の方へ向き直る。何か言いかけた唇を塞いで言葉を奪った。山崎の照れが伝わってくる。

「…幼なじみのそういうとこって見たくねぇもんだな」
「! お前ッ、いつの間に…」
「すっ、杉くんに言われたくないよ!」
「見られたいなら見てやるけど」
「消えろ!」




  *




「お前ダブってんだってな」

高杉の一言が確実に土方の心をえぐった。それは土方の人生の最悪にして最大の汚点だ。

「…誰に聞いた」
「銀八」
「あいつ…だ、ダブってんじゃねぇ、入学一年ずれたんだ!」
「高校浪人した挙げ句この馬鹿校か?」
「事故ったんだよ!」

にやにやと笑う高杉が憎い。あれは俺のせいじゃない、土方は泣きたくなってくる。

「もー!土方さんいじめるのやめなよ、自分が予備軍だからって」
「…おー、かばっちゃうわけ?」
「!」

山崎は何か言いたげに両手を動かしたが、そのうち勝てないと判断して土方の後ろに隠れる。頼りにならない。

「…何、予備軍なのお前」
「当たり前のこと聞くな。テストで点取りゃいいっつーから、お前家貸せ」
「ハァッ!?」
「うちの環境で勉強出来るかっつの。ザキんち行ったんだろ?あれより酷いと思え」
「……」
「ついでに教えろ」
「…なんで俺がそこまでしなきゃなんねーんだよ」
「ザキの弱味教えてやる」
「!」
「ちょ、杉くん!俺関係ない!むっちゃんち行けばいいじゃん!」

土方が反応したのに気付き、山崎は慌てて身を乗り出す。自分もその「弱味」が何かわかっていないが、どうせろくなことじゃない。

「あんなうるせーもじゃもじゃいるとこで出来るかよ。あそこの親父隙あらば俺消す気だし」
「むっちゃんいれば大丈夫だよ!」
「あいつんち面倒くせぇんだよ、取り次ぎだ何だ。つーわけで土方クン週末ヨロシク!」
「嫌だ!」
「ザキも連れてく。つかこいつもヤバい」
「……」

土方が黙って山崎を見た。その動きに合わせてスッと視線をそらされる。

「…お前」
「いや、だって、先生が教えてくれるって言うから」
「銀八のって例の勉強合宿だろ?どーせ一泊なら土方にしとけ。銀八は勉強しねぇしな」

ちらりと山崎が土方を見た。…今更拒否したところで、高杉はうちに来る気だろう。それに銀八のところへ行かれるよりましだ。

「…いいけど」
「お母様にご馳走頼んどいて」
「…それが狙いか」

どうせ頼まなくとも大喜びで準備するだろう。土方は呆れて立ち上がった。鞄を手にすると山崎も立って帰り支度をする。

「金土な」
「おぅ」

腕を振ってふたりを見送る。陸奥が後ろから顔を出した。

「何をたくらんどるんじゃ」
「夜にはお前んち行くから窓開けとけ」
「ったく…教科は?」
「数学と英語。どうにかなるだろ」

帰るぞ、高杉が言って陸奥は溜息を吐いて歩き出す。




  *




「……お前さ…頭悪くないなら普段からやれよ」
「めんどくせぇ」

楽々と問題集を解きながら高杉は山崎を見た。そちらは泣きそうになりながら、シャーペンを持つ手も震わせて数字とにらめっこしている。

「…土方さぁん…」
「…どれ」
「ここ…」
「…」

さっき教えた。土方こそ泣きたい。高杉の真意が読めた気がした。勉強が本当に必要なのは山崎だ。

「あうー…ちょっとトイレお借りします…」

夕食も終えて余計集中力を欠くのだろう。山崎が気分を変えるつもりで部屋を出た。高杉はちらりと時間を見て、パタンと問題集を閉じて片付けを始める。あまりにも素早い行動に、土方が止めようとした頃には帰り支度は万全だった。

「おい!」
「ザキには適当に言っとけ」
「お前な…」
「最近おかまに監禁されてたんだ。ここにいることにしとけよ」
「お前は女子中学生か」
「いいじゃねぇか、これやるから見逃せ」
「は?」

隠すように土方の手にねじ込まれたもの。目で確認する前にそれがわかって土方はカッとなる。

「足りない?」
「違ェよ!」
「何だよ、もうヤってんだろ?問題ねーじゃん」
「あれはッ」
「どうせ酔って記憶薄いんだろ」
「…何で」
「おかまが言ってた」
「……」
「まぁ大体予想つくけどな」
「…お前ら、ほんとに仲いいのな」
「あ?…さぁ…どうだか。今でこそこうだけど」
「?」
「聞いてねぇ?俺らふたり、半分血ィつながってんだよ」
「…ハァッ!?」
「あぁ、お前見てねぇのか。文化祭に親父来てたんだけど、それが一緒。俺の母親は養育費ぼったくりながらそこそこ生活してたけど、男とどっか行った。ザキの母親は子どものこと言わなかったからひとりで借金しながら育てて、おかしくなって帰ってこなくなった」
「そんな…」
「あの辺りじゃ結構有名な話だ」
「……」

山崎の足音が帰ってきて、高杉は荷物を抱えて立ち上がる。ドアが開いて山崎が一歩踏み込んだのを見てドアノブを引いた。不意の力によろけた山崎の傍を通り、高杉は何事もなかったかのように部屋を出ていく。

「高杉!」
「杉くん?…えッ!?」

山崎が振り返ったってもう遅い。急用が出来て、なんて母親に挨拶する声が聞こえてくる。あいつの髪が黒い理由がわかった。土方が呟く。つまり、黙っていれば「いい子」なのだ。

