己 の 墓 の 前 で

 

「……」

スカーフを丸めてポケットに押し込んだ。手の平を見下ろし、まだ少し汚れているのに目を細める。
それから目下へ視線を落とした。茂みの影で涎を垂らして眠るのは、万事屋の少女。いくら自分に力があるとは言え無防備すぎやしないか。

「…ま、死ぬときゃいつだって、誰だって死ぬんですけどねィ」

ジャケットを脱ぎ捨てて彼女の傍にしゃがみこんだ。小さく、覚えた名を呼ぶ。神楽。

「神楽」

眠る彼女は返さない。規則正しい呼吸が繰り返される。
沖田はそっと異国の服に手をかけた。時刻はそろそろ夕刻、世界は夜に向かっている。
赤い着物を撫でて、そっと引いて肌をさらした。そっと指先で触れて様子を伺う。

「…起きろよ」

起きないと。

 

  *

 

「ンッ…んんッ!?」
「やっと起きたのかィ、不感症?」
「!」

目覚めた神楽は状況が読めない。口には布が噛ませてある。血の味がする。
沖田が胸を舐めた。ぞくっと体を走るもの。

「んん、んーッ!」
「ん?何?」
「ッ…」

抵抗しようとする手足を押さえつける。ぎっと鋭い目が睨みつけてきたが、沖田はそんなもの怖くない。
柔らかい肌を舐める。そうしながら彼女の下腹部を撫でた。今衣服を脱がされていることに気付いたように、彼女は更に抵抗してくる。沖田はそれを冷静に見つめ、ぱっと手を離した瞬間に神楽の頬を叩いた。神楽が息を呑んで目を見開く。

「痛い?」
「……」
「なぁ、したことある?ないか、ガキだし」
「ふっ…ん!」

震える体を沖田が攻め立てる。神楽は信じられない恐怖を感じていた。
にやり、と沖田は笑う。

「悔しい?」
「ッ、う、 !」
「嫌え」
「……」
「呪え。俺を死ぬほど嫌え。お前の呪いで俺を殺してみせろ」

ぐっと痛みを与えた。神楽が酷く顔を歪めて、沖田を睨もうとしたが顔を隠す。

「俺が死んだら謝ってやるよ」

 

  *

 

「……・」

神楽はそれをじっと睨みつけ、じりじりと少し待ったあとにその真新しい墓石を蹴りつけた。ぎゃっと悲鳴を上げて銀時が後ろから羽交い絞めにする。

「離すアル!」
「あぁッ!こらッ神楽ちゃん!」

怖いお兄さんたちがこっち睨んでるから!
暴れる神楽をしっかり抱きかかえた銀時に、神楽は不意にびくりとして慌てて銀時を突き飛ばした。怪訝な顔をした銀時だが、次の瞬間に回りを屈強な男たちに囲まれて顔を青くする。

「あ…あ〜…ご、ごめんなさいね、この子ちょっとあれ、生理中なんじゃない?」
「おいおい何だァ?生理なんて世の中の女たちが耐えてるんだよ人様の墓石蹴っていい道理はねェだろうがアァ?」
「そうですよねーごめんなさいッ……ってこらこらァ!神楽ァ!」
「「ああーーーッ!!」」

がしんと神楽が最後の一撃を与え、墓石はずれて向こう側に落ちてしまった。男達の悲鳴が墓場に響く。

「神楽ーッ!」
「嘘吐き!」
「え?」
「死んだら謝るって言ったくせに!」
「……あれ、誰の墓?」
「真選組・沖田隊長」
「…まさか」

桶に水を汲んできた山崎が、倒れた墓石を見て絶叫した。
嘘ォォォあの人戻ってきちゃったらどうすんのォ!頭を抱えて真っ青になる。

「…あ、神楽ちゃん」
「山崎」
「は、はい」
「何で?」
「……」

神楽はぐっと拳を握り締めた。片手は傘を握って深く顔を隠す。

「何で最後に嫌いにならなきゃいけなかったアルカ」
「…隊長ね、もう死にそうだってのにほんとに最後まで手がつけられなくて」
「……」
「副長なんかほんとに死ぬところでしたね。悪戯なんて範疇は越えていて」
「何で」
「…残った人のこと考えたわけじゃないんですよ」
「……」
「死んでしまえと呪われて死ねば、その人に罪悪感が残るでしょう」

俺たちは罪悪感のしつこさを知ってますから。

「…ばかやろ」
「うおぉッ」

神楽が更に蹴り飛ばした墓石が今度は欠けた。やばいってそれ以上は!山崎が神楽を捕まえたのを、また乱暴に振り払う。

「ばかー!」

叫んだ瞬間に神楽は泣き出した。傘も取り落として空を仰いで、これ以上ないほどの大声で。
銀時ともめていた男たちにも静寂が及ぶ。神楽の泣き声だけになる。

「人の処女だけ奪って勝手に死んでんじゃねーよ馬鹿!」
「うわッなんて!?神楽ッ!?」
「おまけに警察の癖に強姦とかしてんじゃねーよ変態!死にそうでもセックスする体力はあったのかよ変態警官!死ね!」
「神楽」
「……なんで死ぬんだよ馬鹿ー!」

はっ倒してやろうと思ってたのに!
きっとあいつは己の墓の前で泣き叫ぶ私を見て笑っているのだ。

「大ッ嫌い!」

 

 


…すぐにお墓入れませんけどね。49日経ってからでしたっけ?なので明るい感じに…ならないよね…

050914