君 が い た 景 色

 

生まれてから過ごしてきた庭に、気付いたらあの男が入り込んでいた。大した工夫をこらしたわけではない、ただの質素な庭。道場の庭なのだからそこで練習をしたこともある。
だからそういう場所であったのに、いつの間にかそこに彼がいないことが不自然になってしまった。庭を眺めるでもなく立ち尽くし、空を仰いで煙草をふかす後ろ姿。────まだ出会ってからいくらもしないのに、何度か見ただけのその後ろ姿が目に焼き付いて色を残している。

「────今日はお休みですか」
「んー…」

妙の膝を枕に、うとうとしながら男は煙草を弄んでいる。吸いたいが眠いのだろう。子どものようだ。わがままで、欲しい物が両手で足りない。

「妙」
「…はい?」
「俺ァ欲張りか」
「…いいえ」

欲張りなのは自分だ。近藤と土方の関係が変わらなければいいと思うが、土方が自分から離れるのは嫌だ。わがままを言っているのはわかる。土方にとっては自分より近藤の方が優位であるのに、こんな風に裏切らせている。
漆黒の着流し姿の土方は、普段の隊服姿より幼く見える。日頃は見えない腕や足がむき出しになるせいかもしれない。隊服では覆われてしまうからだろう、手足は白い。自分より白いのではなかろうか。少しばかり羨ましく思える。

「────ちょっとなぁ」
「…」
「流石に明日は、ヤバそうな気ィすんだ」
「…土方さん」
「同じ相手にいっぺんシクってんだ。こないだ葬式でよ」
「…」
「お前」

膝に体を預けきった土方が真っ直ぐ見上げてくる。濡れた黒い瞳に吸い込まれそう、なんて陳腐なことを思った。

「俺が死んだらどうする」
「────殴る」
「え、」
「私をおいていったことを後悔するぐらいタコ殴りにしてあげる」
「…おっかねぇ女」

少し笑って土方は先に頬を撫でる。その上から平手を当てると手を払われ、捕まって強く握られた。

「俺はこの手に殴られることになるな」
「…」

唇を軽く手の甲に当て、土方は目を閉じてしばらくじっとしていた。それからまた妙を見上げ、立ち上がって庭へ降りる。煙草に火がつけられた。

「────これが終わったら帰る」
「…はい」
「次はわからん」
「はい」
「────そうも素直だと、泣いて引き留められたくなるな」
「引き留めたってお帰りでしょう」
「賢い女だ」
「…」

狡いだけだ。これが一番あなたを引き留めると知っている。

「────まだ18だ」
「…」
「ずっとこういうわけにもいかねえな。時間の無駄遣いさせちまう」
「…」

だけどあなたはもっと狡い。そうやって遠回しに遠ざけようとする。庭に佇む背中を見て、思わず涙がこぼれそうになってうつむいた。
どうしても泣きたくなかったから耐えていたのに、今日に限って土方が戻ってきたから、いい女のふりなど忘れてしまった。

「妙」
「捨てるのなら優しくしないで」

どうせあなたの後ろ姿は一生忘れられない。それならばいっそ恨みが残ればいい。

 

「…俺は駄目な男だろうな」

お前が縁側から俺を見る姿が、目に焼き付いて残っている。

 

 


妙といると年食った気になる土方。土方といると背伸びしてしまう妙。

051030