届 か な い 声

 

「…俺ァ甘やかしすぎたかな…」
「…」

山崎はフォロー出来ずに苦笑した。土方のジャケットを受け取って着流しを渡す。

「いいじゃないっスか、玉の輿」
「ざけんな、身分違いにもほどがある」

さて、身分違いはどちらの方か。
何度か土方の女周りをもみ消した山崎としてはそよの方が不相応だ。

「あっ、土方さん何処行くんでィ、そんないいモン出してきて。それ近藤さんの一等いいやつじゃねぇのかィ」
「そよ姫と蛍を見に行くそうですよ。あ、応接室に姫来てるので騒がないで下さいね!」
「フーン、フーン。…フーン」
「…何か文句あるか…」
「いやいや、こんな獣と姫をふたりっきりで夜に外出させるなんて寛容だなァと思いやして」
「誰が獣だ!」
「美女と野獣」
「美女って歳かよ」

しゅっと襟を直し、土方は帯を締める。ジャケットから出した煙草を山崎が差し出したのを、土方は少しためらって受け取った。
外は蛍を見るには少し早い。その前に縁日へ寄るのだと山崎が沖田に説明する。

「…縁日なんか連れてっていいんですかィ」
「ちっせぇえ所だ、大丈夫だろ」
「いや、あんたが…まぁいいか」

沖田すらあのお姫様の気持ちは知っている。邪魔をするのも野暮だろう、どうせ彼女も承知している。

「経費落ちねぇよな〜」
「何言ってるんですか、そよ姫だってそんなにわがままじゃないでしょう」
「あ〜…行ってくる…」
「行ってらっしゃい」

山崎が苦笑しながら見送った。特に興味はなさそうに沖田は土方を見送る。

「…なぁ、もしかして、もしかしたらってこたァあり得ると思うかィ?」
「あり得ないですよ、副長年増好きですもん」
「だよなァ。お姫様も俺ぐらいにしてりゃいいのに」
「…好きなんですか」
「一国一城のチャンスだろィ」
「…でしょうね…」

 

*

 

「わぁ、人が大勢…」
「お願いですから離れないで下さいよ」

とっさに浴衣の袖を捕まえたのを、無礼かと思いすぐに離す。
土方を振り返ったそよはじっと見て、遠慮がちに土方の袖を掴む。申し訳ないと言わんばかりの行動はやはりまだ幼い。
土方は苦笑して手を取った。少女が戸惑う。

「お許しを。…これでも宜しいですか?」
「え、えぇ、…頼りになります」
「では参りましょう」

彼女はこの日のためにあつらえたと言う浴衣姿。白地に赤い小花を、裾へ溜まっていくように散らしている。
ほんとに…そこを歩く金魚の浴衣の娘と変わらない。気質は大人びているがそれは身分故備わったものだから、それを差し引けばこの手の先にいるのはただの小娘だ。
もの珍しそうに辺りをきょろきょろと見回している。まだ時間は早いから人もそれほど多くない。何より小さな社の境内で、大した出店があるわけでもなかった。

「何か腹に入れましょうか。お口に合うかは分かりませんが酢昆布が食べれるならきっと何でも」
「山崎さんがたこ焼きは食べなければならないとおっしゃってました」
「…あいつ…」
「あらっ、土方さん!やだーっどうしたの?」
「…よぉ、久しぶりだな」

近付いてきたのは背の高い女だった。細い線で描かれた菖蒲を裾にあしらった藍染の着物で、裾から赤い下着を見せている。

「珍しいじゃない、こんな時間に出歩いてるの」
「お前こそ。店の支度は?」
「だあって土方さんいらっしゃらないんだもの、お掃除するにも張り合いがないったら。…あら、土方さんお子さんがいたの?」
「ちっ、違います!」
「馬鹿か、逆算しろ」
「…土方さんならギリギリあり得るわ」
「…。この子は知人の娘だ。お前なんかとは比べものにならないうちの娘だから悪さはするなよ」
「ふうん、ごめんなさいね。こんばんはお嬢さん」
「…」
「人見知りでね」

土方が女とそよの間に割り込む。女は何やらにやにやしてそよを見た。

「手なんか繋いでもらって、羨ましい子。刺されないようにね」
「?」
「土方さん、さっきミツミもいたからお気を付けて」
「げっ、まじかよ…何?まだ懐剣持ち歩いてんのか?」
「えぇ、土方さんに捨てられた思いを抱えてね」
「しつけー女……あ、すみません聞き苦しい話をお聞かせして」
「いえ…」
「…土方さんこの子の親に借金でもしてるの?」

 

*

 

「…わぁ…」

暗闇の中に舞い上がった蛍にそよは感嘆の声を上げる。土方は繋ぎっぱなしであった手をそっと外し、彼女が蛍に見とれているのを眺める。何だか父親のような心境だ。
一番よく見えるという場所からは少し離れているが、これでも十分だろう。他はそっちへ行ってしまうからここはふたりきりだ。
近くの枝に止まった蛍に目を付けて、土方はそれを捕まえる。

