「 好 き 」 だ な ん て 言 わ な い か ら

 

きらびやかで色とりどりの世界で暮らしていた私の前に、賢くてずるいカラスが舞い降りたのは天人が江戸に大使館を作り始めた頃だった。
私はまだ幼くて、素直にそれが怖かった。冷たい目で世界を見つめて、腰には刀。見かけるたびに身をすくませた。

だけど唯一の光だった。

 

*

 

「またお呼ばれになったの」
「ええ。お目汚しでしょうがお許しを」
「私が許すも許さないも、呼んだのは兄上でしょう?」
「何、姫が嫌がるのなら来ませんよ」
「────」

ずるい。嫌なはずがないのはわかっている癖にこういうことを言う。毎日だってその姿を見たい。異装に包まれて伸びた背筋、光を含む鋭い目。
兄はこの男の部下が気に入ったらしく、ことあるごとに呼び出しては語り合っている。鬱憤晴らしなのだろう。兄よりも年上であるこの男はその部下に追い出されるらしく、暇なときはこうして煙草を呑みながら待っている。そこへ自分が来るのが普通となった。

「先日の雪は大変でしたね。雪かきに来て下さったでしょう?」
「余っている力は足りないところへ回さねば能率が悪いでしょう」
「みな助かったと申してました。女子どもや老人の方が多いものですから」
「いいえ。むしろご迷惑をかけたと思っています。…殿を引っ張り出して雪合戦など…」
「ふふっ。また雪が降らぬかと楽しみにしてますわ。…残念ながら、私は誰にも呼ばれなかったので雪には触れませんでしたが」
「…まさか、嫁入り前の娘さんを呼べますまい。最後には石まで飛び交ってましたから」
「あら、ご存知?私は馬鹿でもブスでも嫁げるのよ」
「……」

失言に気づいたのか、彼は眉をひそめて煙草の箱を弄ぶ。自分が傍にいる間は煙草を吸わない。それがわかっていてここにいる。
これぐらいの意地悪、いいでしょ?あなたが優しいのはわかってる。

「…雪みたいですね」
「はい?」
「きらきらとした光を含んで。羨ましい」

少女の戯言は理解出来なかったのか、彼は黙って何も言わなかった。

「…お綺麗ですよ」
「……」
「そよ姫は」
「ふった相手にそんなセリフは言わない方が身のためよ」

私を訪ねてくる勇気もないくせに。精一杯虚勢を張った。

 

*

 

(────彼女のために何度だって死のう)

自分のように薄汚れた人間にも好きだと言える純粋なあの人。強く高貴で光のようだ。

 

 


最後の言葉は若干らんどりおーるのパクりだけどね…!
土そよは土方さんもちゃんと好きなつもりで書いてます。土→←そよ。
ほんとは他の題で書いてたなんて秘密です。

060209