りが遠いほど近くへ行けると思う。

 

 

ふんふんと鼻歌を歌いながら山崎は階段を上っていく。
以前駆け上がったときにはやかましいと階下のお姉様のお怒りを買ったので足音は抑えて。夕日も落ちた時間帯、彼女達の時間はこれからだから。
お土産の袋を振り回さないように慎重に、山崎が足を止めたのは自称万事屋の前。

「こんばんはー…留守?」

真っ暗だ。
ドアに手を掛けてみると鍵はかかっていない。少し開いてしまった隙間に焦る。ここからどうしたものか。
しかし明かりはないのに鍵はなしとはこれ如何に。
何か緊急事態だろうかと、職業的なものなのかそうでないのか、とにかく嫌な気配が背中を伝って山崎はそっと扉を開けた。静かに中ヘ踏み込み、記憶の見取り図を引っ張り出す。
かすかに光が漏れてくるのは事務所に使っている部屋のようだが、どうもあれは窓から入る街頭の明かりだろう。

「わッ!」
「ッ!!」

びくんと肩を跳ね上げて、山崎は反射的に隠し持った小刀へと手を伸ばした。
反射よりも早く体を反転させたのを、誰かに引き寄せられて焦る。

「わッ、ちょい待ったッ、ごめん俺」
「…ッッ…び…びっくりした…」
「ごめん」
「んぐ」

ろくに姿も確認できないまま唇が奪われる。
強張った山崎の体をゆっくり溶かすように優しいそれは、少し甘い。

「…あんまり不用意にあーいうことしないで下さいよ…ほんとに殺しちゃっても文句聞きませんからね」
「殺されたら言えないね文句。大丈夫おっちゃん山崎くんより生きてる分殺されない方法も知ってるから」
「ばか」

再度の口付けは笑いながら。ふわふわした髪がくすぐったくて笑う。

「…ひとりですか?」
「ふたりとも新八んち」
「うん」
「山崎くんくるからね。何食べてたの?」

もそもそと抱きしめられて、甘い匂いのする胸に閉じ込められる。
何の話だろうと少し考えて、合点がいって顔を上げた。暗い中で顔は良く見えなかったが何となく表情は分かる。

「…さっき寄り道してきて、お土産に団子を。…さっき落としたけど」
「当たり。ごちそうさま」
「何食ったんですか」
「山崎くんを? 遅いから心配したんですけど」
「それはすみません」
「さっき下手くそな鼻歌聞こえたからさぁ、遅くなった罰に脅かしてやろうと思って」
「…下手くそ」
「下手くそ。俺は耳はいいからよォ」
「下手くそ…」
「何拗ねてんの」
「だって下手くそ…」
「下手くそ」
「…」

歌うような調子の彼の声は耳に心地よく、山崎は頬が緩んでしまうのを見られないように俯いた。冷たい手が山崎の頬を撫でる。

「お久しぶり山崎くん」
「…お久しぶりです」
「俺耳と鼻は確かだけどよ、目はあんま良くないからもっと近くで見てもいい?鳥目でさ」
「…俺は見えるので」
「俺見えないからさ」
「…こんなに近くなったら見えないじゃん」
「そこは心の目でカバー」
「ッぷ…ん」

ぬいぐるみでも抱いてるつもりなのか彼は優しく背を撫でる。背を曲げるのも億劫そうに口付けてくるので、結果山崎が少し伸び上がる。

「…目ェ瞑ったら見えない」
「そこんとこも心の目」

着物に手を掛けられて、少し焦って山崎はぴたりと腰に手を回した。
心許ない想いがじわりと塞がる。

「…山崎くーん」
「もうちょっとだけ」
「そういってこないだ君寝たでしょー。あんましお預け食らうと女でも買いに行っちゃうよ」
「やだ」
「わがまま」
「もうちょっと」

笑ったような気配の後、くしゃりと頭を撫でられる。子ども扱いをしたかと思えば子ども相手にはしないことをしてくる。
不規則な歌のような気配。闇に解けて、明日の朝が少し憂鬱になった。

 

「…まだ?」
「…」
「あんまし引き延ばすと我慢できないよ、おっさん若いから」
「どっちスかそれ」

 

 


銀高書こうと思ってたら殺伐としてきて反動で。

041124