故 郷 の 歌

 

思わず溜息を吐く。仕事には慣れたが視線に慣れない。
坂本は気にするなと言うが、この星で商売をするのにこの体は向かない。天人の星ではこれほど目立つことはなかった。尤も、彼らは陸奥を女とわかっていないのかもしれないが。
商談の休憩中、思わず口ずさむのは子守歌。今日の相手は要人で警察の護衛付き、肩が張る。

「可愛い声で鳴けるじゃねぇか」
「!」

隣に回り込まれて慌てて数歩離れた。要人の警護をしていた男のひとり。まだ普及率の低い洋装なのは、役人では真選組だけだ。

「女が商船に乗ってるとはな」
「…結構な男女差別だ」
「差別とは。珍しいと思っただけのこと。煙草は?」
「…どうぞ」

珍獣扱いでも馬鹿にされるよりは幾らかましだ。男は煙草に火をつけて旨そうに表情を緩める。

「ったく、買い物ぐらいひとりで済ませてほしいもんだな」
「これはこれは、真選組の副長さんがそんなことを言うとは」
「いや、でも…女がいただけましってもんだ」
「……」

手が伸びてきて頬に触れた。所詮男とはこんなものだ。感情を含めない視線で見返してやる。

「一応化粧はしてるんだな」
「化粧ぐらいしてなければ舐められる」
「なるほど」
「……」
「下手くそ」
「ッ…」

武骨な指先が唇の端をなぞった。思わず体を緊張させると男が笑う。いやらしい。軽蔑する。軽蔑されているのかもしれない。

「────変な女だ」
「遊び女と一緒にするな」
「してねぇよ。お前みたいな女、遊びで付き合おうとする奴の気が知れねぇ」

離れていった手が煙草をふかした。坂本は煙草を吸わない。自分の身内にもいない。
煙草を吸うのを見たのは最近のことだ。この仕事を始めてから、商売相手の男が吸うのを。だから匂いにはまだ慣れない。

「────甘い」
「あ?」

思わず口に出してしまってから顔を逸らす。この煙草の匂いは甘い。あぁ、と男は納得する。

「女に受ける」
「…ろくな男ではないな。真選組の中身が知れる」
「厳しいな」
「あっ」

不意をつかれた一瞬に唇を奪われた。否、奪われかけた。寸でで止まった男の唇は囁く。

「歌えよ」
「は?」
「さっきの。俺が昔惚れた女も、歌ってた」
「…」
「死んだけどな」
「誰が歌うか」

空へ紫煙を吐き出して男は笑う。くらくらするほど甘い。

「貴様に聞かせるほど安くない」
「高い女」

煙草を捨てた手が髪を掴んだ。陸奥が身構えたのを、男は今度は笑わない。

「取引、再開したらもうちょっと粘れ。滅茶苦茶だ」
「! わかってる!」

乱暴に手を振り払う。男はすんなり髪を離した。

「役人風情が口を出すな」
「俺ァ第2志望は商人だったんだよ。────待ってろ」
「…?」
「買い物に警察なんかいらねぇ世にしてやるから」
「…そんときはおんしら失職じゃな」
「…どうにかなるだろ」

副長、と隊士が呼びに来て男は離れた。なんとも表せない気持ちが煙草の匂いと一緒に残る。

「────変な男」

歌を唇に乗せる。
少し故郷を思い出し、ゆっくり部屋へ戻った。

 

 


衝動的に書きたくなった。このふたりは気が合いそうな気がする。

060203