いのは誰の心か

 

 

「あっ…は、」

飛びそうな意識が名前を呼ばれて引き留められた。
大切な人にもらった、大切な名前。浪人風情が呼んでいい名ではない。
下卑た笑い声がまた名を呼ぶ。ふつりふつりと怒りが沸いても、手足は座ったままの状態で椅子に縛り付けられ動けない。

「いい加減吐いちまいな、ソーゴくんよォ」
「…」
「嫌な目してんな」
「ッ!」

叩かれた頬が痛い。さっき引っかいた箇所がジンジンと痛みを訴える。
拘束されてうまく動かない自分の体に舌打ちをした。それが気に入らなかったのか、再び頬を張られる。

「真選組のソーゴくんだろ?お兄ちゃんに自己紹介してくれよ」
「…どう見たっておっさんだぜィあんた」
「…別に殺したっていいんだぜ」
「…」
「そんな目で見るなって、折角丁重に扱ってやってたのによ」
「悪人に媚び売るなんざ死んでもゴメンだ」
「大したガキだ。あんたみてぇなガキは嫌いじゃねぇよ」
「好かれても嬉しくねぇや」
「ハッ、」
「! ッ…───」
「…痛いとも言わねぇ」
「…」

どんな無様な姿になっているんだろう。
じわりと口の中に鉄の味が広がった。だからテメェはガキなんだと、土方が怒鳴るのが聞こえてきそうだ。

(お荷物はごめんだったのに)

今頃近藤辺りは大騒ぎをしているんじゃなかろうか。
それとももう子どもじゃないんだと、ただ帰りを待たれているのか。

(…山崎のアホはいつもどうして耐えるんだろう)

彼はいつも無茶をする。情報のためにわざと捕まることもある。その体は傷だらけだ。

「なんか文句あるか?こっちに入ってきたテメェが悪いんだぜ」
(…)
「…ん?なんだ、お前」

ぐいと顎を持ち上げられて顔をしかめた。
かさついた指先が喉をなぞった。絞められやしないかとごくんと喉を鳴らす。 どうせ殺すなら斬ってほしい。

「お前、いっちょまえに彼女とかいんの?」
「……!」

思い当たった瞬間顔に出たのか、男がにやりと笑う。首筋に爪を立てられる。冷や汗が背中を伝う。

「それともお前、隊長なんて名前ばっかでほんとは誰かの稚児じゃねぇの?」
「ッ…ざけんなッ」
「まぁ顔は綺麗だもんなァ、それか役人にでも飼われてんだろ」
「違う!」
「…急に人間みたいになったな」
「ッ…触るな」
「自分の立場分かってんのか?」

血の飛んだスカーフが解かれた。上着をはだけたシャツ越しに、男の手が触れる。
気持ち悪い。全身をぞわりと嫌な感じだけが走った。汗が滲む。

「触るな!」
「態度がでかいぜお姫様」
「うちのお姫様はデリケートだからそんな汚い手で触らないでくれます?」
「…誰だお前、見張りは」
「あれ見張りだったんですか?通行人かと思った」
「あ…」
「迎えにきました」
「…」

山崎。
名前は呼ぶべきではないと飲み込む。
男が立ち上がって刀を抜いた。山崎も珍しく刀を握っている。彼が刀を使う様を、沖田は見たことがない。

「隊長もうちょっと我慢してて下さいね、ゆっくり10でも数えてて下さい」

すぐ終わりますから。

 

*

 

「イテテ…」
「……」

拘束の解かれた手首をさすって沖田は嘆く。痕が残るのではないだろうか。
山崎が無言で沖田を見て、不審がって沖田は山崎を見る。

「山崎?」
「…ほんっっとに…寿命縮みましたよ!頼むからあんまり心配かけさせないで下さい!」
「ッ…悪かった」
「…それで済むなら俺達はいりません」
「……」

はぁ、大きく溜息を吐かれた。
気になる手首を掴まれて、濡らした布で拭かれる。薄くなった皮膚に冷たさが染みて顔をしかめた。

「…心配した?」
「…しました。帰ったら局長に怒ってもらいます」
「あの人も怒ってんのかィ」
「怒ってますよ」
「…」
「…俺だって怒ってます」
「…」

両手を掴まれたまま動けない。山崎が沖田の肩に額を乗せた。ゆっくり息を吐く。

「…あんたもあの男も、連れて帰ってお仕置きですよ」
「…生きてんのかそいつ」
「殺すところでした」

息遣い。
ぞくりと背筋が震えた。さっきとはまた違う感覚。

「…山崎」
「…何もしませんよ」
「…」

山崎の顔は見えない。
手が微かに震えるのが伝わってきた。深く、深呼吸のような呼吸に合わせて沖田も息を吐き出した。

「…他に怪我とかありませんか、」
「ない」
「ならいいんです」
「…」
「山崎」
「…何が悪いかなんてほんとは分かってないんです」

攘夷論者が悪なのか。それとも自分達が悪なのか。
人を傷つけるか否かで言うなら実質違いはない。政府の役人にだって悪巧みをしているものはいるし、元は派手にやっていても今は落ち着いて生活している「敵」もいる。

「悪いかどうかなんてわかんないけど、あんたが傷つけられるのだけは許せない」
「…熱烈だなァ」
「しつこいっスよ俺、局長のこと言えないぐらい」
「…」
「次こんなことあったら俺仕事なんか出来ませんよ」
「いっつも出来てねぇくせに」
「隊長に言われたくないな」
「山崎」

顔上げろ、
一瞬だけ仕事を忘れさせる。

「…俺そいつ引きずって行きますから自力で帰って下さいよ」
「あ〜無理、心も体もボロボロでもう一歩も歩けねぇ」

にやり、と悪びれもせず沖田は笑う。
その表情に戸惑い、少し視線を巡らせてまた沖田を見た。

「…狡いなァそんな悪い顔」
「何のことでィ」

 

 


うっかり総悟君。
名前をつけたのは近藤のつもりで書いてたけど途中でそんなフリをしてたのを忘れてた。

050214