終 戦 記 念

 

「かぁ〜ッ、ロクなモンやってやがらねェ」
「……」
「あ、よぅ。邪魔してるぜ」
「……」

縁側の珍客に妙は溜息を吐いた。
新聞のテレビ欄を睨みつけているのは、妙も着ないような女物の派手な着物を着てキセルをくわえ、片目は包帯で覆われている男。ふいと煙を吐き出すのを見て、妙はキセルを奪った。

「あっ、テメェ」
「匂いが残るわ」
「ふん」

唇をなめて男は舌打ちをした。キセルの火を落とし、妙は台所へ向かう。

(…心臓に悪い)

あの男はいつも唐突に現れる。こっちの事情などお構いなしに。
お茶を入れて縁側に戻れば、彼は新聞を裂いている。焦って止めようとしたが、彼の表情は至って真剣だった。

「なぁ」
「…うちを隠れ家にするのやめてくれない」
「今日は終戦記念日らしいぜ」
「…」
「…ハッ、終戦か。服従の間違いじゃねぇの」
「…お茶は?」
「もらってやる」
「なら結構よ」
「寄越せ」
「…」

男の側に座ってお茶を出した。
────高杉晋助。子どもでも知っている『悪人』であるのに、何故かその彼がここにいる。

「…終戦だとよ」

鼻で笑って高杉は一気にお茶を飲み干した。酒は、なんて聞いてくるのを無視する。

「────終わってるわけねぇじゃねぇか」
「…」
「あいつらが死んだままだってのに、のうのうと生きてたやつらが終わらせたかっただけじゃねぇか」
「また何かする気なの」
「あぁ」
「…」

少しぐらい隠してくれればよいものを。だから妙はいつも苦しむ。通報するべきだとわかってはいるのに。

「…あなたは、なんでここに来るの」
「俺が殺した女に似てる」
「…」
「後にも先にも、女を殺したのはお前ひとりだ」
「…私じゃない」
「あぁ」
「なんで来るの?」
「そりゃ好きだからだろうが」
「…どっちが?」
「好きな女殺すほどイカれてねぇよ」
「……」
「なぁ、風呂貸して」
「…いつから入ってないの」
「さぁ」
「汚い…」

妙が顔をしかめて立ち上がると、高杉も履き物を脱ぎ捨てて中へ入った。妙の知らない鼻歌が着いてくる。

「まだお湯張ってないわよ」
「溜まるの待つからいい」
「…」

先に入って蛇口をひねる。お湯が出てくるのを確認して振り返れば、高杉が帯を解きかけていて慌ててその手を押さえた。初めからからかうつもりの高杉は笑う。

「弟いるんだから男の裸ぐらいどうってことねぇだろうが」
「弟の裸なんか見ません」
「そうか?いいから洗っといてくれよ」
「…お風呂は貸すけど洗濯はしないって約束」
「はいはい」
「私が出ていってから脱いでよ!」
「ほれ」
「変態ッ!」
「ダッ!」

 

*

 

「イッテェ〜〜…この俺をパーで殴れる女なんかそうそういねぇぞ」
「あぁそうですか!」

ドアの向こうの風呂場からぶつぶつ言うのが聞こえてくるが、相手にせずにタオルなどを置いて、脱ぎ散らかされた着物をたたむ。着たきりのようで、汚い、とは思うが、けじめをつけようと決めた約束だ。
────風呂はいいけど洗濯はなし、寝るのはいいけど食事はなし。

(…なんでこんな奴)
「妙」
「…何」
「今日が終戦記念日だとしたらよ、戦争終わって何が変わった」
「…」
「誰が死んだかも知らねぇで記念碑建てて、戦場の様子も知らねぇで悲惨だったと嘆いて」
「…わからないわ」
「俺は────」

「お妙さ〜ん!」

「………絶対ここから出ないでね」

もう聞き慣れた大声に溜息を吐き、妙は玄関へ向かった。
高杉の言わば敵である存在の近藤が、何も知らずに通ってくるのもおかしな話だ。

「今日は何のご用?」
「いや、通りかかったもので、会いたくなって」
「…制服なんですね」
「あ、今日は式典に行ってたんです」
「…終戦の」
「ええ。形式だけのもんですが」
「…近藤さんは、終わっていると思う?」
「え?」
「戦争」
「────終わったときに俺は職をなくしますね」
「…」

やはり戦う男達の中では戦は終わっていないのだろうか。世界は平和で安全になったように思われるのに。

「…あなたはどうしてここへ来るの?」
「そりゃあお妙さんに会うために!」
「…お客があるんです」
「あ、それは失礼。すくに退散します」
「いいえ」

玄関先で近藤を追い返し、風呂場へ戻れば高杉は着物を着ている。来たら風呂へ入る癖に、わざわざ湯を張らせておいて烏の行水だ。
トレードマークさながらの片目を隠した包帯は勿論外してある。その下を、妙は見ないようにしている。

「…髪ぐらい拭きなさいよ」
「面倒くせェ。腹減った」
「…」
「寝る。包帯」
「…私あなたの妻じゃないんだけど」
「似たようなもんだろうが」
「冗談がお上手ね」

溜息を吐きながらも妙は部屋へ向かう。新八はいつ帰るかわからないので、高杉はいつも妙の部屋で寝ていた。
着物の洗濯はしないけれど包帯だけは取り替えている。彼の傷は古いものではないらしい。真新しい包帯を手に何となく窓の外を見ていると、高杉は猫のように部屋に入ってきた。

「どうした」

背後から伸びた手が包帯を掴む。指先が触れる。

煙。
────そう、キセルの煙の匂いが高杉の着物にしみついている。

「どうしてここに来るの?」
「は?」
「思い出したように、ついでみたいにときどき」
「毎日来てほしい?」
「まさか」
「好きだからってんじゃ不満か」
「…」
「落ち着く」

指先を捕らえられ、彼らしくない動作で抱きしめられた。煙。
この男はそんなに背丈はない。近藤よりずっと低い。いつも近藤と比べる。体格も近藤に劣る。

「お前のとこにくると、どんな案も浮かぶ」
「…つまり私は共犯者なのかしら?」
「そりゃいい」
「…」

抱きしめられたままどうにかなると思った。だけどどうにもならず、高杉は離れていって包帯を巻き始める。
…こんな男は女にも不自由しないのだろう。焼き餅を焼くほど思いは強くない。

「そのうち俺がほんとに終戦させてやる」
「…」
「派手に祭りでもやろうぜ」
「そして」

妙は隣に座り、包帯を手にして手伝った。濡れた髪が肌を刺す。

「あなたみたいな人がまた生まれるんだわ」
「…そんなこと、」

そんなこともわからずにこうしてるほど馬鹿じゃない。

包帯が手からこぼれて床に広がった。

 

 


ヒモの高杉を書こうとしたはずが、妙がヒモに依存してる女に。
うちのお妙さんは男性にトラウマでもあるんだろうか。

050810