「凄い、どうして光るの?」
「原理までは分かりませんが求愛のためだとか」
「求愛?…蛍って何なの?」
「虫です」
「…私花だと思ってました」
「花、」

土方が笑ったのにそよは恥いった様子で顔を背けた。ほら、と蛍を包んだ拳を差し出すと興味を示す。

「手を」
「…虫なのでしょう?私見るのは平気でも触るのは」
「大丈夫ですよ、噛みませんから」
「…」

そよの手が器を作り、土方はそこに蛍を落とす。小さな手の中で蛍は点滅した。

「…あたたかい」
「そうですか?」
「あなたの手が」
「…」
「お尻が光るのね」
「…えぇ、光るのはオスだけです」
「…メスは待つだけなの」
「待つのはオスです。メスが選んでくれるのを」
「…」

そよが土方を見上げる。不意をついたように見せたのは、ずっと大人っぽい表情。子どもだとばかり考えていたのに…否、そう思いこもうとしていた。

「…土方さんならきっとすぐに相手が見つかるわ」
「そう思いますか」
「…敬語を使わなくても結構です。あなたの方が年輩者」
「いえ」
「頑固ね。今だけでいいの、私のほんとの気持ちを言うからほんとの答えを聞かせて」
「…」
「土方さん、私はあなたが好きです」

蛍が飛ぶ。そよの手から逃げた。

「なりません」
「…」
「忘れなさい。他に男を見ないだけです」
「…私が姫だからですか」
「それもあります」
「私が子どもだからですか」
「それもあります」
「歳など!すぐに大人になってみせます!」
「だったら俺の歳を越してみせろ!」
「!」

土方の声にそよの肩が跳ね上がる。目におびえが浮かんだ。

「あんたが歳を取りゃ俺も歳を取る。どうやって大人になる気だ、30だろうが40だろうが俺より下なら子ども同然」
「…どうして。そんなに子どもは嫌いですか」
「俺より後に死ぬから」
「…」
「俺より後に死ぬ奴が一番嫌いだ」
「…土方様」
「姫と俺じゃどう考えたって俺が先に死ぬ」
「…ひどい」

そよが土方の顔をじっと見た。こぼれた涙を土方が無骨に手の平で拭う。

「…私はいつもあなたを泣かせますね」
「私が勝手に泣いているの」
「…目を閉じて下さい」
「…」

土方を見上げたままそよは目を閉じた。土方は少し待って、わずかに顔を寄せた。

 

*

 

「そよ姫」
「…」

目を開けると立っているのは山崎で、彼女は山崎が思っているほど落胆した様子は見せなかった。ただ顔を歪めて笑う。

「いつからいらしたの」
「その…最初から」
「優秀なのね、全く気付かなかった」
「…副長にはバレてましたけどね」

そよは変わらず飛び交う蛍を見上げる。

「────俺は詳しいことは知りませんけどね」

山崎はしゃがみ込んで蛍を捕まえた。そよに差し出すと首を降る。

「副長の知り合いの女性が、旦那さん亡くして発狂したんだそうです」
「…」
「その未亡人と副長は懇意だったのですが、あれ以来会わないとか」
「…土方様はその女性が好きだったの」
「それは知りません。副長はただ純粋に怖かったと」
「怖い?」
「鬼女」
「…」
「…俺も狂った女は怖い。こんな仕事をしていて何度か出会ったけど」
「────私は、誰がいなくなろうと」
「…あなたは芯が強いから平気でしょう。副長が嫌なだけです」
「…あの方には大勢慕う女性がありましょう」
「みんな遊びの女です。本気になるような頭の悪い女の相手はしませんから。…まぁ、勘違いで絡まれてますけど」
「…土方様は寂しくないの?」
「それは愚問でしょう」
「…」
「あの人は自分が生きていれば十分ですから」
「…では私の声は届かないわね」

そよの肩に蛍が止まった。しかしそよの動いた拍子に逃げてしまう。

「…あの、」
「はい」
「…さっきの、触れてないですよね」
「…何がです?」
「な、何でもないです!さぁ…あまり遅くなると捜索隊が来てしまいますよ」

さぁとそよを促して、山崎は縁日の方へ戻る。ちらりと少し振り返って、また顔を戻した。
────草むらにしゃがみ込んだ土方は煙草をふかす。草に燃え移らないように気を付けるのでいらいらする。

「…何してんだ俺ァ…」

危なかった。本気で。

(…あと10年早けりゃなぁ…)

誰ともなく嘆いて、土方は煙草をくわえて歩き出した。

 

 


ろりこんではなくて将来を見てしまうヒジカタン。

050724