と沿う

 

 

「総悟!」
「ん?」

庭から呼ばれ、沖田はラーメンの丼を抱えたまま縁側に出た。子どもの声だったので近所のガキだろうかと思ったのだが、彼らは屯所の敷地内には入れない。

「あっ、あんた」
「えへへ、あそびにきたよ」

庭に来ていたのは5つか6つ少女がひとり。但しただの子どもではなく山の子どもだ。出会ったのは数年前だが彼女は成長しない。
ふとしたことから知り合った人間外のものは、土方が嫌がるので沖田が中へ入れる。

「久しぶりだな」
「うん、ちょっといそがしかったの、はるだから」
「あぁ」
「もーっ隊長行儀悪いなァ、丼…あれ、久しぶりだね」
「こんにちはやまざきさん」
「こんにちは。隊長見廻り代わりましょうか」
「どっちでも…あぁ、そうしてやる。土方さんとデートでもなんでもしなせぇ」
「ちっ、ちっ、違います!!」

山崎に丼を押し付けて、沖田は少女においでと声をかける。

「玄関に回ってくれィ、すぐ出るからよ」
「うん!」

無邪気に笑って少女は庭を横切った。まだひとりで弁解を続けている山崎に流石に呆れて肩を叩く。

「行ってくるぜィ」
「あ、はい。あの子、なんて名前でしたっけ?」
「よもぎ」
「あぁ。早く帰って下さいよ、遅くなるとまた局長が捜索隊結成しちゃいますから」
「わかってる。あ、チャイナが来たら河原にいるって伝えろ」
「河原で遊ぶんですか?」
「いいや」
「……行ってらっしゃい」

 

*

 

「それでね、わらしが花を咲かせて」
「うん」

話し続ける少女を抱き上げて、沖田は草を踏みながら歩いた。もう少し行けば花が咲き誇っているのが見える。

「あ、あのね、こんどは総悟がお山にあそびにきてね」
「そうだなァ、暇になったら」
「わらしは呼ばれたらすぐとんでいくからね」
「ありがてぇな。ついたぜィ」
「わぁ!」

少女を降ろすと歓声を上げてしゃがみこんだ。足元の花をつついたりする。

「何する?」
「おままごと!」
「…いいけどねィ別に」
「えへへ、じゃあ総悟がだんなさまね、わらしがおくさんやるから」
「そいつぁ嬉しいね」

少女が手を叩くとそれは始まる。
座れそうな『家』を彼女は探しに行くと言うので、沖田は使えそうな椀でも転がっていないか探しに行くことにした。

「いってらっしゃい!」
「行ってきます」

手を振り合って分かれる。どうせ見える位置からはいなくならないだろう。
ついでに花を摘みながら、沖田は時折振り返りながら地面を探した。ままごと用であるらしい欠けた湯呑みを見つけ、綺麗そうなのでそれを拾う。
顔を上げると場に合わない色彩、神楽が向こうから歩いてくる。怒った様子で大股だ。

「…よぅ」
「折角女が訪ねてきたのに不在とかぬかすなヨ」
「近藤さんにこれ以上屯所で暴れるなって言われたんでさァ、迷惑だからもうあっちには行くんじゃねぇよ」
「……。何その湯呑み」
「あぁ、ままごとの道具」
「銀ちゃんが大人は外じゃままごとしないって言ってたヨ、大人は家でするんだって」
「なかなか意味深ですねィ。俺ァまだ子どもだからいいんでさァ」

総悟ー!呼ぶ声がして沖田は振り返る。家になる場所があったのか、離れたところで子どもが手を振っていた。
それに手を振り返し、沖田は神楽を見る。

「チャイナも行きますかィ」
「子どもの役ならごめんヨ」
「じゃあお隣さんだ」

土産に花をまた摘んで、沖田は振り返って神楽がついてくるのを確かめる。

「おかえりなさい、おきゃくさん?」
「隣の奥さんでさァ。ドメスティックバイオレンスが過ぎて旦那が逃げ出したんでィ」
「余計な設定つけるなヨ!」
「えへへ、はじめまして。おなまえは?」
「神楽。かぶき町の女王アル」
「かぐらちゃん」

山の子はへらっと笑う。沖田が花を子に渡し、彼女は嬉しそうに拾ってきた湯呑みにそれを差した。

「じゃあごはん作るから、ちょっとまっててね。かいものに行ってきます」
「はいよ行ってらっしゃい。まぁまぁ奥さんも座りなさいよ、うちの連れ合いの料理はなかなかですぜィ」