「…え、杉くん…」
「…知らねぇよ」
「え〜〜?」

ドアを指差して山崎はドアと土方を見比べたが、土方にだって答えようがない。山崎はがくりとその場に崩れ落ち、何やら恨み言を呟いた。

「…あいつはいいから、やるぞ」
「あ〜…狡いな杉くん…」
「あいつは出来るんだからまだましだ」
「どーせ俺はアホの子です。なんで父さんにも母さんにも似なかったのかなー」

父、母の言葉にどきりとする。さっき世間話の気軽さで話された事実が衝撃的すぎた。のろのろと嫌そうにシャーペンを握り直す山崎を見ていると目が合う。

「何か?」
「…いや…」
「?」
「…高杉と兄弟ってほんとか?」
「あー…それですか。調べたりはしてませんけど、ほんとなんじゃないですかね。母さんが嘘吐いてないなら」
「……」
「兄弟と思ったことはないけど、でも確かにお互いのことは一番よくわかります」
「…そうか」
「土方さん?」

ゆっくり近付いて顔を寄せる。山崎の緊張が伝わってくるのを感じながら、軽いキスを一度。離れてから目を見て、拒絶が見えなかったので再び唇を合わせる。逃げかけた山崎の体を追って、唇をこじ開けて舌を差し込んだ。堪えきれずにこぼれる吐息に、どうしようもなく興奮する。

「…あの」
「いい?」
「え、うおっ!」

押し倒すとあまりにも色気のない悲鳴。気を取り直して服に手をかけると焦ったように止められた。

「だ、だめ」
「…なんで」
「いや、あの、…勉強、しないと」
「まだテストは先だろ」
「だって、」
「…嫌か」
「……」

思わず舌打ちをすると山崎に強く睨まれた。しまったと思ってももう遅い。

「なんですかそれ!俺勉強しにきたんですよッ!?」
「ッ…それでも邪魔者いなくなったら考えるだろうが!お前をほしいと思って何が悪い!」
「ッ!」

ひゅっと息を吸い込んで、山崎は見る間に耳まで赤く染まっていく。そのまま視線を捕らえ、逸らさせない。ゆっくり服を脱がしていく。目の中には動揺。

「や…やっぱ駄目ですッ!」
「 ッ」

突き飛ばされて怯んだ隙に、山崎は上着だけ掴んで部屋を飛び出した。さっきの高杉と同じ、ひねりのない挨拶を母親にしている。

(…ありえねー…)

床の上に転がって、泣きたいのを堪えているところに母親が抗議にやってきた。いじめられたのは、俺だ。




  *




「杉くん!」

陸奥の部屋に殴り込みにきた山崎に、高杉は呆れてシャーペンを手からこぼした。往生際が悪い、呟くと山崎に睨まれる。

「土方さんふっかけたでしょ!」
「知らねぇな」
「余計なことしなくていいよ!」
「あれ、ザッキーも来たがか?夜食足りんのー」
「杉のはいらん」
「何でだよ、陸奥が抜け。ダイエット」
「ダイエットするぐらいなら太る」
「もー!夜食はどうでもいいよ!もうヤダー!」

陸奥の膝元に泣きついて、隣で高杉が夜食のうどんを受け取るのを殴り付ける。あぶねぇよと蹴り返された。
ポケットで携帯が振動し、山崎がおそるおそる画面を見れば土方の名前。山崎はしばらく待って、呼び出しが途切れてから電源を切る。酷い嫌われようだな、笑った高杉の携帯が間を開けずに鳴り出した。

「…はーい」
『お前今何処だ!』
「陸奥んち」
『何人いる!?』
「は?俺含めて4人、違ったもじゃもじゃいるか5人」
『今から行くから入れろって言え!』
「どうする?」

高杉が陸奥を振り返る。帰ってくるのは鋭い視線だ。

「色良い返事じゃねーけど」
『うちのお母様が折角夜食作ったのにってご立腹なんだよ!』

電話の声が聞こえて山崎も顔を上げた。高杉と顔を見合わせ、堪えきれずに笑い出す。

「なぁ、夜食何?」
『サンドイッチ!』
「呼べ」
「土方?喜べ、姫からお許しだ。迎えいるか?」
『寄越せ』
「了解」

簡単な目印だけ伝えて高杉は携帯を閉じる。陸奥に隠れる山崎を見た。

「行ってこい」
「…」
「キスの一発二発でごまかせよ、先は長いんだからよ」
「…楽しみやがって」

心配そうな陸奥がついてきそうになったのを制して山崎は立ち上がり、ゆっくり部屋を出ていった。まだ早いが、土方に会うまでに頭を冷やしたい。
────前途多難なのは承知だ。わかった上で返事をした。山崎は身を切るような夜に立って考える。

(…だから…土方さんの気持ちもわかるんだけど…)

酔ったときのようには振る舞えない。照れや恐怖が優先する。

(…母さんはどうやって好きになったんだろ)

はっきりした言葉では表せないけれど、向こうに土方が見えたときのこの感情は確かなものだと思う。バスケットを持った土方の姿に笑いそうになった。山崎を見つけて少し困った顔をする。そんな顔をさせたいわけじゃないのだ。

「…あの」
「…そのうちな!」
「えぇっちょ、ちょっと!そのうちって近いうちってことっスよね!?」
「たりめーだ!」
「は、はいっ!交換日記から始めることをおすすめします!」
「アホぬかせ!」

 

090316再録