死に触れた瞬間俺は。
「───ただいま戻りました」
「…おう」
「…家のある者には明日連絡します。今はまだ、病院に」
「…入れ」
「…すいません」土方は顔をしかめたまま、煙草を灰皿に押し付けた。戸の閉まる音、続いて畳を踏む音を背中で聞く。
「山崎」
「…」山崎がその場に座り込んだ。自分自身の両の手の平を見下ろす。
涙も出ない。ただかすかに体が震える。「───腕を洗って、繋いできました」
「…」
「体も、ふたりがかりで洗って。重いんですよ」
「…山崎」
「…何人洗ったんだろう」酷い戦いだった。
敵も味方も入り乱れ、何人死者が出たのか分からない。
山崎はきゅっと顔をしかめ、無力だった手を握り締める。爪が食い込むのも痛くなかった。「…土方さん、俺死ぬのは怖いです」
「…死ぬなよ、じゃあ」
「───死なないのも怖いです。みんな死んでいくから」
「山崎」顔を上げるとすぐ目の前に土方がいた。握った手に、ぬるい土方の手が重なる。
「…俺なんかより強い人が死ぬんですね、戦うと」
「運、だな」
「…運、ですか」
「俺だって運でここまで来たようなもんだ。───そんな泣きそうな顔するぐらいなら、泣きゃいいだろうがよ」
「…わかんない…泣けないんです」
「…」伏せた瞼に何か触れる。余韻を残して今度は唇に。
山崎がゆっくり目を開けると焦点の合わない位置に土方の顔がある。再び目を閉じて、黙って口付けを受けた。
柔らかい舌がぬるりと滑り込んできて、ぞくりと鳥肌が立つ。
恐ろしくも生の気配。
手から伝わる体温はぬるいのに、口腔を探る舌は熱い。病院へ運んだ仲間は一人として帰らなかった。
山崎に出来たのは、何人かの最後の言葉を聞くのと、魂の抜けた体を洗って失った手足を繋いだだけ。長い長い口付けの後、はたりと涙が落ちた。
うちの爺さんがとても食事中にする話ではない話をしたのでネタにしてやりました。
爺ちゃんそれ笑い話じゃないよ(笑い話になってた)041120