少女が『食材』を探しにうちを出る。神楽は沖田の隣に座り、傘が刺さって沖田が少し避けた。

「あ、ほんとに腹減りそう。飯途中だったからな」
「私はジャンボラーメン食べてきたアル」
「奇遇ですねィ、俺も昼はラーメンだったんでィ。ジャンボじゃないけど」
「…お前ロリコンか?」
「へっへ、可愛いだろィ、やらねぇぜ」
「いらねぇヨ。あの子の名前は?」
「俺が名前付けたんだ、よもぎっての」
「…変な名前」
「あんたの名前も変わってると思うけどねィ。よもぎはいじめるなよ、あれァあんたと違って泣き虫なんでね。あいつが泣くと怖い保護者が飛んでくるんでィ」
「いじめないけどそんなの怖くないヨ」
「いやァあれはおっかないと思うぜィ」
「ただいまー、きょうはお花のサラダです!」
「お帰り、そいつァうまそうだ」

帰ってきた子を迎えたときの表情が神楽の見たことないもので、何となく不思議に思ってそれを見た。

 

*

 

「…よもぎちゃんはあいつが好きアルカ?」

『仕事へ出掛けて』沖田が不在の間に神楽は聞いてみる。
隊服姿のまま汚れるのを気にせずに遊ぶ姿は、神楽の知る沖田ではない。いつも飄々として相手をかわし、何を考えているのか分からないのが常だ。

「総悟?好きだよ、わらしはずっと前はあそんでくれる子はいなかったけど、今は総悟がいるから平気」
「ふーん」
「…でも、あんまり好きになるなって、ぬしさまが」
「そうネ、あんなのロクな男じゃないアル」
「じゃなくてね、総悟は先にいなくなっちゃうから」
「…なんで?」
「わらしは人じゃないから」
「…私もあいつとは違うアル」
「ほんとに?」
「私夜兎アルヨ」
「へぇ、夜兎さん久しぶりにみたよ」
「夜兎知ってるアルカ?」
「まえはたくさんきてたよ、わらしもともだちいたけど、いなくなっちゃった」
「…」

沖田が帰ってくるのが見えて、少女は立ち上がって出迎えた。
満面の笑み、神楽はそんな表情を沖田に向けることはない。

「おかえりなさい!」
「ただいま。ほい土産でさァ」
「あっ!総悟!」
「受け取れよ、早くしねぇと溶けちまう」
「わぁい、ありがと!」

沖田の土産はアイスキャンディ、山の子に渡し、沖田はもう一本を神楽に差し出す。

「…お前が優しいのは疑わしいアル」
「俺ァよもぎの前でだけは優しいんだぜィ。いらねぇか」
「いる」
「はは、」

不審そうな表情のままアイスを受け取る神楽に沖田は笑う。

「よもぎはそれ食ったら帰りなせぇ、また遅くなったら天狗に怒られるぜィ」
「…ま、またあそびにきてもいい?」
「おぅ」
「えへへ。かぐらちゃんはいつでも総悟とあそべていいね」
「こいつと遊んだことなんかないアル!」
「そりゃこっちのセリフでィ」
「あ、ぬしさまがよんでる。かえらないと」
「またおいで」
「うん!」

食べかけのアイスは沖田に返し、子どもは真っ直ぐ駆けだした。一度振り返って手を振り、あとは走って小さくなる。
沖田はアイスを一口かじった。急に夕方になったようで涼しくなる。

「…あの子なーに?」
「俺も詳しくは知らねェ、山崎が言うには土地神様かもって」
「神様?」
「かもしれないしただの妖怪かもしれない」
「…」
「この国にゃ八百万ってごまんと神様がいるんだからよ、あいつが神様だって不思議はねェ」
「…好きなのカ?」
「…俺がよもぎを?」
「そう」
「だって俺だけ成長しちまったからなァ。あ、2本目はやべぇ腹壊す。もう1本食え」
「軟弱な腹ネ」

食べかけのアイスは更に神楽に回った。
沖田は夕顔を見つけ、それを手折って神楽の髪に差す。

「…お前気持ち悪いことするなヨ」
「間接キスだぜィ」
「あっ…なんでもっと早く言わなかったアル!口が腐ったらどうしてくれるネ!」
「嫁にもらってやりまさァ」
「え、」
「さて、俺も帰るとするか」

湯呑みに生けた野の花を手に沖田が歩き出し、少し距離をおいて神楽が行く。

「…明日もよもぎちゃんくるアルカ」
「こない。よもぎは生きてる時間が違うから」
「…」
「チャイナは結婚式って見たことあるかィ、ありゃあいいもんだ。酒も料理も出てよ、花嫁もどんなブスだってそこそこ見れるもんになるぜィ」
「結婚願望かヨ」
「あぁ、そうだねィ。俺ァいつ死ぬかわからねぇから、俺が死んでも泣かない強い嫁御をもらいてぇな。因みに候補はあんたなんだけど、どうでィ。俺にしときゃ将来安泰だぜィ」
「お前みたいな男ごめんヨ」
「そうかィ」

そいつァ残念だ。
帰る沖田の後ろを歩きながら、神楽はぐっとうつむいた。髪に差した夕顔がぱらりと落ちて、神楽は迷ってそれを拾う。

「…プロポーズ」
「気付くのが遅ェや」

 

 


何が書きたかったのか忘れてしまった。ガクリ

040519