紡 が れ な か っ た 言 葉

 

悲鳴をあげた気がして跳ね起きた。息が荒い。薄暗い部屋を確認して、自分がどこにいるのか思い出す。もう────もう、戦場ではないのだ。
すっとふすまが開いて妙が顔を出す。妙がいるということは、この薄暗さは朝なのだろうか。床についた記憶はない。

「銀さん?」
「…何してんだ」
「呆れた人、道で倒れてたのは誰かしら。ちゃんとご飯食べないからよ」
「俺夏場はアイスで生き延びるから」
「バカね。食費も出ないの?新ちゃんの食費まで出すことないわよ」
「ちげーよ…夏はどのみち、飯食うの苦手なんだ」

溜息を吐いた妙は部屋へ入る。その手には氷嚢。

「あなたが弱ってると、ふたりがずっと心配してるのよ」
「…あいつらは?」
「お仕事。氷屋って言ってたから、暑さでやられることはないわ。…まぁ、神楽ちゃんは少し不安だけど」
「あ〜あれか…大丈夫だろ、日向で氷は売らねえ。…お前は何してんだ?」
「大人しく看病ぐらいされたら?」

そばに膝をついた妙の顔を見れなくて、着物のしわを見つめる。あー最近風俗行ってねぇ。金入んねぇもんな。

「…あいつは」
「え?」
「夏になりゃ浴衣でふらふらしてた」

頭の下に置かれた氷が気持ちいい。冷たさに任せて目を閉じる。

「人は死ぬと軽くなるって知ってっか?魂が抜けるかららしいぜ」
「…知らないわ。どれぐらい?」
「ちょっと。軽いもんだ、魂なんて」
「……」
「…絶対、ありゃ嘘だ」

深く息を吐く。妙を驚かせたようだが、謝るのも変な気がしたのでそのまま流した。
あの夏の暑さはまだ肌が覚えている。こんなものではない。皮膚を溶かすような暑さに加えて鎧の重さ、おまけに…死体が腐る。

「ぜってぇ嘘だ…あんなに重くなるのに」
「銀さん」
「戦場で四季を見たけどよ、夏が一番ひでぇな」
「…もう戦争は終わったわ」
「…そうか」

そうだ────終えて、きたのだ。逃げたんじゃない。自分の中で戦は終わったのだ。

「……妙」
「…なに」
「ごめんな」
「銀さん?」
「ごめん…代わりに謝られてくれ」
「…許さないと言ったらどうするの?」
「許されると思ってねぇよ…」

あの日、あの戦から逃げたのは…

「ごめんな…帰れなくて」

 

 


21グラムらしいです。魂の重さ。重いか軽いかはわかりません。

060630