相 合 傘

 

「おーい」
「…」

声の方を振り返る。途端に神楽は顔をしかめた。
半分濡れた様子で茶屋の店先で雨宿りをしているのは、天敵とも言える沖田だ。
天気予報は晴れと告げていた午後、傘なしで歩くのはためらわれる。そこには他にも雨宿りをしている人がいるが、沖田の制服におびえて大きく離れていた。

「丁度いい、入れて下せェ」
「嫌ヨ」
「なんでィ、そのでっかい傘は飾りかィ」
「これは日傘アルヨ」
「あんたは雨でも使ってるじゃねぇか」
「私のだから私はいいアル」
「なんでィケチだなァ。ちゃんと払うモンは払いやすぜィ」
「…何寄越すアル」
「酢昆布」
「それぐらいで動く私じゃないヨ」
「頼みまさァ。…あっちの電話ボックスまででいいんでィ」

沖田が視線だけ左右に向けて、神楽を見る。神楽はようやく店先から殆ど雨を避けられていない人に気付き、彼らには罪はないので仕方なく沖田に近付いた。
傘を少し差し出すと沖田が体をかがめて水溜まりを踏んで傘に入ってくる。神楽が傘を合わせないので沖田がそれを奪って差した。その拍子に傘からこぼれた雨が神楽にかかって蹴りを食らう。

「ったく…こんな猛獣飼い慣らすなんて万事屋の旦那も随分と遊んだに違いねぇ」
「銀ちゃん面倒くさいって遊んでくれないヨ」
「いやそういうボケはいりやせん」
「ちょっと、電話ボックスまでって言ったヨ」
「…あぁ」

沖田が足を止め、神楽も必然的に立ち止まる。傘の下から沖田は電話ボックスを見上げ、ドアに手をかけて隙間に足を差し込む。
持ち上げた傘を閉じて、有無を言わさず神楽も一緒に中に連れ込んだ。

「ぎゃっ、おまわりさーん!」
「そいつもベタだぜィ。ちょっと待ってて下せェよ」

少し濡れた酢昆布の箱を押しつけて沖田は屯所へかけた。
狭いボックス内はガラスが濡れていて、神楽が濡れまいとすると沖田により近くなる。躊躇する神楽を見て沖田が背中に手を回した。文句を言おうとするとシッと声だけで制される。

「────あ、山崎ィ?俺。…あ?携帯部屋だ。何でィ、いいからガタガタ言わずに迎え寄越せ。…今?かぶき町。チャイナならいるけど…あっ、ハァ?」

神楽は落ち着かずに外を見る。通りすがりの相合傘のカップルが、電話ボックスを見て笑って言った。可愛い、と口が動いた気がする。
神楽が膨れっ面を作っていると肩を叩かれ受話器を差し出された。

「…何ヨ」
「いいから」
「…モシモシ」
『あっ、神楽ちゃん?山崎です。悪いんだけど隊長送ってきて貰えないかな、そのジャケット乾くの時間かかるんだよ!ちゃんとお礼はするから────はい!はい!今行きます!あっごめん、お願いね!』

山崎はひとりでまくしたて、そのまま電話は切れてしまう。
神楽が無機質な音を流す受話器を握ったまま沖田を見上げれば、沖田は宜しく、と神楽の傘を手に取った。

 

*

 

雨はぱたぱたと傘を叩く。
前を歩く相合傘のカップルが不愉快で、神楽は顔をしかめっぱなしだった。寄り添って歩くふたりに沖田は関心を示さない。

「一緒に傘差すと手が繋げないね」
「一緒に傘持つ?」
「えー、疲れる〜」

無関心だった沖田が神楽を見る。神楽はただ睨み返した。

「…疲れるからヤダー」
「いやそうでなく」
「何ヨ」
「俺の傘と音が違うと思いやして」
「…そこらの安物と一緒にしないでほしいアル」

確かに材質も何も違うだろう。もしかしたらこの星にはない素材で作られているかもしれない。だけどこれ以外の傘を使ったことのない神楽はそんなことを考えたことがなかった。
傘の中は音がこもる。人の体温がこんなに近い。傘の中で他の生き物を感じたことはあまりない。

「俺の傘は穴ァ開いてやしてね、小雨ならともかくこんな天気じゃ使えねぇ」
「そんな傘さっさと捨てろヨ」
「いやいや、物は大事にしねぇと勿体ないお化けが出るぜ。────山崎だけど」
「新八もすぐ勿体ないって言うアル」 「あいつら何となく似てるもんなぁ、山崎の方が弱いけど」

足元で水が跳ねる。沖田のズボンの裾はすっかり濡れている上に、さっき神楽の蹴った跡が残っていた。

「…その服」
「────『権力の象徴』『飼い犬の首輪』『人斬りの証』…ま、どっちにしろいいあだ名はねぇな」
「服なんか見かけ倒しアル」
「そうでさァ」
「…」
「この服はただの威嚇」
「…」

天人の文化が多く入ってきた中で、確かに影響はあれど強く江戸が残るのは服装だ。
一般の警官さえ昔ながらの着物姿であるのに、彼ら真選組は洋装である。見慣れない物はある人は興味を示し、ある人は恐れ近付かない。

「…私はそんなもの怖くないアル」

怖いのは他の感情に気付きそうになるときだ。

 

 


雨ネタ好きだなぁ…

050724